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震えが体に馴染み、意識が高揚としてきた頃、部屋に男がやってくる。狸らよりも上物と思われる一張羅を纏った男は渡良瀬の右腕だったと恵里は記憶していた。その男が恵里らに告げる。「これから先は本当の客人として迎え入れさせてもらいます。まずは関係者を集めていますのでそちらの部屋へ移動をお願いします」と。
狸の顔が強張ったのに気付いた。
この展開は狸にとって芳しくないものなのであろう。悟史が上手いことやったのだろう。けしかけた狸にとってはハシゴを外れた形になったのだ。そう恵里は結論づけた。
この展開は好機ではある。だが同時に単純な危険度は増したとも言えた。自暴自棄となった狸が香介に何もしないとは限らない。杏子の母は男の報告に安心しきり、少しでも早くやり遂げた義理の息子の顔が見たいのか恵里を急かす。
「わかったよ。年甲斐もないのだからそんなにはしゃがないでくれてもいいんじゃないのかい」
「なによ。おばさんだって言いたいの?」
「子供が結婚するような年になっているのにお姉さんとはいかないだろう」
「自分だけ若返っちゃって羨ましい」
「そろそろ壮年期というものを味わってみたいけどね」
「ないものねだりよ、それ」
「あるものをねだっても仕方ないだろうに」
そんな会話をして、二人は部屋から連れ出された。
狸は二人を追ってはこなかった。狸はもうすでにその場から消えていた。恵里はその狸の行方が気になったが、無視を決め込んだ。逃げたのならばそれでよし、何か策を講じてくるのならばそれを返り討ちにすればよいと考えた。それだけの力はあった。残していた。
恵里らは案内された和室に通される。その宴会場にも使えそうな和室には男女が集まっていた。そこには顔見知りや、見知らぬ者が渡良瀬の前に半円状に腰を下ろしていた。
その中から一人の男性を見つける。彼が無事であることは気づいていた。だがそれでも彼の顔を見ると、頬がゆるんでしまう。同時に「仕方ない奴だなぁ」と溜息混じりに笑みがこぼれた。
わざわざ約束をドタキャンしてまで今日中は顔を合わせないと誓ったのにな、と心中で惚気け、香介に抱きついた。汗の匂いがした。すこぶる気分が高揚した。
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