保健室の子供の声・六「真実は恐ろしく」


「どうなってんだよ、なんなんだよこの怪談は!」

「わたしが聞きたいよ……」


 わたしたちは落ち着くために自分のクラス、2年5組の教室にやってきた。

 さっき明らかになった事実のせいで、わたしたちは大混乱している。


「ハァ…………よし、整理するぞ。大丈夫か、佑美奈」

「大丈夫じゃないけどいいよ」


 ピヨ助くんは一度深呼吸してから話し始める。


「つまり……だ。保健室の怪談に、あの先生はまったく関係なかった」

「う、やっぱりそういうこと?」


 早川先生の子供は、男の子じゃなくて女の子だった。

 そもそも生きてるから幽霊でもない。

 離婚して、離ればなれになってしまったから、もう会えないと言っていたんだ。


 ピヨ助くんの言う通り、怪談とはまったく関係がない。

 なのに、わたしたちが勝手に関連付けてしまった。


「じゃあ、結局たけるくんって誰なの?」

「決まってるだろ? そもそも怪談ジャックなんてなかったんだ。当然、お前がさっき言ってた取り返されたってのも違う。

 昔からずーっと同じ幽霊だったんだよ。変わってなんかいなかったんだ、あのクソガキは……!」

「え……えええ!? だって、入れ替わったんだって、ピヨ助くんが言ったのに!」

「うっ……し、仕方ないだろ! 俺にだって、間違うことはある。……くそう」


 ピヨ助くんがめちゃくちゃ悔しがってる。

 でも……そっか、入れ替わりはなかったんだ。確かにそれで納得がいく部分もある。


 ……もしかして、たけるくんは全部わかっていた?

 わたしたちが見当違いな推察をしていたことを。

 それに対するたけるくんの答えが、怪談の内容を元に戻す、だったのかもしれない。

 実際、ミカちゃんから聞いたその話で、色々勘違いに気付けたのだ。

 戻ったのは幽霊の台詞だけみたいだけど、わたしたちには十分だった。


「はぁ……たけるくんにしてやられたね、ピヨ助くん」

「…………」

「ピヨ助くん?」


 ピヨ助くんは黙って、まだなにかを考えているようだった。そして自問するように呟く。


「だったらどうして、この5年の間に内容が大きく変わったんだ? どうして、お母さんを探す幽霊になったんだ?」

「え……? それもそうだね。でもほら、先生が写真を見てたの知ってたし、なにか影響受けたりはしたんじゃないかな?」

「台詞に関してはそうなのかもな。だが、内容については……」


 そこでピヨ助くんは言葉を切り、廊下の方をちらりと見る。


「チッ、忘れていたな……。もう一つ、内容が変わってしまう可能性があるじゃないか」

「え? 心当たりがあるの?」

「ああ。佑美奈、お前も知ってるはずだ。あるだろ、短期間で内容が大きく変わってしまった怪談が」

「短期間で大きく変わった怪談……?」


 わたしは腕を組み、考えようとして……そんなものは一つしかないと気付く。


「あっ、とい子さんの……!」


 思わず、ピヨ助くんと同じように廊下を見てしまう。


「そうだ。つまりな、この怪談はすでに誰かが怪談調査を行い、その結果内容が大きく変わったんだよ」

「…………!!」


 確かにとい子さんの時も、わたしたちが調査したあとに内容がガラリと変わってしまった。

 それと同じ事が、この5年の間に起きたのだとしたら……。


「くそっ……やっぱりかよ。やっぱり、ひとりで怪談に遭って調べてたんだな。だからあんなに詳しく……。だったら6年前の時点で、すでになにか仕込んであったのか? こんなことなら……」


「え……? ピヨ助くん?」

「むっ…………な、なんでもない」

「なんでもないことないでしょ? ちゃんと教えてよ」


 今のピヨ助くんの言葉は、とても聞き流せるものではなかった。

 ピヨ助くんはしまったという顔で舌打ちをする。


「……チッ。実はな、この怪談を調べたのは俺じゃない。下調べは少し手伝ったが、詳細は聞かされたのを手帳に写したんだ。……今言えるのはそれだけだ」


「えっ……それって」


 つまり、ピヨ助くんに調査結果を教えた人がいるってことだよね?

 その人が調べた時に、すでに改変が起こっていたってこと?


(ううん、それよりも……その調査って、もしかして)


 わたしは意を決して、ピヨ助くんに聞いてみる。


「ね、ねぇ。じゃあさ、その九助くんは何年生だったの?」

「なんだよいきなり。2年の時だ。……ちなみに死んだのは3年だ」

「えっ……」

「疑ってるのか? そんなことで嘘つかねーよ」

「う、うん。疑ってないよ」


 学年よりも、普通に応えたピヨ助くんに驚いたのだ。

 今の……気付いてない?



『そう言って何度も怪談調査に付き合わされてるんですけど』

『いいじゃない。宣言通り、被害は出してないんだから。なにか不満? ……九助くん』



 この間見た声だけの夢は、やっぱり生前のピヨ助くん……?

 そうなると、話し相手はピヨ助くんの先輩?


 だとしたら、わたしが見たあの夢は……。


「なんか疲れたな。佑美奈、とりあえず今日はもう帰れよ」

「う、うん……」


 ピヨ助くん、今回のことかなりヘコんでるみたいだ。

 夢のこと、名前のこと。気になることはいっぱいあるけど……話すのは今度にしよう。


「あぁ、報酬のドーナツな。望み通り2個やるよ。全部間違えたからな。すまなかった」

「え?! う、ううん。……いいよ、1個で。なんかその……わたしも勘違いしてたし」


 ピヨ助くんだけのせいじゃない。わたしも思い込んでしまっていたから。

 さすがに2個もらうのが正当だなんて言えない。


「……そうか。お前がそんなこと言うなんて、明日は雨だな。ドーナツ出すのは今度でいいか?」

「うん。むしろ、今度にして欲しいかな」


 夢のこともあるけど、なによりたけるくんのことがわたしにとってショックだった。少し時間をおいて気分を切り替えないと、とっても甘くて美味しいドーナツをしっかり味わうことができない。


 ピヨ助くんは暗い顔で羽を上げる。


「じゃ、また明日な。……いや、休みか。次は終業式か?」

「うん、そうなるね」


 わたしは鞄を取って立ち上がる。そっか、もう一学期も終わりだ。そうなると……。


「ピヨ助くんはずっと学校にいるんだよね」

「前にも説明しただろ? 俺は基本的にこの学校から出ることができない」


 とい子さんの怪談調査のあとに聞かされた、ピヨ助くんの幽霊としての制限。

 怪談話のフィールドである、この学校からは出ることができない。ただし。


「ま、お前に取り憑けば出られるけどな」

「それはやっぱり勘弁して欲しいかな」


 ずーっとわたしの側にいることで、学校から出ることは可能らしい。

 でもそれは色々と不都合がある。わたしがトイレにすら入れなくなってしまう。


「それじゃ、わたしは帰るけど……」


 教室を出ようとしたところで、一旦立ち止まって振り返る。


「安心して。毎日じゃないけど、夏休みも来てあげるから」

「なっ……! なんだその言い方! 俺が寂しいみたいじゃねーか!」

「話し相手いないと暇じゃない?」

「いやそりゃそうだが、ってお前に会う前はずっと一人だったっての!」

「うわー、ぼっち宣言。それすっごく寂しそう」

「やめろ! 寂しくなんてない!」

「あっははっ。あ、ねぇピヨ助くん」

「なんだよ?!」


 わたしは笑顔で、ピヨ助くんを見る。


「やっぱり報酬のドーナツ2個でいい?」

「あぁ?! ……ダメだ。1個だ」

「えー? いいでしょ、さっきは2個くれるって言ったのに!」

「自分で1個でいいって辞退したんだろ!」


 そんな風に。結局ピヨ助くんも玄関までついてきて、いつも通りのやり取りをしながら校門に向かう。

 よかった。……暗いまま別れちゃうのは、気分よくないから。


 たけるくんのこと。いつまでも考えてたって仕方がない。

 そもそも、怪談の真相はピヨ助くんの手帳に書かれている通りでいいんだから。

 特に問題はないはずだ。

 ……もっとも、それは今回の調査が完全に無駄足だったってことだけど。

 わたしとしては、ドーナツが食べられればそれでいい。

 ちょっと消化不良というか、まだ引っかかることはあるけど。

 わたしにとっては、幽霊よりも甘い物だ。


(そうだよ、わたしはなによりも甘い物が好きなんだから。これ以上は、わたしの領分じゃないよ。……うん)


 なんなら夏休みの間に、ピヨ助くんから昔の調査内容を詳しく聞けばいいよね。

 こないだの夢のことも。話してみよう、かな。


 やはり疲れていたのか、その日はすぐに眠くなってしまい、夜は早めに寝て……。


 わたしはまた、不思議な夢を見た。



                  *



「ぼくが……行方不明に?」

「そう。君はね、大昔に行方不明になってしまった男の子の幽霊なんだよ。実際にその子がどうなってしまったかは、わからないけどね。なにせ行方不明だから」


 それは、一人の女の子と、一人の男の子の会話だった。

 男の子はたけるくんで、もう一人の女の子は……わたしと同じ制服を着ている。髪の短い子だった。


「そっか……。ぼく、友だちと遊んでて、はぐれちゃって。そこからよく思い出せないんだ」

「ふぅん。ところで君の怪談。最近誰も試す人いないでしょ?」

「うーん……試す人はいるよ。ドアは開けてくれないけどね」

「でしょうね。開けたらすぐ殺されちゃうとか、誰も開けたがらないよ」

「お姉ちゃん、開けたよね」

「それはそうよ。調査したかったんだから。君だって殺さなかったでしょ? たけるくん」

「だって、まずは私の話を聞いて! って土下座するんだもん」

「あはは、よかったよ効果があって」

「むー……」


「でさ、話を戻すけど。君、怪談の内容を少し変えた方がいいよ」

「変えるって?」

「今のままだとインパクトが強すぎてみんな引いちゃうから、もう少しマイルドにしないと。例えば……死後の世界に連れて行くとか、そういう感じに」

「そんなのでいいの? どっちにしろ死ぬんだから同じことだよね?」

「いいのよ。意外とそこ、大事よ? あとは……こういうルールを追加するのはどう?」

「ルール……? あんまり難しいのはやだよ」

「大丈夫、簡単よ。まず、ドアを開けたらその人に手を伸ばすの。君の手を取った人が、怪談を知らなければ、セーフ。手を放して、解放してあげて」

「えー……なんかつまんないな。じゃあもし、怪談を知ってたら?」

「怪談を知っていて、怪談を試す目的でやってきて、なのにその手を取ったなら……。その時は、アウト。そこまでするなら、元々の怪談通りにしちゃって構わないわ」

「元々の怪談通りって……うん、それならおもしろそう! そうしてみる!」

「あ、でもすぐに変えても効果がないよ。今までのインパクトが強いから。一年か二年、ある程度生徒が入れ替わってからがいいかな。それまでは大人しくしてること。いい?」

「んー、ま、いっか。それくらいでいいなら待つよ」

「お、さすが長いこと幽霊してるだけあるね。それから……これを提案した私のことは、見逃してね?」

「あはは! しょうがないなぁ。いいよ、《なるみ》お姉ちゃん。特別だよ?」


 二人の会話が終わり、闇に包まれる。



『あ~あ……』



 やがて、男の子の残念そうな声が聞こえて……。


 ――ブシャッ。


 血しぶきが舞い、世界が黒から真っ赤に染まっていく。



                  ◆



 そこでわたしは飛び起きた。

 目覚まし時計が鳴り、カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。


「い、今の夢って……たけるくんだよね? それに、こないだの夢の……」


 ああ、そっか。全部把握できた。できちゃった。

 ピヨ助くんの先輩らしき人。たけるくんに『なるみお姉ちゃん』と呼ばれていたあの人は……。



 ――危険だった保健室の怪談を安全なものにして、しかも回避方法を付けたんだ!



 怪談を知らずに遭ってしまった場合は助かるし、知っているなら絶対に手を取ったりはしないから、実質たけるくんに殺される人はいなくなる。

 たけるくんを上手く誘導して、怪談の危険度を下げたんだ。


「……あれ? でも、待って?」


 わたしは思わず、自分の手を見る。


 あの時……たけるくんとの別れ際。わたしはたけるくんの手を取ってしまった。

 それは夢の中で聞いたルール的にはアウトで、その場合は……そうだ。

 元々の怪談通りになる。変わる前の内容は、ピヨ助くんから聞いていた。



『いいや。……ドアを開けた瞬間、問答無用で人形にされてしまい、おもちゃにされて、最後には四肢をもがれて殺されてしまうんだ』

『うわっ、こわっ! そんな危ない怪談だったの? それは確かにさっき聞いたのと全然違うね』



 たけるくんが――巨大なたけるくんが、わたしの腕を、足を、ゆっくりとちぎっていく。

 絶叫をあげても、人形になったわたしの口からは声が出なかった。

 もがれた四肢から鮮血が噴きだし、視界を真っ赤に染めていく。



「うっ……!!」


 四肢をもがれて殺される。そんな自分の姿を想像してしまい、吐き気を催して口元に手を当てた。

 昨日、手を取った時はなんとも思わなかったのに……。


 夢であの先輩が言っていた通りだ。

 死後の世界に連れて行かれるのと、四肢をもがれて殺されるのは、死ぬという意味では確かに同じ。

 でも、恐怖の質がまったく違うのだと、わたしは思い知った。





幽霊よりも甘味が食べたい

第3話「保健室の子供の声」了

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