18

 そこから見えてくるのは誰かの力が封じられる少し先の未来。恵里、花子、関、杏子の四人のなかの誰か。単純な戦闘力を見る限り本命は花子と関の二人、次点で杏子。最後尾に恵里がいる。杏子は組同士の関係を語る上では外せないファクターである。その中でより潜在的な力を持っているのは恵里であり、力を奪い取るのならば彼女が一番に狙われる。関や花子でさえも相当な力を持っていて、狙われるのには充分すぎた。

 四択の中で誰が狙われるのか香介にはわからなかった。それぞれがそれぞれに狙われる理由がある。狸が用意周到で、裏切ることに躊躇がないということしか判断条件がない。

 ゆえに論理的思考を捨てる。

 ただひたすらに目の前の情報を取得し、その度に判断を下す。その繰り返し。首を回し、四人をできうる限り視界に収める。

 四人はそれぞれの戦いを繰り広げる。拳が飛び、札は爆ぜ、火の玉が襲い、黒服が倒れていく。そんな光景の中で違和感を探し始める。敵全員が一つの目的で動いているのならばその流れがある、狸個人が知らぬ間に動いているのならば流れの中に一つ異物が入り込んでいるような違和感が生まれるはずである。

 そしてその違和感は『聞こえた』。

 人が倒れる音、爆ぜる音、男どもの雄叫び、そんな低音が鳴り響く部屋でそれは、一際高い音を発した。香介はその方向へ視界をずらす。そこには砕けた鎌の刃の破片が散乱していた。再び音がなる。破片同士がぶつかりあう音が香介の耳に届く。散乱した破片が微かに動き、止まる。その度に音が鳴った。それはまるで踏みしめるようにして鳴っていた。

 破片の上に人はいなかった。

 香介は人のいる、いないを重要視しなかった。ただただ破片が揺れるという現象について観察を続けた。

 破片は揺れ、止まる。その次に揺れる破片は、揺れた破片から数十センチ離れた先であった。それは続くと一つの線となり、香介の目に映る。その線の先を目を遣ると、四人の中の一人がそこにいた。

 恵里である。

 音は近づいていく。恵里はしつこくまとわりつく火の粉を払うので精一杯でそのことに気付いていなかった。香介は観察が終わる前に飛び出した。恵里と音の発信源との距離は人一人分。香介はその間へ背に恵里を庇うように両手を広げて割り込んだ。

 その後ろで恵里は驚いた声をあげた。

 瞬間、恵里の頬に赤い雫が飛ぶ。

 それは香介の体を貫いた狸のかいなから飛んだものであった。

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