5
その頃、恵里と義理の親子は渡良瀬組の構成員に案内されていた。
街中を杏子の痕跡を捜して散策していると突如として恵里らの目の前に現れた。彼は「お待ちしておりました」と礼儀正しく頭を下げる。「杏子様もお待ちです」と告げると、踵を返し歩き出す。時折ついて来ているのかを振り向いて確認していた。それはそこまで案内するという意図であることが見て取れた。
そのままついていくこと十数分。
恵里らは渡良瀬組の邸宅前へと到着する。
瓦屋根のやけに立派な門構えに掲げられている渡良瀬組の看板に、悟史は緊張を隠せずにいた。
見かねた恵里は悟史の背中を叩く。
「あと少しで愛しのお嫁さんに会えるのだからもう少し嬉しそうな顔したらどうだい?」
「こんな状況で気を抜くのは僕には無理です」
悟史はぶんぶんと顔を振った。
「それに杏子が無事かどうかもわからないのですよ」
不安と緊張が入り交じる悟史に、恵里は義理の母親を指差す。その先にいる義理の母親は落ち着き払い、目の前の門を静かに見据えていた。
「あれぐらいの度量がないとこれから先やっていけないよ。……ちなみに君も知っているだろうけど、今朝方君にすがった時のように実は内心テンパッて大変なことになっているのだろうけどね」
義母は微笑む。
「恵里さん、せめて息子になる方の前ぐらい格好つけさせてもいいのでは?」
「格好つける年頃でもないだろうに。それに格好つけるのなら息子さんの方だ。杏子ちゃんは無事みたいだからね。助けに来たとか胸に来る言葉の一つでも掛けてあげなよ」
悟史はポカンと一度その言葉を聞き流す。少し遅れてそれが大事なことだと気付き、慌てて言葉尻を捕まえた。
「杏子は無事なんですか?」
「少なくとも酷い扱いは受けていないように感じるかな。あくまで曖昧な感覚だからあまりアテにしないでくれないか」
恵里は一つ前の人生でそのほとんどの力を封印した。あくまで一人の人間として生きていくためである。世界一平和と呼ばれる現代日本で生を受けたのも力を封印した理由の一つだ。命の危険が隣人のようにいつもそばにいるわけがないと高をくくってしまったのだ。ゆえに関に遅れを取った。
今はそれを反省し、直径にして小さな街程度には関知する力を残していた。その他にも力を少々残している。けれど、それは緊急用であり、使わないに越したことはない力だった。
「そうですか」
胸を撫で下ろす悟史に恵里はイタズラをするような気分で告げる。
「これからは君が頑張る番だ」
「どういう――?」
ことですか、と続けようとしたが恵里は門を超えた先で待ち構えていた男に「そういうことだろう?」と不敵に尋ねた。
グレースーツの男は両手を広げて、肩を竦める。
「まったく、恵里様には敵いませんな」
恵里は振り返り「だそうだ。頑張り給え」と悟史にエールを送った。
グレースーツの男は悟史と目を合わせる。
「ご結婚おめでとう。渡良瀬組組長の渡良瀬健介だ」
その男を只者ではないと肌で感じていた悟史にとってそれは想定の範囲内であった。文句の一つでも言ってやろうかと考えていたが、持ち前の人の良さのせいで「あ、どうも」と皮肉だとわかっていても礼を口にしてしまった。
「――では皆様方、狭い家ですがお上がりください」
渡良瀬は笑顔で家に通した。その笑顔がどこか巻き付くようで、蛇のようだと悟史は感じる。
部屋に恵里、義母と通し、悟史も部屋に入ろうとした。だが渡良瀬に手で扉を遮られる。
「旦那は向こうの部屋で」
それは悟史に対する挑戦であると、悟史は察した。義母もそれに気づき、悟史の目を見て頷く。その誘いには杏子や自分らが人質に囚われているという副音声が含まれていた。悟史はそれに気付き、誘いに従うことにした。
悟史は恵里らが案内された部屋から廊下を歩いて回り込んだ先の部屋に案内される。通された部屋はこじんまりとした和室であった。四畳半のそこには座布団が向かい合わせで敷かれており、暗黙的に座ることを強要されていた。
渡良瀬は座布団に腰を落とす。
悟史ももう一方の座布団に腰を落とした。
あぐらをかいた渡良瀬はじろりと悟史を見回す。
「杏子の身柄はこちらで預かっている。――この意味、いくらカタギやってたとしてもわかるだろう?」
悟史は頷く。
「そうか安心した。ならこちらの言うことには従って欲しい」
「要求はなんですか?」
渡良瀬は単刀直入に答える。
「そっちのシマをこちらに引き渡してもらおうか」
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