第4話「開かずの教室の神隠し」

開かずの教室の神隠し・壱「夢の中でもあんみつを食べたい」


 学校の食堂で、わたしはひとりあんみつを食べていた。

 定食のデザートによくついてくるもので、寒天に豆、餡子、缶詰のミカンが乗せられた、フルーツあんみつ。学食のデザートにクオリティを求めたりはしない。学校で甘味が食べられるだけで幸せなのだから、感謝しかない。


 あんみつを食べ続けるわたし。周りには誰もいない。ひとりだけの食堂。

 どうしてわたしは、ここであんみつを食べているんだっけ?

 どうして他に誰もいないんだろう?


 あんみつ食べ終わってから考えよう。


「…………」


 そう思って黙々とあんみつを食べていると、いつの間にか正面に女の子が座っていた。

 いつからいたんだろう?

 同じ制服を着たショートカットの女の子。頬杖を付いてわたしを見ている。好奇心の強そうな大きな瞳は、面白いものを見付けたと言わんばかりにキラキラと輝いていた。


 どこかで……見たことがあるような……。


「あんみつ食べてるキミ。名前、聞いてもいい?」

「え……? 弓野佑美奈ですけど……」

「ゆみちゃんね。あなたはどうして、ここであんみつを食べているの?」

「どうして……ですかね。あ、甘い物が好きだからだと思います」

「なにそれ? でもあながち間違ってはいないのかもね。あははっ」


 女の子はそう言ってケタケタと笑う。わたしは反応に困ってしまう。


「はぁ……。あの、あなたは?」

「私? そうね、この学校の主ってところかな?」

「学校の……ヌシ、ですか。それって校長先生じゃ」

「そういう意味の主じゃないのよ。私はきっと、誰よりもこの学校のことに詳しい。例えばこの学食。元は一般校舎の一部だったのを改修して食堂と購買を作ったのよ。知らなかったでしょ?」

「そうなんですか? それは知らなかったです」

「もちろんそれだけじゃないわよ。保健室から聞こえてくる子供の声の話なんかもよく知ってる」

「え……?」

「廊下ですれ違いざまに囁く女の子の幽霊も……ね?」


 ここでようやく、ぼんやりしていたわたしの頭が少しだけクリアになった。

 今のは、わたしとピヨ助くんが調査をした怪談話のことだ。


「あ、あのっ」

「あなたは今、不安を抱えている」

「え? 不安……ですか?」

「幽霊が生み出したドーナツを食べ続けるなんて、普通じゃない。少なくとも、霊感は上がり続けている」

「やっぱり、そうなんですかね? でもわたしは、あのドーナツを食べるのをやめられない」

「ふふっ。別にやめろとは言わないよ。でも食べ続けることで、あなたの周りで不思議なことが起きやすくなっているのも事実」

「不思議なこと……。怪談に遭いやすいってことですか?」


 女の子は口元に笑みを浮かべる。


「正解。条件さえ満たせば、必ず怪談に遭えてしまう。それ以外にも例えば……私とこうやって話ができるのも、不思議なことの一つね」

「はぁ……」


 少しずつ、再び頭がぼんやりし始める。視界に靄がかかる。これも……不思議なこと?


「あなたがあのドーナツを食べ続けるというのなら。ゆみちゃん、彼を助けてあげてね」

「彼……ピヨ助くんを……?」

「ぷっ、ピヨ助くんって、おかしな呼び方してるわね」


 女の子はそう言いながら立ち上がり、歩き去ろうとする。


「あっ……待って下さい。あの、名前を聞かせてもらえませんか?」

「私の名前? 私は……」


 女の子は振り返り、笑顔で答えた。


白鷺しらさぎ鳴美なるみだよ」


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