開かずの教室の神隠し・弐「しらゆきと怪談」
「ゆみゆみどうしたの~? なんか顔色悪くない?」
「うん~……なんか、変な夢を見てね。ちょっと」
「そうなの? じゃあ今日やめたほうがよかった?」
「ううん? しらゆきのケーキ食べれば治るから大丈夫だよ、ミカちゃん」
「あはは、そうだと思った~」
ケーキ店『しらゆき』。
7月の終わり、夏休みに入ると、わたしはミカちゃんとふたりでこのお店に来ていた。
このお店はチーズケーキの美味しい、わたしのお気に入り。地元の北千藤から電車で2駅かかるから、学校帰りにふらっと寄れる場所ではないのが難点。そうじゃなければ毎日でも通うのに。
お店は白い木目調のフロアで、テーブルやイスも統一されている。清潔なイメージ。ケーキの販売がメインで飲食スペースはそれほど広くないけど、フロアには専属スタッフさんがちゃんといる。白いシャツに黒のパンツ、白いエプロン。お店の雰囲気にぴったり合った服装だ。
色んな種類のケーキが売っていて、どれもとっても美味しいんだけど、今日の目当てはチーズケーキ。夏休み最初のしらゆきは、やはりチーズケーキを食べないと始まらない。
(それに……また変な夢を見たし)
おかしな夢を見るのも、これで3回目だ。
最初は声だけの夢。声の感じからして、わたしと同じ年頃の男の子と女の子が会話をしていた。
2回目は幽霊のたけるくんと女の子の会話。これは映像付きで、わたしは女の子の背中越しにふたりを見ていた。
今回はついにわたし自身が夢に入り込み、あんみつを食べながら女の子と会話をした。
とてもリアルで、内容もちゃんと覚えている。食べたあんみつの味までしっかり。
思い出そうとすればするほど、あれが本当に夢だったのかどうかわからなくなる。
(白鷺……鳴美)
3つの夢に出てきた女の子は、全部同じ人だと思う。
おそらく、ピヨ助くんのかつての先輩。
どうしてそんな人と会話をする夢を見たんだろう……?
「ゆみゆみ~。また新しい怪談話仕入れたんだけど、聞きたいよね?」
「えぇ? 唐突だね、ミカちゃん。夏休みなのにどうやって情報を仕入れてるの?」
「そこは企業秘密だよ~。せっかくゆみゆみと遊ぶ約束してるんだし、怪談の一つも話してあげないとって思ってね~」
ああ、やっぱり。ミカちゃんの中ですっかりわたしは怪談好きになっている。
「そ、それはありがたいけど……。無理しなくていいんだよ?」
今はピヨ助くんがいない。わたしだけ話を聞いてもしょうがない。本当に無理しないで。
「無理してないよ~。あたし自身楽しんでるからね」
「それならいいけど。ん~、じゃあ今度はどんな話?」
ミカちゃんが楽しいならいいかな。それに、そろそろピヨ助くんに会いに行ってあげようと考えていたし。
来なくていいって言われたけど、行くって言っちゃったから。お土産代わりに聞かせてあげよう。……危険な怪談じゃなかったらね。
「今回聞いたのはね~。『開かずの教室の神隠し』って話なんだけど~……」
ミカちゃんはそう言って、怪談話を始めた。
『開かずの教室の神隠し』
昔、校内で一人の女の子が行方不明になったの。
最後に彼女を見たのは、ある教室に入っていくところ。
誰も出て行くところを見ていないから、その教室で神隠しに遭ったんじゃないかって言われてる。
女の子がいなくなってからその教室では、朝になると窓ガラスが割れてたり、机がめちゃくちゃに動かされていたり、黒板がチョークで真っ白に染まってたり……不思議なことが起きるようになったんだって。
お祓いとかもしたみたいなんだけど、どうにもならなくてね。結局教室は封鎖されて、開かずの教室になったみたい。
今では、その開かずの教室がどこにあるのかわからない。封鎖されたままなのか、どこかで使われているのか……。
でもね、開かずの教室を見付けたって人は、結構いるんだ。
放課後になると、校舎を彷徨う女の子がいるって噂が流れてね。その後ろ姿を見付けた人が、気になって追いかけてみたんだって。
女の子は廊下の奥にいて、すぐに角を曲がって見えなくなっちゃった。でもその角まで辿り着くと、女の子はもう廊下の向こうにいて、また見えなくなっちゃう。階段も足下だけ見えて、急いで上ってもやっぱり廊下の先にいるの。走っておいかけても絶対に追いつけないんだって。
おかしいよね。女の子はゆっくり歩いているのに。走っても追いつけないなんて。
それにね、追いかけてる時に……他の誰にも会わないの。部活やってるひともいるし、残ってる生徒は他にもいるはずなのに。
もう絶対おかしい。それがわかっていても、誘われるように追いかけ続けるの。
すると……やっと、女の子が廊下の真ん中で立ち止まった。そのまま教室の中に入っていく。
追いついた。急いで教室の前まで駆けていくと……あれ? ってなる。
ドアが、閉まってる。
動かすとガラガラと音の鳴る扉なのに、そんな音はしなかった。
教室の中は真っ暗で様子を窺うこともできない。
さすがに不気味になって、教室を離れて……ようやく、ここが開かずの教室なのかもしれないってわかるの。
でもね、もし女の子を追いかけて、そのまま教室に入ったりすると……。
閉じこめられて、外に出られなくなるんだって。
神隠し。姿だけじゃなくて、すべてが消えちゃう。いなかったことになる。
開かずの教室から出る方法はふたつだけ。
ひとつは、他の誰かが入ってくると入れ替わりで外に出られるから、それをひたすら待ち続ける。
もうひとつは、開かずの教室の本当の場所を言い当てるの。そうすれば、外に出られるんだって。
「って話だよ。どうだった?」
「うん……語り口調なのが雰囲気出ててるよね。ミカちゃん、実は練習した?」
「えへへ~バレた? 少しでもゆみゆみに怖がってもらいたくって」
本当はわたし、怪談話なんて興味が無いから怖くはない……はずなんだけど。
ミカちゃんの話し方が上手かったからなのか、それとも本物の幽霊がいると知ってしまったからなのか、少しだけ、怖いと感じてしまった。
「それにしてもさ~。いなかったことになってしまうって、どういう意味だろうね?」
「あぁー……そうだね、みんなから忘れられちゃう、とか?」
「うわ~、嫌だなぁ」
もし本当にそうなるのなら、かなり恐ろしい怪談話だ。
とはいえ、そもそも女の子を追いかけなければいい話で。偶然開かずの教室に入ってしまうという心配は無さそう。そこは良心的……と思ってしまうのは、だいぶ毒されているかもしれない。
一応脱出方法もあるみたいだけど、これは……。
「ねぇミカちゃん。最後の、開かずの教室の本当の場所ってわからないの?」
「うん、わからないんだよね~。当てずっぽうで言うしかないのかな?」
「それは難易度高いよ」
やっぱりわからないんだ。だとしたら、脱出方法なんてあってないようなもの。
好き好んで入る人もいないだろうから、入れ替わりで脱出というのも望みが薄い。
なにより、今度はその入ってきた人が神隠しに遭ってしまう。それでは後味が悪い。
「お待ちどおさま。チーズケーキと紅茶のセット、ふたつです」
ちょうどそこへ、頼んでいたチーズケーキと紅茶が運ばれてくる。
ああ、待ち焦がれていたよ、愛しのチーズケーキ! 黄金色に輝いて見えるよ。
「……あなたたち千藤高校の生徒よね?」
うっとりとチーズケーキに見惚れていると、運んでくれた店員さんが話しかけてきた。
顔を上げると、そこには髪の長い綺麗なお姉さん。よく見かける店員さんだ。
お姉さんの質問に、ミカちゃんが笑って答える。
「あはは、よくわかりましたね~、そうですよ~。お姉さんは~?」
「私ね、千藤の卒業生なのよ」
「えっ、そうなんですか?」
「おお~。すごい偶然~」
「そうね、すっごい偶然。しかも、どこかで聞いたことのある話をしてたから。ちょっと気になっちゃって」
それは今の怪談話のことだろうか。だとしたらお姉さんが在学中もこの怪談が流行っていたということになる。
スタッフのお姉さんは少し笑って、
「ふふっ。それに、あなたはお店の常連さんだしね?」
わたしにウィンクをした。
覚えられていることが、嬉しさ半分気恥ずかしい。わたしは笑って応える。
「あはは……。はい、チーズケーキがお気に入りで」
「あら嬉しい。……あとでサービス券あげるね」
「い、いいい、いいんですか?」
「嬉しそうね? いいのよ。私、これでもこの店の娘だから」
「そうだったんですか?!」
なるほど、よく見かけるわけだ。
「それにしてもあの学校、昔っから怪談話が多いんだけど、今もそうみたいね」
「あはは~、そうですね~。探せばいくらでも出てくるっていうか~」
「……ミカちゃん、そんなにたくさんストックがあるの?」
ピヨ助くん全部の怪談を調査するって言ってたけど……。いったいどれだけ調査するつもりなんだろう。
「おねえさん、ひとつ聞いてもいいですか~? どうしてこのお店『しらゆき』って名前なんですか~?」
「あ……それ、わたしもちょっとだけ気になってました。名前の由来とかあるんですか?」
店の全体的なイメージが白だから、と勝手に思っていたけど、ちゃんとした由来があるのなら知りたい。
だけどお姉さんは少し恥ずかしそうに頬を掻いて、目を逸らしてしまう。
「ん~、由来はあるよ、うん。……私はね、娘だからね。もちろん知ってるけどね」
「言いにくい由来なんですか……?」
「いやぁちょっとだけ恥ずかしくて……」
と、その時だった。
「
「あ、ごめん母さん!」
カウンターから声がかかり、お姉さんが返事をする。
「ゆき……こ。……あれ?」
「あ、もしかして気付いちゃた?」
「なんとなくですけど。でも確証がないので……」
「急ぐから、答え言っちゃうね。私の名前、
「ああ、やっぱり…………って、えっ?」
自分の名前が使われているから恥ずかしがっているのかなって、予想はできた。
でもお姉さんの名字が……白鷺?
「おぉ、なるほど~。しらさぎゆきこで『しらゆき』! ゆみゆみよく気付いたね~」
「それは……あ! あの、すみません!」
手を振ってカウンターの方に去ろうとしていたお姉さんに、わたしは慌てて声をかけた。
「白鷺鳴美という名前に心当たりはありませんか?」
友紀子さんはピタッと動きを止めて、振り返る。
「……ううん? 知らないけど?」
「そう、ですか。ごめんなさい、お仕事中に。変なこと聞いて」
「気にしないで。話しかけたの、私の方だから」
そう言って、今度こそ友紀子さんは仕事に戻っていった。
「ゆみゆみ、今聞いたのって誰のこと~?」
「……うーん、わたしもよくわからないんだよね」
「え~? なにそれ、どういうこと~?」
「なんでもないよ、わたしの勘違いだったみたいだし。それよりチーズケーキ食べよう!」
そう言って誤魔化すも、ミカちゃんはしつこく聞きだそうとしてきて大変だった。
チーズケーキは相変わらず美味しい。しっとり、かつ、ふんわり。口の中にほどよく残る酸味が恋しくなり、ついついフォークを運ぶのが早くなってしまうけど、我慢してゆっくり味わう。
さっきのことは気になったけど、一旦忘れてケーキの味を堪能し感動する。これほど素晴らしいチーズケーキに出会えたことに、感謝を。
「ゆみゆみって本当に幸せそうにケーキ食べるよね」
「だって本当に幸せなんだもん!」
ケーキは戦争をも無くす。本気でそう考えているくらい、わたしはケーキが好きなのだから。
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