杉の木のつかいさま・弐「占いか怪談か」
「ね、占いを試すんじゃないの?」
「前に調べたことの、再確認をしようと思ってな」
わたしたちは校舎裏の杉の木――ではなく、図書室に来ていた。
思ったより人が多く、主に三年生が勉強のために利用しているようだ。
ひそひそ話すのでも聞こえてしまいそうで、ピヨ助くんとの会話は普段より気を遣う。
ピヨ助くんの声はわたしにしか聞こえない。姿も見えない。もし聞かれたら一人で話している変な人だ。場所が場所だけに、下手したら怪談話になってしまう。
あれ? 本当に幽霊と話しているわけだから……それ、洒落になってないね?
……うん、気を付けよう。
「確かこっちの棚の……お、まだ置いてあるな。この本を取れ、佑美奈」
図書室の一番奥、郷土資料と書かれた棚。わたしは黙って頷き指示された本を手に取る。全然読まれていないのか埃が一緒に舞い、咄嗟に顔を背けた。分厚く古めかしい本をタイトルも見ずに捲る。
「真ん中より後ろ、そう……もうちょっとだ」
パラパラ捲りながら目を向けると、どうやらこの辺り、
「そこだ、そのページを読め」
「……わたしが読むの?」
「確認のついでだ。説明してやるから読め」
珍しい。いつもは事前説明なんてあんまりしてくれないのに。
言われた通り読んでいくと、
「これって……この地域の昔話?」
ピヨ助くんが頷く。
本が少し重かったけど、ここならあまり人も来ないはず。わたしは立ったまま読み進めた。
昔話といっても、物語調になっているわけではない。歴史や記録と違って、年代が書かれているわけでもない。淡々と、出来事だけが綴られている。
要約すると、近くを流れる
人々は水害を水神の祟りとし、祀り立て、人身御供に子供を捧げた。
すると翌年から水害が起らなくなったという。
「こういうのって昔話でよくあるけど……人身御供って本当に効果があるの?」
「なんとも言えんな。神がいるかはわからないが、霊はいる」
「……それはそうだけど」
人身御供。わたしはこの手の生け贄の話には否定的だった。
なんで死ななきゃいけないの? と思ってしまう。
「もっとも佑美奈みたいに懐疑的のヤツは多かった。次第に他のもので代用されたり、生涯奉仕するという形に変わっていったみたいだからな」
「あ~なるほど。埴輪とかそうだって言うよね」
「だが一部では長らく信じられていた。これもその話のひとつだろう。佑美奈、最後の行を読んだか?」
「最後って……どれどれ」
『神に届くように、一番高い杉の木の根本に子供を埋めた』
「えっ、この杉の木ってもしかして」
「校舎裏の杉の木は、かなり大きいよな?」
「うわー、あの木に子供が?!」
「佑美奈、落ち着け。まず――」
こほんっ!
大きな咳払いが後ろから聞こえて、ビクッとする。
知らずに声が大きくなっていたようだ。
わたしはピヨ助くんと顔を見合わす。
「……まず、場所を変えるか」
「……うん」
*
教室に誰もいなくなっていたので、そこでピヨ助くんと話をすることにした。
「話を整理するぞ」
「うん、お願い」
さっき読んだ昔話と噂になっている占いが、どう繋がってくるのか。
わたしはまだ頭の中で整理がついていなかった。
「昔、阿良川が氾濫し、この辺りの集落が水害に襲われた。これを水神の祟りとし、人身御供を立てた。一番高い杉の木の根本に子供を埋めた。これがさっき読ませた話の概要だ」
「その杉の木が校舎裏の杉の木かもしれない……ってことだよね? でもさあ、確かに阿良川はここから近いよ。でも、すぐ近くってほどじゃないよね? 結構遠いよね?」
ここから2km近くあったはず。
地図で見ると近く見えるけど、実際歩いて行こうとするとそこそこ遠い距離。
「それでも届くんだ。水害なめんな。覚えておけ」
「あ……うん」
遠いと感じるこの場所まで、水は届く。
別になめていたわけじゃないんだけど、認識が甘かったかもしれない。
近年、阿良川が氾濫したという話は聞いたことないけど、一度ハザードマップを見ておこうかな。
「阿良川には大きな土手があるが、当時それもなかったのかもな。被害は相当なものだったはずだ」
「酷い大災害が起きたからこそ……人身御供?」
「一人の生贄で多くの命が救われるのなら、ってことだ」
「そんな……」
「もちろん現代じゃそんなの話は通らない。だが時代が時代だ、実際に多くの人が死ぬのを見て、なんでもいいから縋りたかったんだろう」
わたしは少し目を伏せる。
わかってる。ピヨ助くんの言う通りなんだと思う。
昔の人は昔の人で、なんとかしようとしたのだ。
今みたいになにが原因で水害が起きるかもわからなかっただろうし、起きたら起きたで大勢に避難を知らせる手段も無い。今でも深刻な被害が出ることがあるのに、当時の人がそれをなんとかできたとは思えない。
どうしようもなくて、追い詰められて。神頼みしかなかったんだ。
だけど……やっぱり、悲しい。
「それでだ。これがどう『杉の木のつかいさま』に繋がるのか、だが」
「うん。杉の木という共通点はあるけど、内容は繋がりがないよね?」
「もう一つ共通点があるだろ。どちらの話にも『神』が出てくる」
「あぁ~。つかいさまは神の遣いなんだよね」
神様という共通点。それを聞くと繋がりがありそうだけど……まだピンと来なかった。
「佑美奈、神の遣いとはなんだと思う?」
「えぇ? うーん、神さまの部下的な?」
「部下ってお前……まぁそうとも言うが。日本、神道などでは、一部の動物が神の遣いだと言われることもある。烏や蛇、狐なんかがそうだな」
「そういう神話とかあったような……」
「勉強しろ。別の所では天使なんかも、神の遣いだ」
「天使かぁ。そうだね、言い方の違いだけで意味は同じだよね」
「うむ。ところで、人身御供として捧げられた子供は、どこに行くと思う?」
「うん? それは当然、神さまのところでしょ?」
「そうだな、そのための人身御供だ。死んで、神の元へ行き、奉仕する。子供は……佑美奈の言い方を借りるなら、神さまの部下になるわけだ」
「……あ」
ようやくわたしもピンと来た。
昔話と占いが、どう繋がるのか。
「もうわかっただろ? 杉の木のつかいさまは、人身御供として捧げられた子供の可能性が高い」
「なるほどね~……。神の遣いをどう解釈するかで見方が変わるって言ってたの、そういうことなんだね」
もしこの仮説が正しいのなら。
人身御供として捧げられた子供が占っていることになる。
そうなってくると、占いの話が怪談じみてくる。
神の遣いが、解釈次第で死んだ子供の幽霊になる。
「ピヨ助くんが調査しようと思ったのも、わかった気がするよ」
「はっはっは。もっとも、本当に校舎裏の杉の木と人身御供の杉の木が同じかどうかわからん。さっきの本には杉の木の場所までは書かれていないからな。ただ、現存しているこの辺りの杉の木の中では、おそらく一番大きいんじゃないか?」
「そうだね~。森林公園の方のは、あれよりも低いよね?」
「低いな。さすがにそれくらいは確認したぞ」
屋上に上がれば森林公園を見渡せる。意識して見たことはないけど、校舎裏の杉の木が一番背が高かったと思う。
「よし、日が暮れる前に行くとするか」
「今度はどこに?」
「決まってるだろ? 確認は終わりだ。いよいよ杉の木に行くぞ」
「……やっぱり今日試すんだね。依頼料のドーナツは?」
「覚えてたか。しょーがねぇなぁ、出してやるよ」
「なにその言い方。そういう契約でしょ?」
ちなみに前回の第2会議室の怪談調査では報酬を二つにしてくれたから、今のところ前払い分も無い。本格的に調査を始める前に、ドーナツを貰う権利がある。
「あ、今回図書室で調べ物したから、また二つね」
「ふざけんな、一つだ! あれは再確認だって言ったろ!」
ピヨ助くんと口論しながら、わたしは校舎裏に向かう。
ドーナツは二つずつしか出せなくて、また一つ隠されると思ったけど二つとも貰えた。
折れてくれた……わけではなく、報酬の前払いだそうだ。
とりあえずそれは頂いたけど、わたしは諦めてないからね、ピヨ助くん。
*
日が暮れ始めた校舎裏。
塀の向こうに広がる森林公園は、早くも闇に包まれようとしている。
そういえば、少しだけ不思議に思っていた。
森林公園から外れて、ぽつんと立つ一本の杉の木。
どうして学校の敷地内にあるのだろう。どうして校舎を建てる時に切られなかったんだろう。
もし本当に人身御供の杉の木なのだとしたら……。
他の木と一緒にされていないのも、切られなかったのも、納得がいく。
「よし、佑美奈。五円玉を根本に置け」
「あっ、うん」
ぼーっとそんなことを考えていたわたしは、ピヨ助くんの声で我に返る。
用意していた五円玉をポケットから取り出して、言われた通り木の根本に置いた。
「ね、今さらだけどさ。幽霊のピヨ助くんと占いやって、つかいさま来てくれるのかな?」
「……来るだろ、たぶん」
わたしの指摘に、さすがのピヨ助くんも自信なさげだ。
幽霊と占うなんて、そんな前例無いだろうからね。もう、やってみるしかない。
来てくれなかったらそれまでだ。
「まずは手を繋ぐんだよね。……羽でいいの? 足のがよくない?」
「羽でいいに決まってんだろ! 早くしろ!」
わたしはピヨ助くんの隣りに並んで、その羽を掴む。
見た目はつるっとしているのに、さわると羽毛がふんわりしていて気持ちが良い。
「いくぞ」
「うん。せーのっ」
「「つかいさま、つかいさま。占ってください、占ってください」」
わたしたちは声を揃えて、つかいさまを呼んだ。すると……。
ビュォォォォ……。
強い風が吹いて――――空気が、変わった。
風はすぐに止み、気が付く。一切の音が消えていることに。遠くから聞こえてくるはずの車や電車の音も、人の声も虫の鳴く音も、なにも聞こえてこない。
そしてわたしたちも、音を出せなかった。
張り詰める空気の中、わたしたちはまったく動けない。1ミリも身体を動かせない。声はもちろん、衣擦れの音さえも出すことを許されない雰囲気だ。
まるで今の風に運ばれて、まったく別の場所に来てしまったかのような、そんな錯覚を覚える。
やがて――。
ガササササッ!
杉の木が大きく揺れ、わたしはビクッとする。
来たのだ。杉の木のつかいさまが。
ガササササッ!
もう一度大きく揺れる。その音で、わたしたちはようやく動けるようになった。首動かし、杉の木を見上げると――。
「あっ……ピヨ助くん、あそこ、誰かいる?」
「むっ……?」
わたしが声をあげると、ピヨ助くんも木を見上げた。
そしてその動きに、木の上の誰かも気が付いた。
「あれ? 僕たちのこと見えてんの? どういうこと?」
「……わからない。変だね、おにいちゃん」
杉の木の枝に座る、男の子と女の子。
つかいさまが、不思議そうな顔でわたしたちを見下ろしていた。
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