開かずの教室の神隠し・五「開かずの教室」


「ってよく考えたらそうじゃねーか! アホか俺は!」

「本当だよ! 鳴美さんが神隠しにあったかもって思ってたんでしょ? なんで間違いだって気付かなかったのかなぁ!」

「う、うるさいな! 鳴美先輩、自信満々だったんだぞ? ドヤ顔で説明してたんだぞ? 合ってると思うだろ!」

「信用してくれていたのね。嬉しいけど、残念だったわね~」


 ピヨ助くんが鳴美先輩から聞いた答えが間違いだとわかり、わたしたちはパニックに陥っていた。

 このまま開かずの教室の本当の場所がわからなければ、わたしは幽霊になる。

 外の世界ではわたしの存在が消されてしまい、みんなから忘れられてしまう。


「ミカちゃんも忘れちゃうのかなぁ。お父さん、お母さん……。しらゆきのチーズケーキ……星空のパンケーキ……せめてあと一回……ううん、百回は食べたい……」


 わたしがうわごとのように呟くと、それを聞きつけた鳴美さんが驚いた顔をする。


「あらゆみちゃん、うちのチーズケーキ食べたことあるんだ?」

「え? うちのって……あっ、もしかして」

「私の家だからね、しらゆき。九助くんも食べに来たことあるよね」

「何度かお邪魔したが……」

「あの、わたし、しらゆきの常連で」

「そうなの? ありがとう。そっか、繁盛してるみたいでよかったわ」

「それはもう。……今日も昼間に友だちと行って」

「お、それは嬉しいね」

「そこで、白鷺友紀子さんと、少しだけお話しをしました」


 その名前を出すと、鳴美さんとピヨ助くんがハッとした顔になる。


「……そっか。お姉ちゃん、お店手伝ってるんだね」

「元々、友紀子さんの方が手伝いしてたじゃないか」

「あっ……やっぱり、姉妹なんですね」


 友紀子さんは鳴美さんを知らないと言っていた。

 今思えば、あれはこの怪談の効果なのだろう。神隠しに遭い、存在を消されてしまったから。


「忘れちゃってたでしょ? 私のこと」

「……はい」

「ゆみちゃん。この怪談の幽霊になるということは、そういうことなの」

「よく、わかりました」

「そしてね、縁というのは……すべてに意味がある。昨日のことも、今日のことも。今、この時の事も。全部、繋がっている。意味があるのよ。それを忘れないで。……ううん、思い出してほしい」

「……? はい……」


 わたしは意味がわからず、曖昧に頷く。


「って、そんな話をしてる場合じゃないぞ! 状況は変わっていないんだ。正しい答えを導き出さねば!」


 ピヨ助くんは手帳を慌ててめくり、なにかヒントがないか探し始める。

 わたしも考えてみる。開かずの教室の、本当の場所……。


「うーん……心当たりがなさ過ぎて、ぜんぜん思いつかないよ。さっきの場所、すっごく説得力あったのに。違うなんて……」

「そうなのよ! 結構自信あったんだけどなぁ。あーもう悔しい!」


 鳴美さんは再び宙に浮かんで椅子に座り、ポケットから取り出したメモ用紙を弄ぶ。


「ちゃんと調査したのよ? 根拠もばっちりだったのに。……でも、そうよね。この怪談ものすごーく古いのよね。はノイズだったわ」


 メモ用紙にどこからか取り出したペンでなにかを書き込み、くしゃくしゃに丸めてぽいっと投げ捨てた。


「ふう。さ、ふたりとも。もう降参かな? そろそろタイムリミットね。外の世界の日が暮れるわ」

「むっ、そんな時間制限があったのか?」

「ええ、実はね。あと数分よ」

「うぅ……」


 ピヨ助くんはかなり焦っている。答えは出ないかも知れない。

 鳴美さんはそんなピヨ助くんを申し訳なさそうに見たあと、わたしの方を向く。

 じっと、なにかを期待するような目で。


(わたしに……答えを求めている?)


 そっか、鳴美さんはピヨ助くんには答えを期待していないんだ。

 もちろんピヨ助くんに答えを導く能力が無いって意味じゃない。

 きっとピースが足りてなくて、どんなに頑張ってもピヨ助くんじゃ解けないんだと思う。

 わたしがピヨ助くんにちゃんと話さなかったから。きっとわたしが話していない、に、謎を解く鍵があるんだ。


 でも……それは逆に、わたしなら答えがわかるということ。

 わたしだけが知っているヒントがある。


(だとすると……やっぱり、今朝見た夢かな?)


 あの夢で覚えていることと言えば――。


「……あんみつ?」

「なにか言ったか?」

「う、ううん、なんでもない……」


 つい声に出してしまった。

 そう、あの夢でわたしはあんみつを食べていたけど、たぶん意味はない。わたしの願望が出ただけだろう。

 でも食堂で鳴美さんと話をしたのは、なにか意味があると思う。


(……あれ? さっき鳴美さん、ああ言ってたのに……)


 わたしはハッと顔を上げて、鳴美さんを見る。

 鳴美さんは、おっ、という顔のあと、口元に笑みを浮かべた。その表情で確信する。


「すべてに意味がある。全部、繋がっている。……そっか、そういうことなのかな」

「なんだよさっきからブツブツと。もう時間がないんだぞ?」

「ごめんごめん。ピヨ助くん、わたし、開かずの教室の本当の場所がわかったよ」

「は? なんで急に……」


 わたしの顔になにを見たのか、ピヨ助くんは言葉の途中でクチバシを閉じた。


 なんてことはない。鳴美さんは、ストレートにわたしに答えを教えてくれていた。

 ……ううん、きっとたくさん考えて、捻りに捻って伝えてくれたんだ。

 怪談の、幽霊のルールからはみ出さないように、そっと。


「わたしが答えていい? ピヨ助くん」

「……自信、あるんだな?」

「うん。間違いないと思う。……ピヨ助くんは、わからないんでしょ?」

「すまない。……見当も付いていない」

「そっか。だったら自分の運命だもん。自分で答えるよ」


 わたしはそう言ってピヨ助くんに笑ってみせる。


「佑美奈。もし無事に帰れたら、ドーナツを三つ出そう」

「ほ、ほんとに? 忘れないでよ、今の言葉!!」

「ああ約束だ。だが、出られたらの話だぞ? わかってるな?」

「わかってるよ! よーし! 絶対、当てる!」


 わたしの心に火が着いた。

 間違っているとは思わないけど、答えを言う勇気が出た。


「ふふっ。あなたたち、いいコンビじゃない。……じゃあ聞かせて? 開かずの教室の本当の場所は、どこなの?」


 わたしは一度大きく深呼吸してから、答える。



「それは、です!」



 パキンッ!



 瞬間、教室を支配していた闇が、割れる音がした。


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