4

 香介は天を仰ぐ。

「恵里は前世の俺と重ねていたのか」

 小さく言う。

 吐き出した言葉は聞くものに諦念さを伝えるもののようだった。仁たちはどう声をかけていいかわからず、とりあえず意気揚々と前世のことを口にした花子に無言の圧力をかけていた。

 だが香介は不思議と晴れ晴れとした気分だった。

 香介は恵里に好意を抱いていた。

 恵里も香介に好意を抱いていた。

 誰もが羨む両思いであった。

 だが香介はそれを満喫できずにいた。二人には感覚に大きな齟齬があったからである。恵里にとっては香介は恋人であり、生まれ変わっても添い遂げることが許された唯一無二の存在である。香介にとってはいきなり越してきたハーフの隣人で、幼馴染なだけ。それが告白してなんとなくの流れで恋人になった。香介主観では一度目の人生であり、恵里を好いてはいるものの、向こうも同じ気持ちである確信がなかった。恵里はいつか自分以上に気が合う男を見つけてふらりといなくなってしまうのではないかと心の何処かで思っていた。

 だが、それは杞憂なのだと香介は知ることができた。

 香介の気持ちを一言で表すのなら、それは『安心』である。

 自分の手元から離れないとわかった途端に安心するなんて現金だな、と香介は空に向かって苦笑する。

 だが、彼はどうしようもなく不安だったのだ。

 好意が好意で返ってくる。そんな関係に初めからなってしまった。分かり合えない時期を踏まなかったため、乗り越えたと胸を張って誇れるものが香介には一つもなかったのだ。

「やっぱり」

 好きだ。

 この気持ちにはもう混じり気などなかった。

「恵里の知り合いなら俺をある場所まで連れて行け」

 命令口調の香介に仁は「どこへ?」と従う。

「渡良瀬組。狸はそこへ行った。アイツをどうにかしないと恵里が死ぬ」

 恵里が死ぬという発言に梨香子を除いた仁らは穏やかではない空気になる。佐野がうめき声をあげつつ、体を起こした。

「あの化け狸、どういうわけか力が増えてやがった。――ありゃ外法使ってんぞ。神さん、あんたは行かない方がいい」

 香介は佐野の視線の先にいる人物を見る。神と呼ばれたのは自分の言葉に何度も答えてくれている男だった。島田が、ヤクザが神と呼んでいる者がただの優男だったことに目を丸くする。だがこれは偽りの姿なのだとその考えを振り切った。

 香介は助けに入った男、佐野に尋ねる。

「どうして神様は行かない方がいいんだ?」

「おそらく狸は誰かからの生気を奪ったからだ。ほとんど力を失っているとはいえ、神さんは神の器としての力は残っている。身を守る術もないのに器があるなんて格好の獲物だ」

 花子は口を尖らせる。

「俺に守れないって言ってるのか?」

「いや、そうは言っていません。けれど万が一があります。加護を貰っている俺らからすると、神さんを危険な目からはできるだけ遠ざけたい」

「そりゃ、仁を危険な目から離れさせるのに異存はないが、事が事だ。仁を抜きにして話は進まないぞ」

 香介は佐野と花子が話し合いを始めるのを横目に尋ねる。

「仁さん、あんた、恵里が危険な目に遭っているとしたら助ける気あるか?」

「勿論。青葉は兄妹――とまではいかなくても年の離れた従姉妹みたいなものだからね」

「皆さん、集まってくれ」

 相談する佐野と花子、少し離れた場所で佇んでいた関と梨香子を呼び寄せる。ごく自然に呼ばれた梨香子は「この人もどこか変な人なんだ」と人は見た目によらないことを認識した。

「今日起きた事件は全て、一つの目的に向かって進んでいる。全ての事件を把握しているわけではないが、こうして俺らが会うことになったのは偶然だけじゃないはずだ」

「さあ、その目的というのはなんだ?」

 花子はどこか目を輝かせていた。どうってことはない。他人から陰謀論を聞けて嬉しいのだ。

 香介はそんな期待に応えるような言葉を続ける。

「恵里から神の力を奪うことだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る