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「そんなことできるわけないないです」

 悟史が憤慨した。

 シマを全て明け渡すということは組にとって財産を全ての財産を明け渡すのと同義である。それを約束するということは、事実上の原田会解体を意味していた。

「ま、当然だよな。こっちもそこまで期待しちゃいない」

 渡良瀬は二本目の煙草に手を付ける。

「顔役もとい創造神の加護を譲り受ける」

「顔役?」

 渡良瀬は悟史の声色からすっとぼけているわけではないと理解し、ため息を漏らす。

「嫁さんが妖怪だってことは知っているだろ?」

 コクリと頷く悟史。

「神様がいるのも知っているな」

 再び頷く。

「そいつがこの町の権力者だってことは?」

 横に振った。

 渡良瀬はため息混じりに煙を吐く。

 ほとんどのことはこれからおいおい学んでいくのだろうと渡良瀬は予想していたが、事前にこの街の成り立ちすら学んでいないのは予想以上であった。無論この状態であってもこちらの要求を飲ませることはできる。だが、如何せん時間が掛かり過ぎるのだ。

 狸からの報告ではこの男、人が良すぎるものの馬鹿ではないという評価がされていた。だからこそ渡良瀬は人が良すぎる点を利用し、悟史本人が納得するような形に収めたいと考えていた。さすれば全ての責任は悟史へ向かう。今までにないほど原田会とは敵対することになるだろう。だが敵に回してもお釣りが来るほどの利益が見込めた。

 それは大きく分けて二つ。

 第一に泊がつく。

 この泊というものは思いのほか馬鹿に出来ないものである。伝統を重んじる者は世の中には意外と多い。特に後ろ盾を気にするのは権力者ばかりだ。顔役をするということは後ろ盾を得ることと同義。つまり権力者と繋がることができる。さすれば今の状態のままでは頭打ちであった組の利益も、権力者と繋がることにより一層の拡大が見込める。

 第二に異界との繋がりが持てる。

 異界というのは天界や地獄といった魂の行く先である。その魂の管理人らと仲良くしていて損はない。これといった利益が望めるというものではないが、この人外社会において司法の立場にある彼らに近ければ、もしもの際助力が狙えるかもしれないという魂胆はあった

 だが悟史がまだ何も知らないとなると問題がある。何も知らないがゆえ首を縦に振ることができないのだ。多少の知識があれば、勝手な算段で意思決定することもできる。何も知らないとなると、余程の大馬鹿者でもない限り恐怖が先に来る。前提も知らずに突き進むことができるのは馬鹿か、結果論的に述べるならば英雄ぐらいのものだった。

 一から説明し、天秤に測らせるのは骨が折れると渡良瀬が煙を燻らせていると部下の入室するという声が障子の向こうから聞こえた。

 入ってきた渡良瀬の部下は仁がお見えになったと耳打ちする。

 渡良瀬は目を細める。

「わかった。すぐ向かおう」

 即決した。この状況で仁が訪れたのは何かと都合が良かったからである。

 

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