第2会議室の呪い・参「廊下の怪現象」
昼休みに第2会議室の呪いを試してしまったわたしは、すぐに教室に逃げ込んだ。
何人かに怪訝な目で見られたけど、気にしている場合じゃなかった。
ピヨ助くんがさっきの廊下を見に行ってくれたけど、廊下は濡れておらず、特に騒ぎも起きていなかったという。
つまり……。
「あのぶちまけられた水は、お前にしか見えてなかったってことだな」
「うぅ、やっぱり……そういうこと?」
放課後。教室に人がいなくなるのを待って、ピヨ助くんと話を始めた。
「ああ。見事に呪われているぞ。やったな」
「そんな軽く言わないでよ……」
「なに言ってんだ、呪われるために行ったんだぞ? 上手くいったんだから喜べ」
「それはそうだけど喜ぶのは無理だよ」
ピヨ助くんは小さな羽を広げて喜んでいるが、わたしはげんなりしていた。
当たり前だけど、呪われるなんて気持ちの良いものではなかった。
今のところ廊下が水浸しになっているのを見ただけだけど、それでもぞわっとした。
「おいおい、ここからが本番だぞ? 怪談に出てくる幽霊と接触しなければいけないんだからな。今日中にケリをつけるぞ」
「え~、今日中? もう無理だよ~……」
「無理でもやるんだよ。……この怪談は学校外でも影響があるんだぞ?」
「えっ? ……あ、そっか、最後も車道に飛び出してるし、外でも幽霊を見たりするってことだよね」
「そうだ。忘れてないとは思うが、俺は基本的に学校から離れることができない」
ピヨ助くんは、あくまでこの学校の怪談の幽霊。
怪談にはテリトリーのようなものがあり、そこからは出られないそうだ。
「ま、佑美奈にくっついてれば外に出られるが」
「だめだよ。それはだめ」
取り憑いているわたしから離れなければ、例外的に外に出られる。
一緒に出かけたことはあるけど、その時はちゃんと学校にピヨ助くんを送ってから帰った。ピヨ助くんを連れて家に帰るのは無理。着替えることもできなくなる。
「そういうことだ。お前を一人で帰して、学校外で呪いの幽霊に接触されたら、俺が幽霊に会うことができないからな」
「うん……。それじゃ意味ないもんね」
わたしだけ幽霊に会っても怪談調査にならない。本末転倒だ。
「……佑美奈。必ず今日中に呪いを終わらせてやる」
「え? う、うん……」
「だからほら、とっとと行くぞ」
ぱっと見、まん丸い目にクチバシという、いつもと変わらない顔だったけど。その声はどこか真剣味を帯びていたような気がした。
……もしかして今、心配してくれた?
わたしが怖がってるから、早く解決しようとしてくれてる?
(なんてね、そんなわけないか。ピヨ助くんだもん)
さっきも言った通り、学校外で幽霊に会ってしまったらピヨ助くんは会うことができない。
だから学校で会ってしまった方が効率がいい。
ただそれだけだと思う。
(……でも、ちょっとだけ頼りにさせてもらうよ。ピヨ助くん)
*
「今回の怪談、幽霊に会う場所は特に指定が無いが、やはり第2会議室のある1階がいいだろう」
というわけで、わたしたちは再び1階の廊下を歩いていた。
雨のせいか人気はなく、学校は静かだ。
「そういえばピヨ助くん。この怪談、幽霊が幽霊になるいきさつが語られてるパターンだと思うんだけど、なにを解明しようとしてるの? 事故があったかどうかの裏取り?」
校舎建設時に事故で作業員が亡くなり、その怨念が呪いとなって残っている。
そこは怪談で語られているから、あとは確認だけなんだろうか。
そう思って聞いたんだけど、ピヨ助くんは呆れた顔になった。
「佑美奈、お前もそろそろ学べよ。……いくら怪談で語られているからって、それが本当かどうかなんてわからないだろ?」
「怪談は時間と共に変わっていく場合があるんでしょ? それはわかってるけど……」
内容が改変される。今までの怪談もほとんどが改変されていた。
でも今回のこの怪談、改変される要素なんてあるだろうか?
呪いにかかった生徒の体験談の部分は変わるだろうけど。
「それ以前の問題だ。噂の元が、本当に起きたこととは限らない」
「……どういうこと?」
「実際にあったことなのか、わからないということだ」
わたしはピヨ助くんの言っていることがわからず、首を傾げる。
「でも、染みがあったのは本当なんでしょ?」
「そっちじゃない。怪談の大前提になっている、作業員の事故の方だ」
「え……えぇぇ? 事故は無かったってこと?」
「わからん。そこまで調べきれなかった。この学校も結構古いからな」
ピヨ助くんの言う通り、確か創立70年だか80年くらいのはず。
そこまで昔のことだと、なかなか調べるのが難しいのかもしれない。
「だがな。事故の有無、それが怪談にとって重要とは限らないんだ」
「そんな。だって、今までの怪談は、だいたい事件がきっかけになっていたのに」
「そういう噂が怪談に変わりやすいというだけで、そうでないものもある」
ピヨ助くんはまん丸い目をちょびっとつり上げ、真剣な声で語り出す。
「いいか佑美奈。怪談の生まれるパターンの一つとして、語る人間が想像を膨らませた結果、怪談になったものがある」
「想像……?」
「会議室の怪談の中で、唯一確かなのは天井の染みだ。実物は見れなかったが、あったのは間違いない。人の形に見える不気味な染みがな。……それを見た好奇心旺盛な学生たちは、どういう想像をするだろうな?」
そこまで言われてようやく、わたしはピヨ助くんの言いたいことがわかった。
「あっ……! じゃ、じゃあ、この怪談は作り話なの?」
思わず足を止めて、ピヨ助くんの顔をまじまじと見てしまう。
「その可能性が高いってだけだ。というのも実際に事故があったのかどうか、この怪談話の中ではあまり重要視されていない。話のキモが天井の染みと呪いの体験談だからだが、こういう場合想像から生まれたパターンが多いんだよ」
「へぇ……。なんか迷惑な話だね」
「もっともそれがすべてとは限らないから、怪談は恐ろしい。今回だって、作り話なのはおそらく事故の部分だけだろう」
「どうしてそう思うの? 呪われた生徒が死んだって話も、作られたのかもよ?」
「そうだな、その可能性もゼロじゃない。いつの話かもわからないから、それこそ調べようがなかった。……だが、佑美奈。お前は実際に呪われている」
「う……そうだけど」
呪いが本当ということは、生徒が死んだという話も本当の可能性が高くなる。
わたしとしては、その部分こそ嘘であってほしかった。
「まとめるぞ。俺の考えでは、校舎建設時の事故は無かったが、不気味な染みを見た生徒たちが想像を膨らませ、怪談を生んだ。そうして生まれた怪談はいつしか本物の怪談となり、実際に生徒が呪われるようになった」
「…………」
否定はできなかった。
ピヨ助くんの推理は筋が通っている。
怪談話って、そういうものなんだと思うから。
「あれ? 待って、じゃあこの呪いは一体なんなの? 事故で死んだ作業員の怨念じゃないんだよね?」
「今言っただろ? 想像、噂から生まれた怪談が、時間をかけて語られることで本物の呪いになった。誰の怨念だとか呪いだとかは関係ない」
「なにそれ、すっごく理不尽なんだけど……。誰のでもない、作られた呪いなんて」
「そうだろう? 俺が知りたいのはそこだ」
「……え?」
ピヨ助くんは腕のように羽を組み、廊下の先をじっと見る。
「作られた怪談ではあるが、幽霊が出てくる。濡れた女の人や、佇む作業員風の男だな。怪談が想像から生まれたのだとしたら、彼らはいったい何者なのだ? 俺が知りたいこと、解明しなくてはいけないことはそれなんだ」
「わかるような気もするけど……ちょっと混乱してきたよ」
なんかややこしい……。
怪談は作られた話だけど、幽霊は本物かもしれない?
確かに、今までみたいに会話ができる幽霊がいるのなら、それが何者なのか……ちょっと気になる。
「本当に事故があり、幽霊はその作業員かもしれない。だが、怪談で語られていない部分に、真実が隠されている可能性もある」
「……うん、そうだね」
隠された真実。
今までの怪談を思い出しながら……。
わたしはゆっくりと、歩き始めた。
「……きゃっ?」
しかし歩き出してすぐに、なにかに躓いてつんのめる。幸先悪いなぁ。
(って、違う……! 今の感触!)
わたしはしゃがんで、自分の足首を触ってみた。
「うわっ……濡れてる」
右の足首、靴下が濡れていた。
「なんだ? どうかしたか?」
「いま……わたし、足掴まれたよ」
「ほほう。……どうやら、おでましのようだぞ?」
気が付くと、廊下は妙な湿気に包まれていた。
窓は開いていないのに、緩く撫でるような風が吹いている。
正直、不快だった。
「とりあえず第2会議室前まで行くぞ」
「う、うん」
立ち上がり、ピヨ助くんと並んで歩く。また掴まれないか気にしてしまい、ぎこちない歩き方になった。
第2会議室にはすぐに到着したが、ドアはいつものように閉まっている。
「そういえば、さっき鍵かけた?」
「様子を見に戻った時に閉めたぞ。ってそんなこと気にしている場合か?」
それもそうだ、と思っていると……。
ドタドタドタドタ!
「な、なに?!」
突然後ろから激しい足音が聞こえ、驚いて振り返る。しかし……。
「あ、あれ? 誰もいないのに……!」
廊下は無人だった。それなのに足音だけが聞こえる。止まらない。すぐ側まで迫ってきている。明らかに一人じゃない、大勢の足音が……。
「佑美奈! 端に寄れ!」
「え? あ……きゃっ」
ピヨ助くんに突き飛ばされて、廊下の壁に貼り付くように手を付いた。
すぐ後ろをぞわっとする冷気が通り抜け……やがて、足音が遠ざかっていく。
「…………」
動けない。声も出せない。
頭の中は完全に真っ白で、体は石のように固まってしまった。
なにも考えられない。考えることを頭が拒否している。だから体も当然動かせない。動こうとしてくれない。たった今起きた理解したくないんだ。理解してしまったら、わたしは、わたしは――。
「おい! 大丈夫か?」
「……っ!! っぷはっ! はぁ、はぁ、はぁ……」
ピヨ助くんの声が聞こえ、わたしは引っ張り戻された。どこかに行ってしまいそうだった意識を、文字通り引っ張ってもらえた。
呼吸を止めていたことに気が付き、慌てて息を吸う。心臓も思い出したかのように激しく脈を打つ。
わたしは今、怖くて、恐怖に頭も体も縛られていた。呼吸も忘れ、心臓も動いていたのかわからなかった。……もしかしたらこれが、金縛りなのかもしれない。
「はぁ、はぁ……ふぅ……」
「……落ち着いたか?」
ようやく呼吸が整い、わたしはゆっくり振り返る。
「う、うん……ありがとうピヨ助くん。ねぇ、今のって……」
「霊が駆け抜けていっただけだ。あまり気にするな」
「気にするなって、そんなの無理だよ……」
“……ねぇ……”
「怪談的にはまだ始まったばっかりだぞ? いちいち気にしてたら身が持たないぞ」
「さらりと怖ろしいこと言わないで」
「事実だからな」
「うぅ…………あれ?」
今……誰かいたような?
ちょうどピヨ助くんの後ろに、女の人が……。
(え……もしかして、今のも……!)
「どうかしたか?」
「な、なんでもない。……はぁ。怪談で出てきた生徒がノイローゼになっちゃったのもわかる気がするよ」
こんなのが四六時中起こっていたら、頭がおかしくなってしまう。
「なにかあったらすぐ言えよ? ほら、中に入るぞ」
ピヨ助くんは手というか羽だけドアをすり抜けさせて、器用に鍵を開けた。
「霊がいるとしたら、おそらくこの中だ」
「第2会議室……。怪談だと、呪われたあとって会議室出てこないよね」
「まぁわざわざ呪われた場所に戻ってくるヤツはいないからな」
それもそうだ。なにが起きるかわかったもんじゃない。
……って、そんな場所に入ろうとしてるんだけど?
「どうした? 早く開けろ」
「わかったよ……。ピヨ助くん、今回も報酬追加してもらうからね? とびっきり甘くて美味しいドーナツ」
「……考えておこう」
あれ? ピヨ助くんがちょっと素直だ。これは二つくらい追加を期待できるかも。
よし。すべてはドーナツのためだ。
わたしは無理矢理自分を鼓舞して、会議室のドアを開けた。
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