10

 少女を追いかけていた関はその姿を見失っていた。無心で少女を追いかけていたが、少女が幽霊という特性を生かし民家を横断していったためその姿を見失ってしまう。ともに追いかけていたトラ猫はそのまま少女を追い掛け消えてしまっていた。少女の行く先を予想し先回りしようにも彼らがいた道は民家の敷地以外に曲がるところが一切ない一本道であり、大きな遠回りをしなければならないため追いつけそうになかった。

 無心で追いかけていたため、最後に合流した集団から女性が抜けていたことに少女を見失って初めて気付いた。黒服らも少女を見失ってしまったため、どうしようかと集まって相談を始めていた。

 関は職業柄、浮遊霊を見つけると追いかけてしまう癖があった。声をかけただけで逃げられるという経験はあるにはあったが、それらはほとんど悪霊かそれに近い者ばかりである。小さな子供の場合、霊という状況が理解できないまま誰とも話せず寂しがっていることが多い。そのため迂闊に話しかけるとテンションが振り切れ、妙に懐かれ、取り憑かれるという事案が後を絶たない。

 けれど少女は一目散に逃げた。きっとなにか逃げなければいけない理由があるはずと関は勘ぐる。

 黒服らに注意を向ける。それぞれ柄が悪そうな人相をしていた。暴力団員かもしれないと推測するが、幽霊が見えるということは同業者なのかもしれないと柄が悪さには目を瞑ることにした。過去の自分自身が黒服以上の柄の悪さを誇っていたことを思い出したわけではない、と一人胸中で言い訳する。

 低姿勢な声で関は黒服らに声をかける。

「すみません。あなた方はどういったご職業の方々ですか?」

 黒服らは訝しげに関に目をやる。

「関係ないだろ」

 黒服の一人がひと睨みする。

 けれど関はひるまなかった。それどころか若かりし頃を思い出し、血が滾り始める。

 口角を上げ尋ねる。

「同じ幽霊の少女を追いかけた仲じゃないですか。――あなた方は一体何者なのでしょうか?」

 柔らかい物腰だったが、その目の奥底から有無を言わさぬ凄みが溢れ出ていた。目の当たりにしてしまった黒服たちはたじろいでしまう。はたから見ればそれは中年男性に怯えるヤクザという誠に理解に難しい光景である。だが黒服からしてみれば抵抗してみようものならば、底なし沼で踊り狂うような心地であった。

「何者なのでしょうか?」

 関が一歩出る。

 黒服たちは迫力に押され思わず後退してしまう。先頭にいた黒服が踵を返し逃げ出すと、残った黒服らも堰を切ったように飛び出していった。

 関は懐から人体を模した紙――ヒトガタを取り出し、黒服たちが逃げる方向へと投擲する。紙で作られたそれは本来あるべき空気抵抗を無視し、まるで意志のある獣の如く猛追を始める。黒服らを追い越したヒトガタは行く手を遮るように止まる。白紙から微光が溢れ出した。

 次の瞬間にはヒトガタは家一つ分ほどの高さがある白き虎へと化けていた。白虎は青き瞳で黒服を捉え、咆哮した。芯まで響くその咆哮に黒服たちは腰を抜かす。白虎は得意気に鼻を鳴らし、黒服らの目と鼻の先まで顔を寄せるともう一吠え繰り出した。すると黒服らの体から人のものではありえないものが飛び出した。ある者は二本角が飛び出し、ある者は灰褐色のモコモコとした尾が生え、ある者は頬に鱗が張り付いていた。

「驚かすのもほどほどにしてくださいね」

 白虎は顔を上げ、前足で尻尾が生えた黒服を右に左に転がしていた。

「随分と丸くなったものだな。ワシは昔の豪放磊落な主を気に入って主従を結んだというのに」

 関は苦笑する。

「あれだけのことをしでかしてしまったら、そりゃあ価値観変わりますよ」

 黒服を一瞥する。

「同業者かと思ったら妖怪でしたか。どうしてあの娘を追いかけたのですか?」

 返答を渋る黒服だったが白虎が睨みをきかせると、気の進まないながらも尾の生えた黒服が口を開く。

「あの娘を追いかけてるのはある人に命令されたからだ。理由はわからない」

「誰に命令されたのですか?」と関は尋ねる。

「……神様」とだけ短く答えた。

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