開かずの教室の神隠し・四「神隠し」


「ここ……教室、だよね?」


 暗い、闇で覆われた部屋。

 でもなにも見えないわけじゃない。床も机も天井も、全部ちゃんと見えている。学校の机や椅子が、バラバラだけど置いてあるのもわかる。

 それなのに思わず呟いてしまったのは、そのすべてが闇だからだ。目を凝らしてみると、不気味なほど、呑み込まれそうなほど、気の遠くなりそうなほどの……闇、闇、闇。慌てて目を瞑って頭を振ると、元の床や机に戻る。


「ここは開かずの教室だよ。ふたりとも、ようこそ」


 聞き覚えのある声に、顔を上げる。

 いつからいたのだろう。机と椅子が宙に浮かんでいて、一人の女子生徒が座っていた。


。それから、ピヨ助くん……で良かった?」


 夢の中で会ったその人が、そこにいた。

 わたしは思わず呟く。



「白鷺……鳴美さん……」

「やはり……この怪談だったんだな」



 隣りから聞こえた呟きに驚いて振り向く。ピヨ助くんも驚いた顔でわたしを見ていた。


「ピヨ助くん、やはりってどういうこと?」

「佑美奈、なんでお前がその名前を知ってんだ!?」

「……あっ! いやその、それはっ」


 しまった。まだピヨ助くんには夢のことを話していなかったのに。

 わたしはしどろもどろになって手を振る。ピヨ助くんの方もなんだかバツが悪そうな顔だ。

 そんなわたしたちを見て、宙に浮かんでいる女の子――鳴美さんは、可笑しそうに笑った。


「まぁまぁ九助きゅうすけくん。いいじゃない、それくらい。小さいことは気にしないの」

「気にするだろ! ていうか俺の名前……」

「それもよ。ゆみちゃん、あなたの名前なんてとっくに知ってたはずよ?」

「な、なにぃ? おい、本当か?」

「え、ええと……その……」


 九助という名前なら、一番最初に見た夢の時に聞いてしまっている。

 もしかしたらと思って試しに呼んでみたら、ピヨ助くんは普通に反応して、九助と呼ばれたことにまったく気付いていなかった。

 それでピヨ助くんの本当の名前が九助だとわかったけど……本人に確認はしていない。


「ったく、なにを隠してるんだよ、佑美奈!」

「うぅ……とりあえずね、鳴美さんがピヨ助くんの先輩なんだなってことは、わかってるよ。だからピヨ助くんはほら、話を進めるといいよ。うん」


 わたしは誤魔化すために言ってみたけど、ピヨ助くんはクチバシを歪めてますます困惑顔になった。


「な、なん、なんなんだよお前ぇ……」

「九助くん、いい加減落ち着きなさいよ。あ、今はピヨ助くんの方がいい?」

「そんなのどっちでもいい! ああ、頭痛くなってきたぞ……ったく」


 ピヨ助くんは小さく頭を振り、大きなため息をつく。


「……よし、わかった。まずは鳴美先輩から話を聞くとしよう。佑美奈は後でたっぷり説明してもらうからな」

「う、うわー……」


 まさかこんな形でバレちゃうなんて……。あぁ、気が重いなぁ。



「話はまとまったみたいね。私になにを聞きたいの?」

「決まってるだろ。ここにいるってことは、やはり怪談を一人で試したんだな?」

「そうね。でも私は……失敗した。脱出できなくて、元々ここにいた生徒と入れ替わりで留まることになった」

「鳴美さんが神隠しに遭ったってことですか……?」

「そういうことになるわね」


 ここに入った人は、いなかったことにされてしまう。存在が……消される。神隠し。


「神隠しに遭えば、みんな私のことを忘れてしまう。なのにどうして、九助くん、あなたは私のことを思い出せたの?」

「……! そうだ、そうだよ!」


 存在が消されてしまうのなら、ピヨ助くんだって鳴美さんのことを忘れてしまうはずだ。


「ふん。最初は俺も忘れていた。だが、一人で怪談調査を続けている内に、手帳に書かれた調査結果に違和感を覚えた。これは、俺一人で調べたものではない。それに気付いて再調査をしていると、突然先輩の存在を思い出したんだ」

「ふぅん……そんなこともあるのね? 怪談に触れて、霊感が高まったおかげかしら?」

「たぶんそんなところだろう。……思い出した時は愕然としたぞ」

「……ごめんなさいね。ちょっと、ドジ踏んじゃって」

「ドジって……ったく、本当にあんたって人は……」


 諦めたようにため息をつくピヨ助くんと、それを見て微笑む鳴美先輩。

 きっとこれが、当時のいつものやり取りなのだろう。


「ま、こんなことが起きるのは、この怪談だろうとすぐに当たりがついた。結局生きている間は、遭遇できなかったが……」


 ピヨ助くんの言葉に、わたしはピンときた。


「そっか、だから『やはり』だったんだね」

「……まぁそういうことだ」


 この怪談に鳴美さんがいる。ピヨ助くんはそれをわかっていた。

 ピヨ助くんはピヨ助くんで隠し事をしていたから、バツが悪い顔をしていたんだ。

 これでイーブンになってくれないかな。くれないか。


 浮かんでいた鳴美さんが、ふわっと椅子から降り立つ。


「……もう少しだけ、九助くんに今の私について説明してあげる」


 人差し指をぴんと立て、自分と、教室を指す。


「今の私は、白鷺鳴美であり……『開かずの教室の神隠し』の幽霊。二つの意識は融合しているの」

「融合だと? じゃあ、正確には鳴美先輩ではないのか?」

「いいえ。鳴美としてのアイデンティティは残っているわ。幽霊の知識を共有しているって言う方が近いかな。おかげで、この学校についてかなり詳しくなった。……気分は学校の主ね」


 夢でもそんなことを言っていたのを思い出す。

 怪談のことに詳しかったのは、元々なんだろうけど。


「知識を共有ってことは、鳴美先輩。この怪談の真実、もうわかっているのか?」

「もちろんよ。全部、わかってる。……でもそれをそのまま教えることはできない」

「えっ、どうしてですか?」


 わたしが思わず問いかけると、鳴美さんは当然だと言わんばかりに笑って答える。


「ふふっ。だって、わたしはこの怪談の幽霊だから。それを言うことはできないのよ」

「言うことができない……ですか?」

「なるほどな。鳴美先輩ではあるが、怪談の幽霊でもあるというのは、そういうことか」

「えー? ピヨ助くん、どういうこと?」


 わたしが聞くと、ピヨ助くんはちょっとドヤ顔で、


「わからないのか? 怪談の真実を語るということは、脱出方法である開かずの教室の本当の場所を教えるのと同じことだ。脱出方法を教えてくれる幽霊なんて、怪談としておかしいだろ?」

「ああー。それは確かに。じゃあ言えないのは、そういうルールだからってこと?」


 わたしが出した答えに、鳴美さんがパチパチパチと拍手をする。


「ゆみちゃん正解。怪談の幽霊にはね、怪談から逸れてしまわないようにルールがある。九助くんが怪談調査をやめたら幽霊として存在できなくなるのと同じね」

「そっか……。あ、じゃあもし話しちゃったら、鳴美さんは――」

「消えるでしょうね。神隠しに遭った状態のまま、ね」

「うっ……絶対聞きません」


 みんなから忘れられ、幽霊としても消えてしまうなんて。そんなのはダメだ。


「安心しろ、佑美奈。教室の場所を答えた後に、詳しい話を聞けばいい。……それなら問題ないだろう?」

「ええ、そうね。それくらいの時間の猶予はあると思うし。むしろ……」


 鳴美さんはわたしの方をじっと見る。


「……早く答えないと、ゆみちゃんがこの怪談の幽霊になっちゃうよ? 私は解放されるけどね」

「あの、幽霊になるとどうなるんですか?」

「さっきも言った通り、この怪談の幽霊と融合する。知識は入るし、学校内で起きていることもある程度わかるようになる。でも、ここから出ることはできない」

「出られない……あれ? だったら、廊下で見かけた女の子は?」

「ああ、彷徨ってるあれね。あれは私の影みたいなもので、実際に私が歩いてるわけじゃないの。私の意志は反映されてるけどね。私は、この開かずの教室から一歩も外に出ていない」

「はぁ……そうなんですか」


 わたしが追いかけていたのは影で、鳴美さんの意志が反映されている。……ちょっと、よくわからないけど、とにかく外には出られないらしい。


「外に出られないかぁ……って、困りますよ! 甘い物が食べに行けないじゃないですか!」

「お前、真っ先に出てくるのがそれかよ」

「当たり前だよ! なに言ってるのピヨ助くん!」

「あーはいはい。お前はそういうヤツだよ。そうならないためにも、とっとと終わらせるぞ。この開かずの教室の、本当の場所を言うだけなんだからな」


 ピヨ助くんは手帳をめくり始める。

 その姿を見て、わたしは心がざわついた。なにかが引っかかっている。


「…………」


 見ると、鳴美さんも悲しそうな目でピヨ助くんを見ているような……。



「……あ。待って、ピヨ助くん」



「なんだよ、お前のためにも早く終わらせようと……」

「その前に、詳しく聞きたいなって。さっきピヨ助くん、本当の場所教えてくれたけど……どうして、あそこなの?」


 ここに入る前、ピヨ助くんは2年5組が開かずの教室だと言っていた。


「自分の教室が開かずの教室だったなんて、嫌すぎるんだけど」

「安心しろ。正確にはそこじゃない。旧2年5組が正解だ」

「旧……? どういうこと?」

「ちょっと待て。……鳴美先輩、説明する時間くらいはあるよな?」

「ええ。まだ大丈夫よ」


 そうだった。時間が無いかもしれないんだった。確認してくれたピヨ助くんはわたしに向き直り、説明を続ける。


「佑美奈、自分の教室なら疑問に感じていたと思うが、2年は4組までは3階にあるのに、何故か5組だけ2階にある」

「あ~、うん。みんなおかしいって言ってるよ。おかげで他のクラスの子と話がしづらいんだよね」


 階が違うと休み時間に会いに行くのがちょっと面倒になる。5組は孤立していた。


「それにはこんな噂がある。もとの教室でなにか問題があって、5組は3階から2階に移されたんじゃないか? ってな」

「ああ~……ありそうだね、そういうの。それなら不自然に階が違うのも納得できるよ」

「だろ。だからお前の教室は開かずの教室ではない。3階の旧2年5組こそが、開かずの教室だ」


 わたしは校舎3階の並びを思い出してみる。4組の隣りにある、あそこは……。


(……だ)


 部活動のミーティングなどでたまに使われるくらいの、ほぼ空き教室と変わらない場所。

 あそこが、本当の開かずの教室……。


「佑美奈もわかったみたいだな。昔はきっと封鎖されていたんだろう。時間が経って解放されたが、クラスの教室としては使われなかった」

「うん……」


 答えはわかった。ピヨ助くんの説明に、疑うべきところはない。むしろそこじゃなければどこなんだ、という話だ。

 だけど……まだなにかが引っかかっている。とても大事ななにか。


「説明はこんなもんだな」


 ピヨ助くんは手帳を見ながら話してくれていた。手帳を……見ながら……。


「ねぇ……ピヨ助くん。さっき、教室の場所を突き止めたのは自分じゃないって、言ってたよね? 信じられる筋の情報だって」

「まあな。もうわかってんだろ? そこにいる鳴美先輩が……教えて……」


 そこまで言って、ピヨ助くんのまん丸い目が二倍くらいに大きくなった。

 わたし自身も、引っかかっているなにかの正体がわかり、同じように目を大きくしていたと思う。


「……げっ、って、まさか」


 ふたりして鳴美さんを見ると、彼女は嬉しそうに笑い、


「うん。あなたに教えた『旧2年5組の教室』という答え。


 色々な意味で衝撃の告白を、軽くするのだった。


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