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 香介は立ち塞がる黒服と相対していた。黒服の背後には瓦屋根の門構えがあり、黒服はまるで門兵の如く立ち塞がっていた。香介の後ろには仁らが連なる。それぞれ神妙な面持ちをしていた。しかし、その中に梨香子の姿はなかった。

 香介らが門兵と対峙する少し前、渡良瀬組に向かう道中のことである。花子が「梨香子をこのまま連れて行くのは危険ではないか」と言い出した。

「でも一人にしておく方が危なくない?」

 仁が意見するも、花子は眉を顰めた。

「どうせあの女の意見なのだろう?」

 あの女とは巫女のことである。神社の巫女と死神は代々好意的な関係を築いてきた。それもこれも歴代の巫女が不器用な死神の恋愛を応援するような形で懇意にすることができたのである。この伝統を破ったのが当代の巫女であった。

 当代の巫女に父はいない。巫女が生まれる少し前に事故で亡くなっていた。甘い男である仁は父代わりを買って出た。巫女はそれに親子ではあり得ない感情を抱いてしまった。それが元となり、二人の間に亀裂が入った。

「それはそうだけど……」

 仁は二人の不仲の原因がそれであるとは知らない。父代わりとして、上司として、難しい立ち位置にいる彼はどうにか和解して欲しく仲立ちしていた。それが両端から腕を引っ張り合う立ち位置だと彼は理解していない。

「あの女のことだからこちらの事情をしっかり把握しないまま指示をしたのだろう?」

 その指摘自体は正鵠を射ていた。その指摘はブーメランの如く妄想で行動に写していた自身に返ってくることに気付かない。

「それはそうだけど……」

「俺もそれには賛成です。その子には危険を冒してまで一緒に行く理由がない。だからどこか安全な場所で匿えるのならばそうするべきです」

 香介も進言する。

 自分のことだというのに梨香子は大人たちの会議をただ見ているしかなかった。

 そんな会話に終止符を討った関である。

「護衛用で良いのなら式神を出しますよ」

 式神という言葉に香介は好奇心が疼く。

「ただ、護衛用となるとそれなりにリソースを割くのであまり離れられませんけどね」

 花子がふむと唇に縦にした握り拳を当てて考える。

「それなら渡良瀬組の近くで待機させておくしかないな。中に連れて行くよりはマシだろう」

「嬢ちゃんはそれでいいのかい?」

 梨香子と目線を合わせた佐野がそう尋ねた。

 その人を殺していそうな容貌に梨香子は怯え、コクコクとただ頷くだけで精一杯であった。

 梨香子の意思を見届けた花子は携帯電話を取り出すと、手元で操作し、それを手渡す。

「なにか困ったことがあったら今表示されている奴に連絡するといい」

 花子の雰囲気も怖い部類に入るが、佐野に比べれば同性である分まだ接しやすかった。

「これは誰です?」

「あの世の揉め事解決人だ」

「え、呼んじゃうの?」

 仁が「今忙しいから呼ばない方が……」とごもるも花子は「もしもの時のためだ」と却下した。

 どんな人が来るのだろうかと疑問を持った香介は携帯電話を覗くと神谷という苗字と電話番号が表示されていた。

 梨香子に携帯電話の使い方を簡単にレクチャーし、渡良瀬組が近づいたところで近くの木陰に隠れているように指示を出し、別れた。一発で携帯電話の使い方を覚えた梨香子にデジタルネイティブ凄いと機械音痴の神は感嘆していた。

 そうして梨香子を除いた一行は渡良瀬組へと進む。

 門構えの番兵に香介が一歩踏み出る。

「ここに恵里がいるだろ? 通せ」

 番兵の黒服と香介の間に一触即発の空気が流れた。ここで一番焦ったのは仁である。仁の目線では香介が一番冷静に思えた。事態の把握もでき、自分の言葉で説明もできる。そういう要素が重なってそのような評価になっていた。ただそれは感情の表現の仕方が違うだけであったと評価を覆すしかなかった。本質は情熱的な部分にあるのだろう。だが彼の背後で燃える炎は轟々と燃え盛る猛き炎ではない。静かに、揺らめくこともなく燃え続ける蒼き炎であった。

 番兵と香介の間に仁が割って入る。

「まあまあ、ここは僕に免じてね? ね?」

 久方ぶりに権力を公に振りかざした瞬間であった。

 割り込んだ男が仁と見るやいなや、佇まいを整える。

「旦那、今日はなんの御用ですか?」

「この子も言ったけどここに恵里来てるよね?」

 香介を指差す。

「ええ、先ほど二名ほど客人を連れてお見えになりました」

「そう、それじゃ恵里に会いたいから中に入ってもいいかい?」

 黒服の一人が組長を呼んでくるからと走り去っていった。

 もう一人は「もうしばらくお待ちください」と頭を下げた。

 仁は香介に目を遣る。

 心を読む力をなくした彼でも直感できる。

 近づくことすら躊躇われるような激情が静かにその身を焦がしていることに。

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