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 少女がわけもわからずに追われていた頃、香介も街を駆け巡っていた。恵里行きつけの喫茶店、思い出のデートスポット、思い出すのも恥ずかしい場所まで、どこにでも足を運んだ。しかし、そこに恵里の姿を確認することは敵わなかった。

 そうなると、あの事件に恵里が巻き込まれたのではないのかという疑念の泡が頭のなかに浮かぶ。シャボン玉のようにそれぞれはあってないような強度だったが、いくつかは空高くへと飛翔し手出しすらできなくなっていた。手が出せなくなると、泡は鉄球に姿を変えた。落ちてくる疑念に押しつぶされた香介は恵里が事件に巻き込まれていると思い込むようになっていた。

 けれど、もうどこを捜していいのかわからなかった。

 アテもなくさまよっている道中同じように人探しをしている中年男性に出会った。ヨレヨレのスーツで猫を抱いた中年男性の容姿から家族に家を追い出されたのだろうかと推測し、同情を寄せた。自身も突然失踪した彼女を捜していることを伝えると何やらどのような容姿かと尋ねてきた。ついでに捜してくれるのかと考えた香介は「プラチナブロンドのロングヘアをしたハーフ」と答えると、中年男性は「あいわかった」と応じて去っていった。香介もついでに中年男性が捜している相手を捜そうと考えたが、中年男性からその容姿を訊く前に去ってしまっていたので捜しようがなかった。

 仕方ないので恵里のことを再び捜し始めた。

 気づけばとある神社の前まで探しに来ていた。神社では本日催し物があるらしく、香介のいる鳥居の向こう側では神社の関係者らしき人らが慌ただしく動いていた。香介は向こう側をちらりと覗いてみたが、その筋の人とひと目でわかる容姿を発見してしまい絡まれぬうちに急いでその場を離れる。

 神社前の通りを逸れた小道に香介は入っていく。その小道は舗装されていない砂利道である。両脇は神社裏の雑木林と民家に囲まれ、その付近に住む小学生の抜け道になっていた。通学路でもなく、ちょっとした民家の遮蔽物を超えなければならないため、小学校に苦情を絶えず伝えられている小道でもあった。香介も小学生の頃は恵里が率先する形でこの小道をよく通り抜けていた。

 耐えかねたその民家に済むお爺さんがよく小道を通った小学生を捕まえては説教をしていたが、香介はどういうわけか一度も捕まったことがなかった。小学生の頃からの知り合いが集まった際に鉄板の話題だったため、香介は話題を共有できずに寂しい思いをしていた。一方的に提供される話によると、隣町のヤクザだったがあることを堺に足を洗ったらしい。小学生の妙に広い口伝による情報網によって、そのヤクザの本拠地まで嘘か真か噂されていた。

 その小道を久しぶりに目にし「爺さんに会えるものなら会ってみたかった」と振り返る。ふと恵里と初めて出会った時に言われた言葉が浮かぶ。

「ようやく会えた。もう二度と放さない」

 そのまま幼い香介の唇を奪い、抱きついた恵里は帰り際親御さんに無理矢理剥がされるまで抱きつきっぱなし、頬擦りしまくりであった。

「どうしてこっちが捜してるんだ」

 香介は深い溜息をつき、前髪をかき上げスマートフォンに何か連絡が来てないかを確認する。待受に精一杯のキメ顔をした恵里がそこにいた。いくら変えても恵里が再設定するので、もはや変えずにいた待受である。いつもはどうにかならないものかと考えを巡らすがこの時ばかりは香介に安堵感をもたらしていた。

 ただそれが癪でもある。

「待受変えたら現れたりしてな」

 今のうちに変えてしまおうという思惑がよぎったが、メールの問い合わせだけをしてポケットにスマートフォンを仕舞った。メールはなかった。

 待ち受けを変えなかったのは、どうせ変えるのならば心配させた罰ということで無理矢理同意をさせてから変更しようという天邪鬼ぶりの為すところであった。

 香介は小道から出て、再び歩き出す。

 神社とは正反対の方向へ向かおうとした。

「すいません!」

 振り返ると見るからに大人の色気がこれ見よがしに流している礼服の女性が息を切らしてそこにいた。

「岡部香介様とお見受けします。どうかお力添えを……」

 香介はとうとうわけがわからなくなってきていた。

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