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「なにか向こう側騒がしくない?」

 仁は先導して歩く花子に尋ねた。

「喧嘩か何かじゃないのか? そんなことより、もうすぐ渡良瀬組に着くのだから気を引き締めておけよ」

 関は黙って着いて行く。

「あの、わ私見てきます」

 梨香子は仁の裾を引いて、そう伝えると小走りで騒動のもとを見て戻ってくる。

「た、大変です! わわ私を追っかけてた人が二人の大人の男の人を殴られてました!」

 花子は足を止め、梨香子と向かい合う。

「それは本当にそいつだったのか?」

「間違いないです!」

「そうか。関、ついて来い。捕まえるぞ」

 関はスーツの内ポケットからヒトガタを取り出す。

「相手が相手だから、手加減はいりませんね?」

「ああ、殺さない程度なら問題ない」

 花子と関は集団リンチを視界に収めると、アスファルトを蹴った。

 花子は空間の裂け目から大鎌を取り出すと、加害者を被害者から離れさせるためわざと大きく振り回した。

 加害者らは後ろへ跳んで避ける。加害者であるチンピラ然とした男らの中に尾が生えた黒服がいた。花子の姿を認めた加害者らは踵を返し逃げ去った。

 関は深追いするべきではないという判断を下し、集団リンチを喰らっていた二人の男性の介抱を始める。

 一人は長身の男子大学生、もう一人はヤクザを絵に描いたような男だった。二人はあちこち青く腫れあがり、額からは鮮血が滴っていた。よく見れば男子大学生の方は今朝方、恋人を捜していると口にした少年であった。その二人の関係性を見抜けない関は介抱をしながら、この二人が襲われる理由はなんなのかずっと思考を巡らせ続けてた。

 その理由はすぐに判明する。

「香介くん?」

 仁の声が大学生の顔を見るなり疑問の声をあげた。そして、疑問は確信へと変わる。

「香介くん! どうして君がこんなことに!」

 介抱する関から身を乗り出すように、香介の顔を覗きこむ。

「大丈夫かい?」

 声をかけると、仁は続けてヤクザの顔に目を遣る。

「佐野くん? 佐野くんだよね? 君もどうしたんだい!」

 仁は顔見知りらしい二人の姿を確認するなり、動転してしまい花子に落ち着くように咎められる。

「神よ、あなたは二人のことを知っているのですか?」

 関が尋ねると仁は忙しなく首を上下に動かす。

「佐野くんは昔からよく僕のもとに杏子ちゃんをよろしくって挨拶しに来てくれてる子だよ」

 説明しながら視線を香介へと移した。

「こっちの子は岡部香介くん、天野恵里の恋人」

 天野恵里が件の捜していた女性かと関は納得する。

「それがどうしてこんなことに?」

「わからないよ。むしろ、彼だけは何があっても大丈夫だと思ってた」

「それはどうして?」

「どうしてって――」

 あの青葉の恋人の生まれ変わりだから、と答えるすんでのところで止まる。

「何か言えないことでも?」

 仁は言おうか言わまいか悩む。あの頃とは人格に天と地ほどの差があるといえど、青葉もとい恵里の影響力を前にしてはそれっぽっちとしか言えない。その影響力と肩を並べたいのならばマンテルと火星ぐらいの差がなければいけない。

 うんと悩む仁。

 見かねた花子が仁の肩に手を置く。花子の強い意志がある目に、最善手があるのだと確信する。仁は成り行きを花子に任せることにした。

「恵里はあの青葉の生まれ変わりだ」

 耳を疑う仁。

 同じく関も耳を疑う。

 言ってやったと自慢げな花子。

 突然空気が固まったことに梨香子はオロオロしていた。

 その空気を突き破ったのは仁が見下ろす男子学生であった。

「……おい、お前ら誰だ。恵里の何を知っている」

 尋ねたその顔は苦痛にまみれていた。

 香介は関に介助してもらい、起き上がる。

「青葉って誰だ。恵里の生まれ変わりってどういうことだ。教えろ」

 大鎌を片手に見下ろす花子の足元まで香介は体を引きずって辿り着く。

 花子は香介にまで教えていいのか、と仁に先ほどまでと正反対に変わった目で訴えかける。

「いいよ、言っても」

 なかば投げやり気味に仁は応じた。もっともこんな目に遭っていることを考慮して、下手に隠し通すのは逆効果だとも考えた結果の答えでもある。ただ前世のことを隠し続けた恵里にあとで殺されると思うと背筋が凍る思いであった。

 許可された花子は待てを解かれたワンコのように香介に語り始めた。

「お前の前世は」から始まったそれはいかに青葉という女性との熱愛ぶりを挟み、閑話に様々な前世の話を挟み、この男に殺されたのだと関を力一杯に指差して終えた。

 香介は腑に落ちていた。

 長年の疑問が溶けていく。

 非凡を絵に描いたような女性が何故凡庸さを表現した絵に入り込んできた理由が判明したからだ。

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