開かずの教室の神隠し・参「彷徨う」
「……さすがに、気になっちゃうよね」
ミカちゃんと別れた後、わたしは学校前に来ていた。
だいぶ話し込んじゃったから、もうすぐ日が暮れ始める時間だ。
白鷺鳴美さん。彼女と話をする夢を見た後に、同じ名字の白鷺友紀子さんと出会った。
まさか『しらゆき』のお店の人が『白鷺』という名字だったなんて。初めて知った。
(ピヨ助くん、しらゆきのこと知ってたんだよね。そういえば)
わたしは少し前の会話を思い出す。
『ピヨ助くんも『しらゆき』知ってるんだ?』
『まぁな。今でもあるなら繁盛してるってことか。なによりだ』
そして白鷺鳴美さんは、おそらくピヨ助くんの先輩。
……これは全部、偶然なの?
ピヨ助くんに聞けばわかるのかもしれない。だけど……どう聞けばいいんだろう?
実は前に見た夢のことも、名前のことも、まだピヨ助くんに話せていない。
話さなきゃいけないってわかってるんだけど、どうしても切り出せなかった。
でも……迷ってても仕方が無いか。なるようになるよ。
「ピヨ助くん、いるー?」
「むっ、なんだ来たのか、佑美奈」
「……ひっどいなぁ。寂しがってると思ったから来てあげたのに」
校舎の方からふよふよと飛んでくるピヨ助くん。
羽で飛んでいるわけではないので、幽霊的な感じで浮かんでいるようだ。
「別に寂しがってねーよ。にしても、こんな時間に来るとは思わなかったな。どうかしたか?」
「ほんとは来るつもりはなかったんだけどね。ちょっと気になる話が……」
わたしはそこで一旦、言葉を止めてしまう。
「……怪談話を聞いちゃってね」
「ほほう? まさかお前からそういう話をされるとはな」
白鷺鳴美さんのこと、夢のこと、名前のこと。
わたしはやっぱり、切り出すことができなかった。どうしても躊躇ってしまう。
だってそれは……わたしが知っていていいことではないかもしれないから。
どうしてわたしがそれを知ることができたのか。その理由をはっきりさせるのが、少しだけ怖い。
「む? なんだ? 本当にどうかしたのか? 黙り込んで。らしくないな」
「そ、そんなことないよ? えっとね、またミカちゃんから聞いたんだけどさ。『開かずの教室の神隠し』って怪談。知ってる?」
「む……。もちろん知っているが、聞かせてくれ」
ピヨ助くんがまん丸い目を少しだけつり上げ、真剣な顔になった。
校舎に向かって歩きながら、わたしはミカちゃんから聞いた話をそのまま話した。
*
「……そうか。内容はまったく変わってないな」
「改変は無いってこと?」
「そういうことだ」
わたしたちは校舎に入って、適当に歩きながら話をしていた。今は3階の廊下だ。
ここは2年生の1組から4組までの教室と、特別教室や多目的教室が並んでいる。
ちなみに4階は1年生の5クラス分の教室と音楽室。
2階は2年5組と3年1組と2組、職員室や図書室、特別教室。
1階は3年3組から5組の教室、保健室などがある。
この配置いつも疑問に思うんだけど、2年生、わたしたちの5組だけ2階なんだよね。
「実はこの怪談な。俺はどうしても調査ができなかったんだ」
「そうなの? 放課後に女の子を追うんだよね。他に条件あったっけ?」
「どれだけ探しても、その女の子を見付けることができなかったんだ」
「ああ~……なるほど。それじゃ開かずの間に辿り着けないね」
「だが今は佑美奈、お前がいる。今度こそ調査ができるかもしれない。というわけで、早速調査するぞ」
「えぇ~、今からするの?」
「いいだろ。依頼料は支払い済みだぞ?」
「うっ……確かにいただきました」
ピヨ助くんが出してくれる、とっても甘くて美味しいドーナツ。
前回の怪談調査の後、わたしは見事交渉に勝ち、下調べで1個、報酬で2個、次回依頼分で1個食べることができた。
次回依頼分が入ってしまったのは、ドーナツを出す時必ず2個になってしまうらしく、3個だと1個余ってしまうからだ。……今考えると、次の調査協力をスムーズに了承させるために報酬の数を調整したのかも。
だとしたら一本取られた――なんて、わたしは思わない。あのドーナツを多く食べられたんだから、むしろ美味しい。
……というわけで、依頼分を食べてしまったわたしに拒否権はなかった。
「しょうがないなぁ。……でも調査出来なかったってことは、ピヨ助くん、この怪談の情報まったく無いの?」
「いや、下調べはばっちりだ。脱出方法に関しても問題ない」
「え、そうなの? 脱出方法って、本当の開かずの教室の場所がわかってるってこと?」
「まーな。……もっとも、突き止めたのは俺じゃないんだが……」
「ピヨ助くんじゃない? それって……」
……鳴美さん?
「信じられる筋の情報だから安心しろ」
「う、うん……」
わたしはまじまじとピヨ助くんの顔を見てしまうけど、ピヨ助くんは気付かず、廊下を凝視している。
「もうちょっとウロウロするぞ。女子生徒の後ろ姿、見逃すなよ」
「ピヨ助くんが全然見付けられなかったんでしょ? そんなに簡単には見付からないと思うよ」
「わからんぞ。今までだって、あっさり怪談に遭ってるだろ」
「そうだけどさぁ。ちなみに女の子ってどんな感じの子? 髪が長いとか……あんな風に短いとか」
「さあなぁ。その辺りは曖昧でな、見る人によって違うという説もある。神隠しが本当に入れ替え制なら、そうなるのもわからんでもない」
「廊下を彷徨ってるのは、神隠しに遭った女の子なの?」
「そりゃそうだろ。この怪談の幽霊なんだろうからな」
「ふ~ん……。でも見た目変わっちゃうんじゃ探すの難しそうだね」
「雰囲気でわかるだろ。髪型がなんだろうとな……って、ちょっと待て。佑美奈、お前……あんな風に短いって、誰を見てそう言ったんだ?」
「うん? ほら、廊下の先にいる子……あ、いなくなっちゃった」
「ばっかもーん! そいつが幽霊だ! 早く追いかけろ!」
「え? あっ、ああぁぁぁ! そっか!」
あっさり過ぎて、まさかあの子が幽霊だとは思わなかったのだ。
「ピヨ助くん! 女の子普通な感じだったよ? 雰囲気でなんてわからなかったよ?」
「お前が鈍いだけだろ!」
「ひどい! まったくもう……!」
走りながら喋るのは辛い。わたしはひとまず文句を置いて、女の子がいた廊下の端まで駆けた。
そこはちょうど階段で、上の方にチラッと足だけ見えた気がした。
「いたか?」
「うん、上に行ったよ」
わたしたちはさらに追いかける。階段を駆け上り、廊下に飛び出すと――。
「うそ、もう向こうの端にいる……あ、曲がっちゃった」
「ちっ、俺はまた見られなかったぞ。でも怪談通りだな、もう間違いない。追うぞ」
「う、うん。そうだね」
どれだけ走って追いかけても追いつけない。……それなら、本気で走る必要はないよね。
わたしはゆっくりと、でも小走り気味に、女の子を追いかけた。
廊下の端に女の子の姿を見付け、追いかける。それを何度繰り返しただろう。
夏休みの学校で、誰もいないのは当然なんだけど……。これだけ走り回って、あの女の子以外の誰とも会わないというのは、やっぱりちょっと不気味だった。
廊下を走って階段を上り下りしていると、いま自分がどこにいるのかわからなくなりそうだ。
毎日通っている学校で迷ってしまいそうになる。
わたしはすでに……神隠しに遭っているんじゃないか。そんなことを考えてしまう。
「そろそろ疲れてきたんだけど……あっ」
「どうした?」
「い、いま、あそこの教室に入っていったんだけど……ピヨ助くん見えなかった?」
「ああ。結局最後まで見ることができなかったな。まぁいい、そこだな?」
わたしとピヨ助くんは、女の子が入った教室の前までやってくる。
怪談話の通り。扉は閉まっている。開閉の音はしなかった。
扉についている窓から中を覗こうとすると――。
ぞくっ。
廊下はまだ夕陽が射しているのに、中は真っ暗だった。
わたしはその闇を見た瞬間、寒気を感じ、たじろいでしまう。
窓から闇が溢れ出してきそうな感じがして……。
「よし、入ってみるぞ」
「……ピヨ助くん。これ、結構やばくない?」
「どうしてそう思う?」
「わからない、けど……。この中、絶対入っちゃいけないんだと思う……」
「元来、神隠しっていうのはそういうもんだ。神域に入ってしまったから隠されてしまう。そういう逸話が多い。……この怪談は存在すら消しちまうんだろ? ヤバイに決まってる」
「やめよう。今回ばかりはやめとこうよ」
「脱出方法はわかってると言っただろ?」
「それはそうだけど……でも」
尚も躊躇っていると、ピヨ助くんはため息をついて、
「はぁ。しょうがねーな、だったら教えてやる。本当の開かずの教室は、2年5組だ」
「え……? 2年5組って、わたしの……」
「詳しい説明は後だ。とにかく入れ」
「う、うわ、まだ心の準備ができてない! ていうかドア開いてない――!?」
ピヨ助くんに背中を押され、教室の扉に手を付こうとする。が――そこにあるはずの扉が無く、わたしは闇に向かって手を伸ばしていた。
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