保健室の子供の声・五「子供の幽霊」
「ゆみゆみ~、やーっと期末試験終わったね~」
「ほんとだよ。……はぁ……」
「ゆみゆみ今回すごい頑張ったんだね。すごい疲れてるよ」
「……うん。でも、結果はダメだと思う」
「そうなの? あたしは赤点は回避できたと思うな~」
「わたしも赤点は大丈夫だと思うけど、いつもより悪いかも……」
「ありゃりゃ。だから急にここに来ようって言い出したんだね。喫茶店『星空』」
「うん。ここのパンケーキは絶品だからね。甘い物だけがわたしの救いだよ」
今回の学期末試験。テスト勉強、実はぜんぜん頑張れていなかった。
他のことに気を取られてしまい、集中できなかったのだ。
どうして早川先生……たけるくんに会えなかったんだろう?
たけるくん、先生が保健室を出た直後に声をかけてみるって言っていたのに。
先生が気付かなかっただけ? それとも……試さなかったの?
ピヨ助くんと話してもう一度放課後に保健室に行ってみたけど、あれ以来たけるくんは現れてくれなかった。
そんなこんなで消化不良のまま時間が過ぎ、期末試験を迎えてしまったため、満足に勉強ができなかった。
……言い訳っぽいけど、でも本当に気になって仕方がなかったのだ。
せっかく甘い物を食べに来たのに、こうして考え込んでしまうくらいには。
「ゆみゆみ~? ほんとだいじょぶ? ぼうっとしちゃって」
「あ、うん、大丈夫だよ。早くパンケーキ来ないかなって……あっ、きたきた!」
喫茶店『星空』のパンケーキ。もちろんダブル!
ミカちゃんも同じくダブルを注文している。
ああもう、見ただけでその味と食感が口の中に思い出される。
「ゆみゆみには負けるけど、あたしも甘い物好きだからね~。赤点回避のご褒美ご褒美」
「まだテスト返ってきてないのに……ミカちゃん、すごい自信だ」
でもきっと、本当に回避できてるんだろうなぁ。
もっともわたしだったら、ご褒美はパンケーキだけじゃ足りない。2、3件はハシゴする。
「……よし。気を取り直して食べよう! 甘い物食べる時に難しいこと考えるのはダメだよね。いただきま~す」
パンケーキにたっぷりメイプルシロップをかけて、ナイフでバターと一緒に塗り込む。一口サイズに切り分けて、ゆっくりとフォークで口に運ぶ。ここのパンケーキはいわゆるスフレパンケーキで、分厚い生地が特徴。表面は少しカリっとしていて、ふわっふわな食感を優しく包み込んでくれている。食べると染みこんだシロップの甘みがふんわり口の中に広がった。
(ああ……しあわせだなぁ……。これだよ、この甘さが体に染み渡るように広がっていく感じが最高なんだよ。これこそしあわせってやつなんだよ)
「そういえばさ~。試験前に話した怪談、覚えてる~?」
「むぐ……ぐ……ごくん。それって、保健室の?」
まさかミカちゃんからその話題を振られるとは思ってなくて、喉に詰まりそうになったパンケーキを慌てて水で流し込む。……ああ勿体ない。もっとゆっくり味わいたいのに。
「そうそう~。なんかねぇ、また別の話を聞いたんだけど~」
「別の話……? 保健室の? って、いつ聞いたの?」
「今日だよ~。テスト前に隣のクラスの子に聞いたんだ~」
「……余裕だね、ミカちゃん。それで? ど、どんな話だったの?」
まさか……改変が起きている? こんなに早く? だとしたら、どうして……。
「なんかね、お母さんを探すんじゃなくて、一緒に遊ぼうって誘ってくるんだって」
「………………え?」
一緒に……遊ぼう? それって確か……。
「あとは同じみたいだけどね~。台詞だけ違うバージョンだって。おっかしいよねぇ」
「え、あ……うん。そう、だね。なんか、おかしいね」
わたしはぱくっと、パンケーキを一口食べる。
おかしいってレベルじゃない。わたしにとっては衝撃的な話だった。
一緒に遊ぼうと誘ってくる。それはピヨ助くんが5年前、ううん、6年前に調べた内容と一緒だ。
改変して……怪談の内容が戻った? そんなことがあるの?
いくらなんでもって思ったけど、わたしはある可能性に思い当たった。
(もしかしてたけるくん! 乗っ取り返された?)
たけるくんはもともとあった怪談を乗っ取ったわけだけど、その時までいた幽霊がどうなったのか、気にはなっていた。
その幽霊がまだいて、取り返そうとしていたなら……?
乗っ取ったんだよってたけるくんに教えたせいで、取り返されてしまったとか……。
(確認……しなきゃ。先生、まだいるかな……)
「ゆみゆみ~? ねぇ、ほんとにヤバイんじゃない? 甘い物を前にして手が止まるなんて、ゆみゆみらしくないよ~?」
「あ……大丈夫大丈夫。あまりの美味しさに感動しちゃって」
急いで学校に戻らなきゃいけなかったけど、でも……。
「……あま~い! 美味しいねぇ、ミカちゃん。テストの出来なんて忘れられそうだよ」
「お、いつものゆみゆみだ~」
甘い物を疎かにすることはできない。
パンケーキはしっかり味わい、残さず食べきってから、急いで学校に向かったのだった。
*
「どうしたの? テスト終わってだいぶ時間が経つのに」
「すみません……どうしても、お話がしたくて。戻って来ちゃいました」
「おい佑美奈、どうするつもりだよ」
学校に戻ってピヨ助くんと合流し、事情を簡単に説明して保健室に駆け込んだ。
早川先生は今まさに帰ろうとしていたところだったけど、荷物を置いてこないだと同じように椅子を勧めてくれた。
ピヨ助くんはまだ情報を整理できていないのか、後ろでわたしを睨んでいる。
……とはいえ、わたしも整理しきれてない。どう話を切りだそう?
「そうね、私も少し話したいことがあったのよ」
すると、先生の方からそんな風に話を切り出してきた。
「え……? そうなんですか?」
「ええ。弓野さん、本当に内緒にしてくれてるのね。昨日ミカさんと話したけど、あのことについてはまったく触れられなかったわ」
「それは、もちろんですよ。約束通り、誰にも言ってません」
先生の子供のこと。当然だけど、誰にも話していない。
「うん。……あ、弓野さんを信じていなかったわけじゃないのよ。でもちょっと、お礼を言いたくて。ありがとう、弓野さん」
「い、いえ、そんな」
お礼を言われるようなことではないんだけど……。
「……そういえば先生。その、お子さんの写真って、いつも持ち歩いてるんですか?」
「ええ……。どうしても、割り切れなくて、ね」
「割り切る……。先生は、忘れたいんですか?」
「ううん。忘れることは絶対にできない。でもね、いつまでも未練を抱えたままじゃよくないでしょう? 割り切るというのは、忘れることじゃない。もう会えないってちゃんと理解して、前に進むことなのよ」
未練……。
もし、たけるくんと会えていれば……その未練をなくすことができたんだろうか。
前に進めたんだろうか。
「先生。お子さん、どんな男の子だったんですか?」
「……え?」
先生は少しだけきょとんとした顔をして、クスリと笑う。
「そうね、写真見せてあげる」
「え?! い、いいんですか?」
「ええ。あなたにならいいかなって。……何故だか誤解もしてるみたいだし」
先生は言いながら、胸ポケットから写真を取り出す。
「誤解? ……って、え?」
「……なんだと?」
先生が取り出した写真。そこに写っていたのは……。
「どう? かわいいでしょ」
可愛らしい、女の子だった。
「は……はい。かわいい、ですね」
「どこで勘違いしたのかわからないけど、私の子は息子じゃなくて娘よ?」
「で、ですよね。あはは、どうして勘違いしたんだろう……」
言われてみれば、先生は一度も息子とは言っていない。
わたしたちが勝手に怪談と結びつけ、男の子だと思い込んでいただけだ。
しかも、先生の話はそれで終わらなかった。
「……元気にしてるかな」
「元気に……ですか?」
「んん? あー……やっぱり。ごめんね、後になって気付いたのよ。きちんと話さなかったから、誤解してるかもって。正直言えば、それを確認したくて話がしたかったの。まさか性別を誤解されてるとは思わなかったけどね」
「え……性別以外にも、なにかあるんですか?」
「本当にごめんなさいね。そうよね、あの言い方だとそう思っちゃうわよね」
「は、はぁ。それで……いったい、なにが」
さすがに、話の流れでもうわかっていた。まさか、もしかして、と。
でも頭がそれを受け入れようとしない。だってそれは……。
「私ね、実はバツイチなの。親権を旦那に取られちゃって。会えないのよね、娘に」
わたしたちの推理の根底を、ひっくり返すものだったから。
「あ……え……」
「ちょっと待て……えぇ?」
わたしもピヨ助くんも、驚きすぎて口をぱくぱくさせることしかできない。
「でもね、どうも親子関係上手くいってないみたいなのよね。やっぱり私の方から動いた方がいいのかしら……」
そのあとも少しだけ先生は話をしてくれたけど、殆ど頭に入らず、わたしたちは保健室を後にした。
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