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 悟史はようやく怒鳴り散らすお爺さんから解放され杏子捜索を開始する。思いつく限りの場所を捜すもののその姿は見当たらない。杏子が行きそうな場所はだいたいの見当がついていた。なぜならデートする時はいつも杏子が行く場所を提案していたからである。悟史も行きたい場所はあったが我を通して不仲になるよりも「うんうん」と頷いて杏子の喜ぶ顔が見れるならそちらの方が互いに幸せだと信じていた。

 杏子はよく体を使って遊べるような遊戯を好んでいた。主にボーリングやビリヤード、ダーツ、バッティングセンターなどをハシゴして遊び倒すのが一連のデートの流れである。たまにだらだらと自宅デートをすることもあるが、結局は日がな一日組み体操をすることになるので最近は外で遊びに行くように悟史が促していた。

 遊技場をひと通り見て回り、自宅に来てないかも確かめた悟史はその不甲斐ない結果を報告しに神社へと戻ろうと踵を返した。神社への帰り道の途中、黒い着物の女性――義母と偶然出会う。その隣には灰色をしたニットセーターの学生らしき年をした女性が並んでいた。

 その女性の容姿に悟史は目を奪われていた。銀髪を携え、横目で義母を見るその目は氷柱のように子供心惹かれるものの、同時に危うさと儚さも同時に感じた。いわゆる美女に類する外見にいずれなるというのが、悟史がその女性を見た感想である。北欧系の顔の作りであるが、どこか日本人に通じてもいるためハーフであると理解した。

「お義母さん、その女性は?」

 義母は悟史の姿を認めると首を傾げた。

「あら、どうしてここに? 見つかったの?」

「いえ、見つからなかったので一度ご報告と思いまして」

「そう」と義母が残念そうに返事すると、隣のハーフの女性が近づいてくる。香水をつけているのかダージリン系の細かい香りが鼻孔に届いた。

「君が杏子ちゃんの夫か。うん、なかなか良い男じゃないか。極道に向いているかどうかは別にして、人からの信頼を寄せられやすいから上に立つべき人物ではあると思うよ」

 いきなり評された悟史は苦笑いを浮かべる。

「ええと君はどちら様なのかな?」

 意気地がない悟史は極道に向いていないと言われても至極丁寧に年下の女性に尋ねる。

 間に入ろうとする義母に先んじて女性は答える。

「我こそが神様だ」

「男神だと聞いていたのですが」

「クックックッ、実は女装が趣味だったのだよ」

「スサノオも女装したと言いますし神々では当たり前のことなのですか?」

「そうそう。当時スサノオは流行の最先端をいってたのだよ」

「はあ、そうだったんですね」

 そのようなことが神々の間であったのかと感心していると義母が慌てて二人の間に入り、悟史の両肩を掴む。

「嘘です。今この子が言ったことは全て嘘です」

 義母の必死な様子に悟史は「わ、わかりました」と波風を立てないため慌てて肯定する。

「スサノオが流行の最先端のところまではほぼ本当だけどね」

「やめて! そんなことが私達のところから広まったことが知られたらとんでもないしわ寄せが来るに決まってるじゃない!」

「公然の秘密だろうに」

「公然の秘密だからみんな気まずい思いしているの!」

「まったく神というものもままならないものだね」

「なら、わかってくれてもいいじゃないですか」

「そういえばニートのアマテラスちゃんは今どうしているのかな?」

 悟史はそのじゃれあいに置いてきぼりにされてしまっていた。

「あ、あのぉ、結局その女性は誰ですか?」

 またしても妙な自己紹介を始めようとする銀髪の女性だったが、今度は義母に先んじられてしまい不発に終わる。義母が言うには人間ということらしかった。しかし、その女性の方が義母よりも立場は上らしい。極道の妻で年齢的にも種族的にも勝る義母よりも上ということは本当に神ではないのかと悟史は勘ぐる。

「ところで肝心のお名前は?」

 女性が義母の前に腕を伸ばて制すと「自己紹介ぐらいはしっかりやるさ」と続ける。

「あたしは天野恵里。妖怪たちからは違う名前で呼ばれることもあるけど気にしないでくれたら嬉しいよ。趣味とか、この控えめな胸のサイズも言っておいた方がいいかい?」

「いえ、そこまではいいです。……そんな方がどうしてお義母さんと一緒に?」

 悟史は天野恵里と自らを紹介した女性に尋ねたつもりだったが、恵里は面倒なのか義母に答えるよう投げかけた。

「ええと、協力者よ」

 どのような協力をしてくれるのか悟史が尋ねようとすると恵里が尋ねる前に口を開く。

「事情があって全面的な協力はできないけどコネを使えば県内ぐらいならしらみつぶしに捜すことはできるはずだよ」

 どのような人物なのか未だに分からずじまいだったが、頼りになる人物ではあると悟史は信じた。もう一歩信じるため悟史は訊くことにする。

「あのう立ち入ったことを尋ねると思うのですが、もちろん答えたくなければそれで構いません。どのような事情なのでしょうか」

 恵里の顔がたちまち曇る。

 悟史は立ち入りすぎたと後悔する。

 恵里は歩き出し、二人についてくるように促す。三人が並んで歩くと恵里は肩をすくめる。

「君は知らないと思うが関智春という男のせいだよ。おそらく今回の件も直接的か間接的、どちらにしてもきっと関わっているはずだよ。そうでなければあの男がこの街に来ているわけがない」

 どのような関わり合いがあるか具体的に恵里は説明しなかった。

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