開かずの教室の神隠し・六「解」


「は……? 食堂? なんでそんな場所? ていうか合ってるのかよ?!」


 真っ暗だった教室に、赤い日射しが入り込む。バラバラだった机や椅子も、いつの間にか綺麗に並んでいた。鳴美さんはもう宙に浮いておらず、教卓の傍らに立っている。

 困惑するピヨ助くんを置いて、わたしは鳴美さんに話しかけた。


「夢で鳴美さんと話した場所、食堂でしたもんね」

「ふふっ。気付いてくれてよかったわ」


 鳴美さんはピンと人差し指を立て、



 さっきも言っていたその言葉。わたしはその時の鳴美さんとの会話を思い出す。



『あの、幽霊になるとどうなるんですか?』

『さっきも言った通り、この怪談の幽霊と融合する。知識は入るし、学校内で起きていることもある程度わかるようになる。でも、ここから出ることはできない』

『出られない……あれ? だったら、廊下で見かけたのは女の子は?』

『ああ、彷徨ってるあれね。あれは私の影みたいなもので、実際に私が歩いてるわけじゃないの。私の意志は反映されてるけどね。私は、この開かずの教室から一歩も外に出ていない』



 でも鳴美さんは、夢の中で食堂に現れた。

 さすがに食堂と教室では広さが違い過ぎるし、造りも違う。元々教室だったはずがない。だけど……。



『そういう意味の主じゃないのよ。私はきっと、誰よりもこの学校のことに詳しい。例えばこの学食。元は一般校舎の一部だったのを改修して食堂と購買を作ったのよ。知らなかったでしょ?』



 一般校舎を改修して新たに作ったのなら、すべて解決する。

 今ある食堂の場所に、昔は一般校舎があった。そして開かずの教室が、そこにあったのなら。

 鳴美さんはルール通り、開かずの教室から動いていないことになる。


「全部、あの夢に答えがあったんですね」

「夢? おい、いったいなんの話をしてるんだ!」


 わたしは全部わかったけど、ピヨ助くんは頭を抱えてますます困惑している。

 ごめんね、あとで説明してあげるから。


 ……でも、夢のことを話すのは、やっぱり気が重い。

 あれはきっと、わたしがピヨ助くんの――。


「ねぇゆみちゃん。これは私の勘なんだけど」

「うわぁ! は、はい?」


 いつの間にか鳴美さんがすぐ目の前にいた。そしてそのまま、耳元に顔を寄せる。


「ドーナツ食べて、九助くんの中をって心配してるんじゃない?」

「えぇ?! そ、それは……」

「安心して。あなたの霊感が上がって、幽霊の私とリンクしちゃってただけだから。私がそれを利用して、を見せたりしていたの」

「――っ!!」


 わたしは自分が抱えている本当の不安を言い当てられ、しかもその答えをあっさり教えられて、思わず飛び跳ねた。

 人間って、死ぬほど驚くと本当に飛び跳ねるんだなって、この時始めて知った。


 でも……そっか。だったら、気にしなくていいのかな……?


 鳴美さんは顔を離すと、


「それにしても、ゆみちゃんすごいね! 九助くんよりもずっと素質ある。ね、怪談調査、もっと続けてみない?」

「そ、そうですか? ……えへへ? でもわかったのは鳴美さんのおかげです……って、わたしは好きで怪談を調査してるわけじゃないですっ」


 あぶないあぶない。乗せられちゃうところだった。わたしはピヨ助くんみたいな怪談マニアになるつもりはない。



「……本当にわけわからんぞ……」


 ピヨ助くんは頭を振って鳴美さんを見る。


「とにかく、鳴美先輩。これであんたも解放されるんだよな?」

「もちろんよ。……九助くん。ずっと気になってたんだけど、しばらく会わないうちに口が悪くなったわね?」

「ふん。気のせいじゃないか? ま、解放されるんならよかったぜ。……友紀子さんも、思い出すといいな」

「……そうね」


 鳴美さんは力なく微笑むと、くるっと背中を向けて、教卓の隣に戻る。


「そうそう。約束通り、ちゃんと説明してあげないとね。怪談『開かずの教室の神隠し』の真相を」

「あぁ。それを聞かないと帰れないぞ」


 ピヨ助くんが手帳を開いてメモの用意する。鳴美さんはクスっと笑って、


「今でもそうやってメモを取っているのね。……じゃあまず、怪談の元になっている行方不明事件。相当昔の話なんだけど、実際にあった事件よ」

「教室に入ったところから、行方がわからなくなっているんだよな」

「目撃証言があってね。そういう噂が流れたんだけど……実はね、女の子はその後のよ」

「……は? 出ている?」

「校舎の外にですか?!」

「そ。女の子は学校の外で行方不明になって、そのまま見付からず仕舞い」

「なんだそりゃ。だったらなんで、こんな怪談が……」

「警察がそれをすぐに発表しなかったからよ。最後に目撃されたのが教室に入るところで、その後消えてしまった。神隠しにあった。そんな噂が流れたあとに、真実がわかっても……広まらないのよね」


 興味を引く間違った噂が先に広まってしまうと、正しい話はなかなか広まってくれない。

 噂ってそういうものだと、わたしにもわかった。


「行方不明になった後のことは、幽霊になった私でもわからない。ただ学校で噂が流れ、怪談話になってしまったから、女の子の霊は怪談の幽霊として、この場に縛られてしまった」

「なるほど、それが怪談の真相か。だとすると……外で行方不明になっていたという真実が怪談に影響して、廊下を彷徨う女子生徒が生まれたのかもしれないな」

「いい線突くじゃない。九助くん」

「こ、これくらい当然だ!」


 ピヨ助くんはふんぞり返る。そのまま後ろにごろんと転がらないか心配だ。


 わたしも気になっていたことを一つ聞いてみる。


「窓ガラスが割れたり、机がぐちゃぐちゃにされてたっていうのは、本当にあったんですか?」

「んー、そこも曖昧なのよね。私は、不良が荒らしたのが怪現象として噂されちゃっただけって思ってるけど」

「……ありそうですね、それ」

「問題は開かずの教室の本当の場所よ。本当に参ったわ。昔過ぎて事件の資料がぜんぜん見付からなかったし、校舎改修の記録はあったけど、詳しく書いてないから怪談と繋がりがあるなんて思わなかった。幽霊にならないとわからないことばかりだったわ」

「俺も自分で調べてみたが、なにも見付からなかったな。それに旧2年5組の、2階に移されたという話が信憑性あり過ぎた。3階の多目的教室で間違いないと、信じ切っていたんだ」

「九助くん……ごめんね。あれだけ事前調査はしっかりしろって、自分で言ってたのにね。やっぱり怪談は恐ろしい」

「まったくだな」

「なに偉そうにしてるのよ。私の間違いに気付けなかったんだから、九助くんも反省しなさい」

「……微妙に納得いかないが、でもそうだな。……反省している」

「よろしい。でも……あなたがそんな姿になっちゃったのは、きっと私のせいよね」


 鳴美さんの言葉に、ピヨ助くんはクチバシを釣り上げる。


「いいや。これは、俺のせいだ。先輩のせいじゃない。だから気にしないでくれ」

「そう? ……わかったわ。じゃあ説明は以上ね」


 鳴美さんはそう言うと、教壇をそっと降りる。


「そろそろ時間だし、私はもう行こうかな」

「え……? 行くって、どこにですか?」

「佑美奈。先輩はもう解放されたんだぞ? 帰るべき場所に帰るだけだ」

「あっ、そっか……」


 でもそれって、いったいどこなんだろう? 友紀子さんのところ? それとも……。


「せっかくだし、ちょっと寄り道してから帰ろうかな」

「おい? 寄り道ってなんだ! 真っ直ぐ帰れよ!」

「ふふっ。ばいばい、ふたりとも。……またね」


 鳴美さんは最後に笑顔を見せると、廊下に出て――ふっと、消えてしまった。

 完全に日が暮れたのか、同時に辺りが真っ暗になる。


「ったく……変わらないな、あの人は」


 ピヨ助くんはしばらく鳴美さんが消えた廊下を眺めていたけど、やがて首を振り、


「暗いな。出るぞ」


 そう言って、教室を出て行ってしまう。

 わたしも後に従って、教室を出ようとして――。



 ――ぎぃ。



 なにかが軋む音がして、振り返る。

 だけどそこには誰もいない。真っ暗な教室。


(……ううん、いま、教壇の上に誰かいたような……)


 気のせいかな?

 わたしは廊下に出て、自分たちがいた教室を確認する。そこは、奇しくも例の3階多目的教室だった。


「おい佑美奈」

「わぁ! な、なに? ピヨ助くん」


 突然呼ばれて驚いてしまう。ピヨ助くんは訝しげな顔のあと、じろっとわたしを睨み、


「お前には聞きたいことが山ほどある」

「あっ――。さ、さーて、そろそろ帰らなきゃね! もうこんな時間だー」

「待て! さっき言っただろ。きちんと説明していけ!」

「で、でもほら、さすがに学校出ないと!」

「だったら喫茶店でもどこでもいいから、俺を連れて行け!」

「えぇ~……」


 もう遅いし、できれば帰りたいんだけど。

 ……喫茶店と聞いて、わたしの甘い物を食べたい欲が疼いた。


「しょ、しょうがないなぁ。ピヨ助くんこそ、ドーナツ3つ、忘れないでね?」

「うっ。……も、もちろんだとも」


 終わったら学校に戻ってきてピヨ助くんを帰さないといけないけど、仕方が無い。わたしはピヨ助くんの提案を呑むことにした。

 それに。もう、あの夢のことを話すのに、躊躇いはないから。話してしまった方がすっきりする。


 わたしたちは一緒に学校を出て、喫茶店『星空』に場所を移し、今回の怪談について話し合う。

 話は思った以上に時間がかかり、特に夢で鳴美さんの声を聞いていたのを黙っていたことは、ピヨ助くんにかなり怒られた。


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