第7話「杉の木のつかいさま」
杉の木のつかいさま・壱「占いのお話」
「ホットケーキ美味しいね~」
「でしょ? ここもわたしのお気に入りなんだ。表面はサクッとしてて、中はふんわり。きっと焼き方が上手いんだね。メイプルシロップをかけてアイスと生クリームを乗せれば最高だよ」
「うんうん。甘い物のお店はゆみゆみに聞けば間違いないね~」
10月。日中も涼しい日が増えてきた秋の放課後。ミカちゃんにホットケーキが食べたいと言われて連れてきたのが、喫茶ORというお店だ。
喫茶店「星空」のスフレパンケーキと違い、家で作るような普通のホットケーキ。それでもナイフを入れればふわっと広がり、食べ応えは十分。ゆっくり味わいたいところだけど、温かいうちに食べたいという気持ちが勝り、ついぺろりと食べきってしまう。
「ミカちゃんの方から甘い物食べに行きたいって言い出すの、久しぶりだよね。夏休みに行った『しらゆき』以来かな」
「あたしだって甘い物は好きだよ~。ゆみゆみほどではないけどね。それに普段は言わなくてもゆみゆみが誘ってくれるから~」
「……あはは。そうかも」
わたしがミカちゃんを誘いまくっているから、ミカちゃんの方から誘う機会が無いだけだった。
「今回はね~。昨日見たドラマで美味しそうにホットケーキ食べてるのを見て、食べたくなっちゃったんだよ~」
「あるよね、そういうこと。わたしなんてちらっとケーキ屋さんが映っただけでもケーキが食べたくなるよ」
「う~ん、なんだろう、あたしとゆみゆみ言ってることはたぶん同じなんだけど、なんか違う気がするね~」
「そう? 同じだよー」
何が違うのか本気でわからず、首を傾げる。
ケーキそのものじゃなくてもお店が視界に入ったら、普通食べたくなるよね?
「まぁいっか~。あ、そうだゆみゆみ。お礼に面白い話をしてあげるよ」
「えっ。まさか、また怖い話?」
「残念~。今回は占いの話だよ」
「ほっ……そっか。って残念じゃないよ?」
「まだなにも言ってないよ。もう誤魔化さなくてもいいのに~」
本当にそろそろ諦めた方がいいんだと思うけど、ミカちゃんは相変わらず誤解しているみたいだ。
わたしが怖い話、怪談話が好きになったと。
前はそんなものまったく興味がなく、信じているでもいないでもなかったのに。
あのヒヨコに取り憑かれてからというもの、ミカちゃんに誤解されるし怖い目には遭うし、幽霊を信じるしかなくなってしまうし。
今はその諸悪の根源であるピヨ助くんはいない。基本的にずっと学校にいるから、突然ここに現れたりはしない。
「占いかぁ。なにを占うの? 甘い物に出会えるかどうか?」
「あはは、たぶんそれも占えるんじゃないかな~。恋愛とか落とし物を探したりとか、種類が決まってるわけじゃなさそうだからね~」
「そうなんだ……? どういう占いなの?」
「興味でてきた? じゃあ話してあげるね~。『杉の木のつかいさま』って言うんだけど~――」
『杉の木のつかいさま』
校舎裏にある、大きな杉の木。
ここには神さまの遣いが住んでいて、何でも占ってくれるんだって。
占うには手順があってね。
まず、占いは二人以上で行うこと。
杉の木の根本に五円玉を置いて、手を繋ぐ。
そしたら、つかいさまを呼ぶの。
「つかいさま、つかいさま。占ってください、占ってください」
杉の木が大きく揺れたら成功。つかいさまが来てくれました。
木に向かって占いたいことを聞くと、つかいさまが杉の木を揺らして答えてくれる。
例えば明日晴れるか聞いた場合、一度揺れたら晴れで、二度揺れたら雨なんだって。
だから占うことは、イエスかノーで答えられるのじゃないとダメみたい。
占いが済んだら最初に置いた五円玉を拾って、つかいさまにお別れをするの。
「縁切った、縁切った」
そう唱えたら、振り返らずに帰ること。
お別れの手順を間違えると、一緒に占った人との縁が切れちゃうみたいだから、ここは絶対に守るようにね。
「……という話なんだよ~」
「待ってミカちゃん。それ考えようによっては怖い話じゃない?」
「そんなことないよ? やり方間違えると縁が切れるっていうのは怖いけどね~」
「そこもだけど……」
問いかけると木が揺れる。それって十分怪奇現象だよね?
神の遣いと交信するとか……なんだか嫌な予感しかしない。
「結構流行ってて、試す人も多いみたいだよ~。よく当たるって評判になってる」
「そう、なんだ。試す人多いんだ。……大丈夫なのかな」
「ゆみゆみ意外と心配性だな~。今のところ手順を間違えて大変なことになった~って話も聞かないから、大丈夫だよ」
「あはは……それならいいんだけど。占いをする杉の木って、あの校舎裏の大きな樹のことだよね?」
「うん、そうだよ~」
「この間クラスの男の子が、あの木の下で告白すると上手く行くらしいぞ、って嬉しそうに話してたんだけど」
「ああ~そんな噂もあったね~。それはデマだよ~」
「え、デマなんだ。その男の子、たぶん……」
「あそこで告白されたっていう女の子から話聞いたんだけど、振ったって言ってたからね。間違いなくデマだよ~」
「あっ……そ、そうなんだ」
その男子は噂を信じて告白するって友だちと話していたんだけど、そっか、ダメだったか。
「ミカちゃん、校舎裏の杉の木ってことは、うちの学校にしか伝わっていない占いなんだよね? ずいぶんローカルだね」
「あ~言われてみればそうだね~。昔からあるみたいだけど、毎年今くらいの時期から占う人が増えるみたい」
「へ~、なんでだろう?」
「受験が上手く行くかどうか占う人が多いんだって」
「ああ~、なるほどね」
ミカちゃんと話していると、怖くない、安全な占いな気がしてくる。
これまで色んな怪談に遭ってきたから、つい変な心配をしちゃう。
幽霊に、ピヨ助くんに憑り付かれて。そういうものを信じるようになってしまったから。
だからきっと、考えすぎ、余計な心配なんだと思う。
……でもやっぱり、ちょっとだけ引っかかるなぁ。
*
「昔からあるぞ、その占い」
「ピヨ助くんの頃にもあったんだ」
次の日の放課後、わたしは屋上に出て、昨日聞いた『杉の木のつかいさま』の話をピヨ助くんにしてみた。
怪談ではないけれど、どうにも気になってしまい聞いてみることにしたのだ。
「確かに手順さえ守れば安全な占いだ。怪談でもないだろう」
「うん……そうだよね」
「どちらかと言えば、都市伝説の部類だ」
「都市伝説?」
「『こっくりさん』や『エンジェルさん』。お前もそれくらいは聞いたことがあるだろ? あれと同じだ」
「あっ……そうだ、それだよ! なにか引っかかると思ったんだよね。こっくりさんみたいなんだ」
こっくりさんを初めて知ったのは、確か中学に入ってすぐだ。
危険だからやってはいけないって先生たちに言われて……もともと興味もなかったし、わたしは手を出さなかった。
「いわゆる降霊系の占いだ。文字列が書かれたウィジャ盤という紙や板と、コインを使うのが一般的だ。この占いはそういった道具を使わない、イエスノーだけのシンプルな占いだな」
「降霊……なるほど。神さまの遣いに来てもらうんだもんね」
「問題はその神の遣いをどう解釈するかだ。それで見方が変わってくる」
「どういうこと?」
「それは……。よし、佑美奈。次の怪談調査は『杉の木のつかいさま』にしよう」
「えぇ? 怪談じゃないんだよね?」
「都市伝説も似たようなものだ。少し違えば怪談になる」
「括りがいい加減じゃない?」
「前にも言わなかったか? 怪談話のほとんどは人の噂が元になっている。それは都市伝説も同じだ。いい加減で当たり前なんだよ」
「……それもそうだね。それで? この話、ピヨ助くんは生前に調べてたの?」
「ある程度はな。……鳴美先輩は都市伝説だからと手を出さなかったが、俺はこの話の背景が気になった」
「そうなんだ? でも、答えは出なかった?」
「ああ。だが、今はお前がいる」
「うっ……それってやっぱり」
調べるだけじゃ、答えがでなかった。ならどうするか?
「占いを実行し、実際につかいさまとやらに話を聞けば、全部わかるだろ」
「そうなるよね。ピヨ助くんぼっちだから占いを試せないもんね」
「ちげーよ! 勝手にぼっち扱いすんな! そもそも試したところでイエスノーじゃ詳しく聞けないだろ!」
「あはは……ごめんごめん。幽霊として、つかいさまに会って話を聞くってことだよね?」
「わかってるじゃねーか。ったく」
いつもの流れだから、さすがにわかってる。ちょっとからかっただけ。
幽霊同士は会話どころか会うことすらできない。
例外として、わたしが怪談に巻き込まれ幽霊に会えば、憑り付いているピヨ助くんもその幽霊と話すことができるのだ。
わたしが協力することで、ピヨ助くんは怪談を調査することができ。
報酬にピヨ助くんがとっても甘くて美味しいドーナツを出してくれれば、わたしは美味しい思いができる。
これがわたしとピヨ助くんの契約。いつもの怪談調査。
……ただ今回は怪談じゃないし、スルーもあるかなって思ったんだけど。そんなことはなかった。
「わかったよ、調査手伝う。ドーナツ食べられるからね」
「……お前ほんとブレないよな」
こうして、怪談調査……都市伝説調査?
杉の木のつかいさまについて、調べることになったのだった。
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