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 花子は両手で持ち上げた猫と見つめ合っていた。

 その猫の柄は虎柄である。

「どうしてお前がここにいる」

 病院前でそう猫に真顔で尋ねる花子は精神に問題があって入院している患者に可哀想な目で見られていた。

 トラ猫は語る。

「ある男に助けられて、幽霊の少女を追いかけていたらお前さんを見つけたから追いかけた」

「なら一言声ぐらいかけたらどうだ?」

「面倒だもの」

「ああ、お前はそういうやつだよ」

 花子がトラ猫の存在に気づいたのはつい五分ほど前のことである。アテもなく少女を探し歩く花子を見かねたトラ猫がわざと花子を追い抜いたのだ。花子はその猫がすぐに知り合いだと気づく。声をかけようとトラ猫に「おい」と呼びかけた。だがトラ猫は振り返りニタリを笑うと、いきなり走り始めた。ニタリ顔に苛立った花子はそれを追走し始める。

 それが終わりを迎えたのは病院の中庭についた時だった。

 トラ猫が逃げるのを止めるたのだ。そうして花子に両手で持ち上げられることになった。

「それで俺をここまで連れてきたのは一体どういう意図だ?」

 花子がトラ猫越しに目線を上げる。県内では随一の規模を誇る総合病院があった。クリーム色の外壁をした建屋の前には芝生が敷き詰められた庭があり、そこでは入院患者の憩いの場となっていた。

 ここは今日花子が本来仕事で来る予定の病院である。ある男子児童の魂を刈り取り、閻魔大王のもとへと連れて行く。そういう仕事をする予定である。ここへ連れてきたということはどこからかそのことを知ったトラ猫が頼み事をしに誘導したと花子は予想立てた。

「ほうここまで連れてきたことに気づいていたか」

「わざとらしく立ち止まれば誰だって気付くに決まってるだろ」

「主様なら気づかないだろう」

 花子が溜息をもらす。

「たしかに腑抜けてしまったあの人なら気付かないだろうな」

「いい加減別の男探したらどうだい? 閻魔大王様なんて価値観を共有できてよさそうな物件だと思うがね」

「神谷のことか? 冗談はよしてくれ。俺らはそういう間柄じゃねーよ」

 トラ猫は思う。三角関係というのは報われないな、と。

「それでここで俺に何をさせたいんだ?」

「なあにお前さんが気になってることの手伝いをしようかと思っての」

「なんだそれは?」

「あの少女はここに用事があると言っていた。だからここを探せばいるはずだ」

「どうしてそれを俺に?」

「教えちゃ不味かったかい?」

「いや、ありがたい。だからこそ不信感がある」

「主様の親友だというのに酷い信頼ぶりだのう」

 花子は眉間にしわを寄せる。

「化け猫が親友とは嘆かわしい」

「猫又となっても猫の矜持を捨てないで野良生活を続けている懐の深さを見てくれんか」

「物乞いが懐深いのならば律儀に仕事をこなしている私は狭量なのだろうな」

「そうとるか」

「そうとるわ」

 一人と一匹は目を合わせたまま無言になる。

 どちらからともなくため息が漏れる。

「――それで猫神様がおっしゃるにはこの中に件の少女がいると」

「ああ、間違いない」

 花子は猫神を放す。

「なら勝手に探すから、そっちもどこかへ行きな」

 猫神は言われたまま返事もせずにトコトコと去ろうとした。けれど、途中で歩みを止め、おもむろに花子の方へ向き直す。

「そんなツンケンとしていたら主様から嫌われてしまうぞい」

 花子の顔は急速に赤みを帯び始める。追いかけ回し、尻尾ちょん切ってやりたいという衝動に駆られたが、仕事のために思い留まり言葉を絞り出す。

「ふ、ふふ、馬鹿が。一体なんのことだろうな」

 これが精一杯の強がりだった。

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