収束する偶然という名の地雷原

1

 佐野は激怒した。

 自分が何をしたかを、何をしてしまったのかを理解してしまったためだ。全ては狸の一言で始まったことである。奥方様が結婚に反対していると聞いた佐野はこれ幸いとばかりに騙された。狸が口にする奥方様が発案したとされる作戦にまんまと乗ってしまった。

 それは奥方様が発案された作戦でもなければ、奥方様は結婚に反対などしていなかった。今にして思えば怪しい点はいくらでもあったと佐野は慙愧に堪えられなかった。

 だからこそ走った。

 全ては杏子お嬢様のためである。

 佐野は走っていると、折りたたみ式携帯電話に連絡が入る。本日、倉庫の前で杏子を手荒に拉致したためで叱責を飛ばされた部下からだった。出ると部下は裏返った声で「佐野さん、どうなってんすか!」と泣きついてきた。

「お前は俺を探せと言われていないのか?」

「連れて来いって言われてるっすけど、こっちもなにがなんだかわけがわからないっす。どうなってんすか!」

「狸はどこにいった」

「なんか神社に出戻った組からもアイツを捜すように言われたんすけどどういうことなんすか! お嬢のネックレスまで狸が盗ったとか言われましたし」

「俺は狸を捜す。片を付けたら、指を詰めると、気がすまなかったら沈む覚悟もできているとも伝えてくれ」

 電話口から慌てる声が聞こえたが、一方的に切る。

 アスファルトを蹴る力が一段と強くなった。

 佐野は確信する。

 狸の背後に誰かがいることを。それは巨大な何かである。

 この街で権力を持つのは創造神である仁、新たな創造神と言われる天野恵里、顔役としての地位を築いてきた原田会。

 創造神に楯突くのは危険が大きい。天皇ともいえる者に楯突いたところで得られるものは少ない。得られるものといえば楯突いたという事実のみ。それが有効的に使えるのは戦国や中世のように戦いに明け暮れた時代でなければ意味が無い。

 対して天野恵里の権力は創造神である仁に追いつくほどである。だが、本人に権力を振りかざす気はない。むしろ、権力というものを毛嫌いしているフシも見受けられた。その権力の恩恵を受けようと多くの者がゴマをすった。だがそういう者ほど痛い目を見てきた。ゆえに短気な創造神を下手に刺激してはならないと関係者の間で噂された。

 原田会ぐらいしか楯突いて利は得られない。

 そして、楯突く者は見当がついている。

 敵対組織、渡良瀬組である。むしろ、渡良瀬組以外考えられなかった。不干渉条約を結んではいるものの、関係性は改善などしていない。いつ条約を反故にしてしまっても問題などないのだ。

 ゆえに狸はこの件を起こすために送り込まれた工作員と考えるのが妥当であった。

 だが企みが露見したことで狸は逃げることとなった。逃げ場所は極論的に述べれば、無数にある。だが、どうしてこの事件を起こしたのかも考えればどこに逃げたのかも想像がついた。ネックレスを盗んだということはそれが何かに必要なものだったからだ。それを届けるまでが狸の仕事。したがって、渡良瀬組がある港町に逃げ込んでいるはずだと佐野は考えた。

 本拠地がある町に近づくにつれ邪魔する者は多くなった。近づけば近づくほど渡良瀬組員は増えていった。それを避けつつ、撃退しつつ、時間がかかりながらもあと少しのところまで辿り着く。そこで佐野は妙なものを目にした。

 狸がいた。

 それだけで怒髪天を衝く思いに駆られた。

 だがそれ以上に狸と渡良瀬組員がしていたことに心臓が止まりそうになっていた。

 渡良瀬組員に天野恵里に見初められた岡部香介が集団リンチをしていたのだ。

 天野恵里もしくはその関係者には手を出してはいけない。これは彼女を知るものには暗黙の掟だと佐野は考えていた。

 佐野は感づく。

 暗黙の掟であるのは間違いない。だが渡良瀬組は天野恵里でさえも破る力を得たのだと。

 佐野は香介と天野恵里に恩を売るため、助けに入った。

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