17

 吹き飛ぶ刃とすれ違いざまに札が飛ぶ。音を切り裂き、疾駆する。まさに獣の如きそれは、白き獣へとその身を変えた。白虎と化したものはその余りある質量を結界にぶつけた。爪や牙という武器を使うわけでもない、いわゆる単なるぶちかましであった。普段ならば決して使うことのない単調なる技である。ただ、割るという一点においては虎の持つ他の何よりも優秀な技であった。亀裂の入った結界と獣が衝突する。瞬くほどの拮抗ののち、亀裂から結界は甲高い音を立てて砕けた。

 崩壊に周囲の妖怪は我が目を疑った。神具の用いて作られた結界があっけなく壊されたのだから。呆然とする彼らの中でいち早く我に返ったのは狸であった。狸は怒声を張り上げ、捕らえろ!」と一喝する。その声を皮切りに妖怪らは襲いかかる。

 花子は柄のみとなった鎌を投げ捨て、狸へその身一つで立ち向かっていく。同時に飛び出したのは関。花子とすれ違い様に突き進む。両手に札を持ち、皺まみれのスーツを風になびかせ進む。

 対して恵里はその場から動かず、戦えない者を守るように周囲に目を配った。同じく恋人を、家族を守るために杏子が化ける。九つの尾が生え揃い、ピンした耳が伸びた。銀狐が元となった妖怪である彼女の尾は灰の色をしていた。それぞれが大の大人よりも長いそれは、周囲全ての妖怪に対し構えていた。

 戦えない者である香介らは恵里と杏子が守るそこで固まっていた。仁は女、子どもを、悟史はけが人を庇うように陣取る。その中で香介だけは庇うような動作を一切しなかった。辺りを伺いながらひたすら手元を動かしていた。

 花子は迫り来る敵を薙ぎ倒し、その拳を狸へ届かせるのにあと一歩というところまできていた。そのあと一歩を踏み出し、拳を突き出した。だが、その拳は宙を切った。

 狸はそこから消え失せ、そこよりもさらに後方に現れる。

「癪な真似をっ」

 花子は下がる。その顔には悔しさが色濃く現れていた。今すぐにでも再び特攻をかけたい思いがあったが、薙ぎ倒した部下らが起き上がり花子を囲もうとしていたことを把握していたため、下がるしかなかった。武器もない今では多勢に無勢では超えられないものがあった。

 白虎は結界を砕くのに全霊を使い切り、体に力が一切入らなくなっていた。関はそれを守るため、立ちまわっていた。新たに大蛇を従え、白虎に近づくものを無力化していた。

 関が使う札には三種類ある。一つは式神を召喚するためのもの。もう一つは悪霊など肉体を持たないものに対する封印するためのもの。最後の一つは、肉体を要する妖怪と対峙する時に用いるもの。個体差が大きいどころか、まるで別種の存在である妖怪を相手にするということは人を相手にするよりも汎用性の高さがモノを言う。

 札を貼る、飛ばす、爆ぜる、札で切る、弾く。花子の鎌や徒手空拳のようにそれに特化したものは強いが脆い。型にはまった強さとも言えるそれは使いどころさえ謝らなければ無敵ともいえる。その一方、型から外れたものにはめっぽう弱い。関はその真逆。型にはまらない強さと引き換えに、使いどころというものが存在しない。高いレベルでなんでもできるが、極端な戦いをする相手には彼自身のみでは対応が難しかった。

 それゆえ関は式神を用い始めた。その中でも白虎は関との付き合いは随一の長さだった。出会いは彼が自分を見つめ直してしばらくたった後だった。白虎を使役する上で関は最終試験ともいえるものを乗り越える必要があった。乗り越えられたからこそ白虎は使役を許した。ただ、その最終試験があまりにも効果的過ぎたため器に似合わず小さく纏まってしまったと白虎は嘆いているのは余談である。

 花子と違い、引くことを許されない関は体中に傷を帯びながらも白虎を死守していた。様々な状況に対応することに慣れた関でさえ、多勢に無勢の中での専守防衛は経験は少なかった。

 下がった花子は奥へ消えていく狸を追うことを諦め、仁らを守ることを決めた。恵里、杏子に花子が加わわり穴は埋まったかのように思えた。

 香介はその穴を見つけた。

 香介に注がれる視線がなくなった中で自分にできることを捜すため観察を始めた。それぞれがそれぞれの守るべきものを守るため動くなか、ある違和感を覚えた。その違和感を捜すため、観察以外の感覚を一時的に捨て去った。その中で見えてきたもの――見えなかったものに気づく。

 ネックレスが消えていた。

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