3
神がいるという神社へ向かうと香介が決めた頃、恵里は漫画に飽きテレビの電源を点けた。見ることに決めた番組はサングラスの男性が司会を務める番組である。とくに好きというわけではなかったが天野恵里となる前から放送されていた番組という懐かしさと、今年限りで終了と聞いて一抹の寂しさからこの番組を視聴しようと決めた。
のんびりと漫画を枕にブラウン管を眺めていると障子の向こう側から女性の「天野恵里様」と声を掛けられる。その声には聞き覚えはあったが、恵里が覚えているものより張り――いわゆる若々しさが抜け落ちていた。
「原田さんか久しぶりだね。入りなよ」
「失礼致します」と声がすると、静かに人一人分ほど障子を開いた。そこから黒い着物を着付けた妙齢の女性が一礼して現れる。
「やあ、久しぶりだね。座るところは適当につくりなよ」
原田は両手を脇につき、手で体を支えながら入室する。それを見届けた恵里は体を起こし、「クックックッ」と口元に手を添える。
「しばらく見ないうちに老けたんじゃないのかい?」
軽口を叩く恵里に対し、原田は深々と一礼をする。頭を上げた原田はうやうやしく答える。
「二十数年振りともなればいくら私達ともいえど老います」
「内面はたいして変わってないみたいだけどね。――さっき外で婿殿に慌てふためいてたみたいにね」
原田の顔が急速に紅潮を始める。
「見ていたのですか?」
「ここからだと木々の隙間から覗けるよ。ほらその窓から」
原田は指で示された窓を覗くとたしかに自分たちがいた場所がどうにか確認できた。
「覗きなんて趣味が悪いですよ」と原田が紅潮したまま口をとがらせる。だが恵里は飄々とした様子で「友達なのだからこれぐらいで腹を立てないで欲しいな」と肩をすくめた。
「……怒ってないの?」
原田が恐る恐る尋ねる。
「あれは事故だよ。もちろん最終的に手を下したアイツを許す気分にはなれないけど、いつまでも恨み辛みを持っているほど精力的な人間じゃないよ、あたしは」
「――ありがとうございますっ」
原田は三指をつき、深々とお辞儀した。
礼なんて滅多にされることのない恵里は所在なさげに視線を逸し、頭を掻く。
「それだけってわけじゃないんだろう? そろそろ本題に移ろう」
「娘が何者かに誘拐されました」
「娘というと杏子ちゃんかな」
「ええ、そうです。……娘のことをご存知だったんですね」
「友人の娘だよ? それとなく頼み事しにきた輩に聞いているさ」
恵里がプラチナブロンドの御髪をかき上げる。姿を覗かせた首筋の際立った白さは荒れ放題の部屋には不釣り合いな神々しさを原田に感じさせていた。そんなことを意図せず行った恵里は「敬語使うなんてまだ罪悪感残ってるのかな」と的外れなことを考えていた。
「それで杏子ちゃんを助けたいってことなのかな?」
「はい、その通りでございます」
恵里はしばし考えこむ。誘拐されたとなればすべきことは、頼まれることはなにかと。おそらく杏子の居場所の特定や奪取への協力だろう。しかし、そんなことをして関と鉢合わせでもしたら自分を抑える自信が恵里にはなかった。
「もしも協力してくれたら映画のチケットでも遊園地のチケットでもなんでも香介様との仲を取り持つ協力を約束します。……学生の身ではお財布事情も厳しいでしょう」
「ノッた」
前のめり気味に恵里は立ち上がると原田の腕を引いて神社をあとにした。
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