11
せわしなく階段を登る。
仁は考える。
最悪の事態のことを。
花子はあの世の中では随一の力の持ち主である。仁が死を司る神として力を分け与えることを想定したため「あの世へ行きたくない人も連行しなきゃいけないから、きっと暴力で黙らせられるぐらい強くなきゃいけないよね」という自分の中の意見を最大限に反映したため随一の強さとなった。そのせいか大体の問題は力技で解決する癖がついてしまうことになる。そのせいで新たな問題を起こしたら責任者である仁が頭に下げて回る。ゆえに花子は仁に懐いた。仁の言うことは素直に聞いた。「よく考えなさい」という教えも素直に聞いた。聞きすぎたせいで陰謀論的思考になってしまっていた。
凝り固まった陰謀論的思考は偶然でさえも必然の如く受け止める。そのためただの善意の一般人でさえ亡国のエージェントと変貌する。それに敵対する花子に一切の手加減の余地はない。山を砕き、海を割った力が個人へと襲いかかることになる。
対する関もただの人間ではない。陰陽師という人種である。妖怪相手に立ちまわることも少ないない陰陽師は荒事に特化しているといっても過言ではない。その中でも関は現在の陰陽寮の頂点に立つ人間である。それは実力が保証されているということ。つまり、人智を超える者の使役が可能ということである。式神と呼ばれるそれは個人の資質によって扱えるものの差が大きい。だがそれは資質さえ伴えば人の身に余る式神でさえも呼び出すことができることができるということでもある。関はその資質において完璧だった。開祖以外では誰も使えないと厳重に封印されていた十二神将という式神さえも使役した。それは街の一つや二つなど瞬く間に更地へと変えることができる力である。
その二人がまともにぶつかり合えばタダでは済まない。ただ、二人の力は拮抗しているため決定打のないまま戦いは長期化するだろう。無傷とはいかないが大きな怪我もなく続く。
ここでの問題は流れ弾である。その場から自力では逃げられない人間が多くいる病院で二人が争い初めては一大事になってしまう。タダでは済まないのは周囲の方である。
もうすでに病院が半壊していてもおかしくなかった。仁はそんな不安を胸に抱きながら階段を登り切り、二人がいたT字路とまで急ぐ。
そこで見た光景に仁は思わずたじろいだ。
花子は漆黒の柄を持つ大鎌を構えている。その鋭い目つきは関の一挙手一投足を逃さず捉え、隙の一つをただひたすら探していた。押さえ込んた殺気を爆発すべき機会を伺っていた。
対する関は両手に人を模した紙型を持ち、小さな前傾姿勢で待ちの姿勢を取っていた。隙を見せず、ひたすら相対を続けていた。
二人がにらみ合いを続けていたことに仁は胸を撫で下ろす。血の気が多い花子と、血の気が多かった関の二人が未だ睨み合いから一歩踏み出すすんでのところに居続けたことに感動を覚えつつもあった。
仁は二人の間に割り込む。「まあまあ」と二人をなだめようとしたのだ。
それがいけなかった。仁のその行動によって緊張の壁が取り払われる。堰を切ったように花子は飛び出し、仁の横を通り過ぎた。風切音とともに大鎌を振り下ろす。関の首が飛ぶ。次の瞬間そうなるように仁は錯覚した。
そうはならなかった。
白い大蛇が大鎌の柄に噛み付き、その動きを止めていた。
関は二体目の式神を展開しようと、ヒトガタを持つ手の首を引き投擲の姿勢に移る。その動きに気付いた花子は大鎌の柄の中心を支点に、大蛇が牙を向いている部分を力点に鎌を回転させる。作用点となった鎌の後端で関が手に持つヒトガタを弾き飛ばした。
仁は花子を後ろから羽交い絞めても止めなければと慌てて、花子の後を追うも前方から大鎌とそれに牙を向いたままの大蛇が仁に覆いかぶさり転倒した。
仁が起き上がろうとしている間、花子の徒手空拳と関の術が激突する。鈍い音が発生し、二人は一度距離を取る。互いに息を整える間を与えないため、再度ぶつかり合おうと距離を詰めた。
「止まってください!」
その声に二人は動きを止める。
仁は声がした方向へ目を遣る。
幽霊の少女がそこにいた。
少女は怯えた様子で言葉に躓きながら、必死に紡ぐ。
「ね、ねねね猫さんに聞きました。わわわたしのせ、せいで喧嘩してるって」
そのたどたどしさに毒気を抜かれた二人は自然と離れた。
花子は仁の上にのしかかっている大鎌を拾い上げ、大蛇を関に投げて返す。
関は返された大蛇をヒトガタへと戻す。
ようやく自由の身になった仁が今度こそと間に立つ。
「えーとりあえず全ての事情を知っている僕から説明を――」
互いの事情を伝えようとする仁だったが、騒ぎを聞きつけたナースによって幽霊の少女を抜かした三名は事情も聞けないまま説教を受けることとなる。
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