第2会議室の呪い・七「怪談は終わらない」


 第2会議室を出て昇降口に向かう間、ピヨ助くんと話をしながら歩く。


「なんとかお前の呪いも解けたし、怪談調査は完了だな」

「……でもこの怪談、無くなっちゃうんじゃない?」

「みずるが消えて、呪いは無くなった。しかし怪談自体は無くならないぞ」

「えぇ? どうして?」


 あれだけのことがあったのだ、さすがに今回は無くなってもおかしくないと思ったんだけど……。


「どうしてって、そりゃそうだろ。怪談ってのは、本当に呪われるかどうかは問題じゃない。その話を聞いて怖いと感じるかどうかだからな」

「でも長く語られることで、本物の呪いになったりするんでしょ?」

「ああそうだ。……だからいつか復活するかもしれないぞ、呪いも」

「うぅ……もう、怪談って迷惑だなぁ」


 今回は、作り話から生まれた呪いの怪談だった。

 本当に事故があったのかはわからなかったけど、出てくる幽霊は作業員ではなかった。

 呪いで死んで、幽霊となったみずるさん。

 彼女がいなくなって呪いも消えたはずなのに、怪談は残り続けるという。


 作り話が本物になったり、呪いのない怪談になったり……怪談ってややこしいというか、さすがにいい加減過ぎない?

 せっかく消えた呪いもそのうち復活するかもしれないなんて。本当に迷惑。


「そもそも怪談は、人が話し伝える噂話だからな。そんなもんなんだよ」

「わかってたけど……今回はそれをよーっく思い知ったよ」

「ま、とにかくだ。怪談は無くならない。怪談調査は無駄にはならない」


 ……こんな怖い呪いの怪談、記録に残さず消し去るべきだと思うんだけどなぁ。


 もっとも、それを言ってしまうとピヨ助くんの存在を否定することになってしまうけど。


「調査も概ね予定通りに進んだし、今回は上出来だな」

「予定通り……? だいぶイレギュラーだったんじゃない?」

「幽霊と話をすれば解明できる。俺の言った通りだろ?」

「え? あ……ほんとだ」


 みずるさんと会話をして、怪談の真実がわかり、呪いも解いてもらえた。

 確かに最初に言ってた通りだけど、ちょっと釈然としない。


「ま、幽霊に呪いを解いてもらえばいいって言ったのは、鳴美先輩なんだがな」

「ねぇ、それってさ、鳴美さんは幽霊の正体に勘付いてたんじゃない?」

「…………先輩が起きた時に聞くことが増えたな」

「あはは……そうだね」


 さすが、鳴美さん。ピヨ助くんって本当に先輩に振り回されてたんだ。


「ふん。イレギュラーと言えば、お前だぞ、佑美奈。まさか幽霊に同情して抱きしめるとは思わなかったからな」

「あ、あれはっ。……だって、みずるさんが放っておけなくって」

「同情したんだろ?」

「そうだけど、それは、わたしがみずるさんと同じことをしているからだよ」


 あの時、みずるさんを抱きしめたのは。

 一歩間違えれば、わたしがみずるさんになっていたかもしれないからだ。


「やっぱり、興味本位で怪談を試しちゃいけないんじゃないかな……」

「なんの心配をしてんだ、お前は」


 わたしは結構真剣に考えていたのに、ピヨ助くんは呆れた顔で溜息をついた。


「俺は興味本位で怪談調査をしてるんじゃない。前にも言っただろう。怪談に隠されている真実を解明し、幽霊が本当に伝えたいことを残す。それが俺の怪談調査だ。いたずらや肝試しみたいな遊びと一緒にするなよ」

「……そっか、そうだったね。ごめん、ピヨ助くん」


 わたしが考えていたことなんて、ピヨ助くんはとっくに答えを出していた。

 ピヨ助くんは真面目に怪談を調査している。

 幽霊になってしまうくらい、本気で。

 それくらいで諦めるような軽い信念ではないって、わたしはもう知っていたのに。


(でも……いつかは、ピヨ助くんも)


 怪談調査を終えたら……みずるさんみたいに、成仏するのかな。


 今はまだ、考えられない。

 怪談調査はまだまだ続くと思うし。

 きっとまだまだ、あのドーナツは食べられるよね?



 昇降口に辿り着き、ロッカーで靴取り出そうとしたところで、一つ聞き忘れていたことを思い出す。


「あ、最後に一つだけいい? 天井の染みは本当にあったんだよね。それはなんだったの? まさか本当に怨念だった……なんてことはないよね?」

「天井を通ってる配管の水漏れだと聞いている。水漏れ自体はだいぶ昔に直したようだが、染みは数年前まで放置していたようだな。事故が作り話なんじゃないかっていう推理の、根拠の一つだった」

「ああ~……なるほどね」


 怖くもなんともない、普通の理由だった。

 でもきっと、そんなつまらない真実は広まらない。怖い話は怖い話のまま、広がっていく。


「もう気になることはないか? お前はたまに勝手に気になって勝手に調べたりするからな」

「そ、そんなことないよ。うん、もうだいじょう…………あっ、報酬のドーナツ」

「待て。短期間では出せないって前にも話しただろ。今度な」

「それはわかってるけど。……本当に、さっきくれたの、いいの?」


 わたしがパニックに陥った時、ピヨ助くんはわたしを落ち着かせるため、報酬になるはずのドーナツを食べさせてくれた。


「なに遠慮してんだよ。いいって言ってんだろ」

「うん。……ありがと、ピヨ助くん」

「必要経費だ。これもさっき言っただろ」

「助けてくれて、ありがとね」

「……ふん」


 ピヨ助くんは鼻を鳴らしてそっぽを向いた。


 ……今回は頼りになったよ、ピヨ助くん。

 わたしはぽんっとピヨ助くんの肩を叩いた。


「ね、このあとちょっと駅前まで付き合ってよ。ケーキ食べたい!」

「は? 一人で行けよ。なんでいきなりケーキなんだ」

「色々あったけど、やっぱり呪いは怖かったから。ケーキ食べて気分を変えたいと思って。ひとりじゃ寂しいし、付き合ってよ」

「お前な……。しょうがねーなぁ。ちゃんと学校に送り帰してくれるんだろうな」

「当たり前だよ! 家には連れて行かないよ!」


 ピヨ助くんと学校から出る場合、もう一度戻ってきてピヨ助くんを帰さないといけない。正直面倒だけど、今はそれでも一緒にケーキを食べに行きたかった。


「それじゃ、決まり。どこにしよっかな。やっぱり星空のパンケーキかな」


 わたしは靴を履き替え、校舎を出る。


 雨は一度止んだはずだけど、またすぐに降り始めたみたいだ。

 傘を開き、濡れた地面をぴちゃぴちゃと音を立てながら歩いて……ふと、わたしは思い出す。


 そういえば……怪談の呪い。廊下の足跡とか、窓の手形とか、足首掴んだり、全部みずるさんがやってたみたいだけど……。


 第2会議室前の廊下で聞こえた、あの激しい足音。

 みずるさんは、全力で走ったと言っていた。


 でもあれ、確実によね……?


 そもそも。

 この第2会議室の呪いを試してしまい、死んでしまったのは……みずるさん一人だけなの?


 わたしは校門を出たところで立ち止まる。

 視線を感じ、振り返り校舎の窓を見ると……。





「…………」


        「……」

  「……」

      「……」


              「……」


        「……」

   「……」


「……」


             「……」

       「……」

  「……」


         「…………」


    「……」





 ……と。


 校舎1階の窓に、いくつも人影が浮かび上がる。

 そのすべてが、わたしのことを見ていた。




「…………ひっ」


 短く悲鳴をあげると、人影はさあっと雨に流されるように消え去り、校舎は人気のない姿に戻った。


 だけどはっきりと見てしまった。力なく肩を落とし、右腕だけを上に挙げた……あの天井の染みと同じ……人、人、人。

 窓はたくさんあるのに、そのすべての人影と目が合ったと感じた。


 つま先から頭のてっぺんに、痺れるような寒気が走る。

 わたしは今の一瞬で、この怪談の真の姿を理解してしまったみたいだ。



「どうした? 佑美奈」

「な、なんでもない。早くいこっ」


 ……ここでピヨ助くんと別れなくて本当によかった。心の底からそう思う。


 だって、今の出来事が、今日一番怖かったから。

 誰かと一緒に甘い物でも食べないと、この感覚は消えそうにない。



 第2会議室の呪い。

 この怪談と呪いが無くなることは、当分無さそうだ。






幽霊よりも甘味が食べたい

第6話「第2会議室の呪い」了

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