杉の木のつかいさま・参「つかいさまの真実」


「下りてみようよ、おにいちゃん」

「えぇ~? ……ま、いっか。初めてだもんな、こんなの」


 杉の木の上に現れた男の子と女の子。ふたりはすーっと音もなく地面に降り立つ。


 男の子の方は、あまり綺麗とは言えないほつれた着物を着ていた。狐のように目が細く、髪の毛も茶色だ。見た目の歳は10歳くらいだろうか。

 一方女の子は上品な着物を着ていた。おかっぱで背が小さく、歳は5、6歳に見える。まるで市松人形みたいだ。あまり表情が変わらない、ぼうっとした印象の女の子。


「つかいさまは二人組だったんだな。それに……」

「うん……かわいいね」

「あぁ。……っておいっ!」


 思わず率直な感想を漏らしてしまったわたしに、ピヨ助くんが羽でツッコミを入れてきた。即答で認めたくせに。


 つかいさまは二人組で……姿だった。

 これはいよいよ、昔話と繋がりが濃厚になってきた。


「お? なぁお前、今のこと褒めなかったか?」


 男の子の方が、そう言って近付いてくる。女の子もすぐに隣に並んで、


「おにいちゃんのことかもよ?」

「ありみのことだって」


 かわいいって呟き、つかいさまにも聞こえてしまったみたいだ。

 ふたりは仲良しさんだ。褒められたのを譲り合っている。

 女の子は男の子とおにいちゃんと呼んでいるけど……兄妹なのかな?

 わたしは男の子の方に話しかけてみる。


「ねぇキミ。その子、ありみちゃんって言うの?」

「んん? そうだが、お前らは?」

「あ、ごめんね。わたしは弓野佑美奈。こっちのヒヨコは」

「……ピヨ助だ」

「ふーん。僕は善太郎ぜんたろう。こっちはありみだ」

「よろしく、佑美奈おねえちゃん。ピヨ助おにいちゃん」

「うん、よろしくね。ありみちゃん。善太郎くん」

「それで? ゆみな、どっちを褒めたんだ?」

「えぇ? 引っ張るね? さすがにありみちゃんの方だよ」

「だよな~! ほら言った通りだろ」

「うん……。ありがとう」


 ありみちゃんは少しだけ恥ずかしそうに目を逸らした。

 やっぱり可愛らしい。

 わたしがついついにやけてしまうのに対し、ピヨ助くんは饅頭と思って食べたのに中身がアボガドだったみたいな顔をしている。


「……なんか調子狂うな」

「そうかな?」


 この感じ、いつもの怪談調査だなぁってわたしはホッとしていた。

 それはそれでどうなんだろうって自分でも思うから、口には出さないけど。


 善太郎くんとありみちゃん。ふたりは仲の良い兄妹にしか見えない。

 だからつい普通の男の子と女の子のように接しちゃったけど、彼らは神の遣いなのだ。


 わたしはそこのところをあまり深く考えてなかったけど、ピヨ助くんはもっと神々しい存在を想像して身構えていたのかも。


「なぁなぁ、なんで僕たちと話ができるんだ?」

「おにいちゃん。こっちの黄色いの。おっきいヒヨコの方」

「んん? ……へぇ。変な格好してるなぁと思ったら、僕らと同じで死んでるんだな」

「うん。私たちとおんなじ。死んでるからお話ができるんだよ」


「…………」


 

 ピヨ助くんは、死んで、幽霊になった。何度も聞いてきたことだ。

 それなのにわたしは、少しだけショックを受けている。


(……わたしはまだ、どこかで。『実はピヨ助くんは生きている』って考えてたんだ)



「僕らと同じ、か。お前たちも死んで、つかいさまになったってことだな?」

「うん、そうだけど?」

「……そうだよ」

「なるほどな。実はな、俺たちはその辺りの話を聞くために、ここへ来たんだ」


 ピヨ助くんはいつもの調子を取り戻したようで、羽を腕のように組んでふたりを見る。


「お前たちが何故死んで、つかいさまになったのか。その真相を突き止めるためにな」

「ふ~ん。そんなこと知ってどうするの?」

「どうして、知りたいの?」

「あ、えっとね、このヒヨコ、ピヨ助くんは怪談調査をしているんだよ」

「怪談……知ってる。怖い話」

「怖い話? それがなんだってんだよ」


 揃って首を傾げるふたりに、ピヨ助くんはここぞとばかりに後ろに倒れそうなくらい胸を反らして宣言する。


「教えてやろう! 俺の目的は、すべての怪談を調べ尽くすことだ! 怪談の本当の意味はなんなのか? 幽霊が本当に言いたいことはなんなのか? 調べ、残し、きちんと伝えていきたいのだ!」


 おぉ……今日は随分と熱が入っている。なんだかピヨ助くんが輝いているように見えた。


「あのね、ピヨ助くんはその執念で幽霊になって、こうして調査を続けてるんだよ」

「……ふ~ん」


 善太郎くんは腕を組んでわたしたちを値踏みするように見る。

 ありみちゃんは驚いたのか、少しだけ目を大きく開いてピヨ助くんを見ている。心なしか口元が笑っているような気がする。


「おにいちゃん、いいと思うよ」

「……ま、そーだな。ありみがいいなら、僕は構わない」


 話が付いたようだ。兄妹は顔を見合わせて頷き、わたしたちの方を向く。


「それで? なにが聞きたいんだ?」

「よしきた。早速だが――」


 つかいさまへの聞き込みが、始まった。




                  *




「早速だが、大昔に起きた阿良川の氾濫についてだ」


 聞き込み開始してすぐに、ピヨ助くんは阿良川のことを切り出した。

 あの昔話と繋がりがあるのか、そこを確認しなくては話が進まない。


「あらかわ?」

「少し離れたところに流れている川だよ」

「あぁ……」


 説明を付け加えてあげると、善太郎くんは少し暗い顔になる。

 やっぱり関係があるのかもしれない。

 ピヨ助くんは説明を続ける。


「ここの図書室の本に昔話として残っていた。昔、阿良川が氾濫し、広範囲に渡って被害が出た。人々はそれを水神の祟りとし、二度と氾濫が起きないよう、人身御供を捧げることにした」

「生贄だろ?」

「そうとも言うな。神に届くようにと、一番高い杉の木の根本に生贄は捧げられた。それは――」


 ガサッ!


 ピヨ助くんが最後まで聞く前に、杉の木が大きく一回揺れた。


「正解。僕はその時生贄に捧げられた子供だよ」

「おにいちゃん……」


 心配そうに見上げるありみちゃん。その頭を優しく撫でる善太郎くん。

 ピヨ助くんは、ふむ、と頷いて、


「では生贄として死に、つかいさまになったんだな?」

「そういうこと。なんだ、僕が話すことぜんぜん無いじゃん」

「ねぇ……善太郎くん。それからずっと、ここにいるの?」

「ん……まぁね。杉の木の上から、ずっと見てたぜ。そういや昔は祠もあったんだ。いつの間にか崩れて無くなってたけど」


 思わず見渡してしまったけど、当然杉の木の周りにはなにもない。自然に崩れたのか、災害に巻き込まれたのか。それとも、学校を建てた時に?


「いつからつかいさまとして、占いに答えるようになったんだ?」

「そりゃもちろん、学校が出来てからだよ。……いや、その少し前かな。僕のことが見える人間が来て、話しかけられて質問に答えたことが何度かあったよ」

「へぇ……。あれ? わたしたちが初めてみたいに言ってなかった? 話をするの」

「学校ができて、今の占いの形になってからはゆみなたちが初めてだよ」

「あ、そういうこと」

「おそらく霊感のある人間、霊能者の類が見付けたんだろうな。占いの噂も、それが出所かもしれん。霊能者との対話が噂話となり、学校ができた後に占いの話として残った」

「おぉ~! それっぽいね!」

「ふふん、だろう? これはきちんと書き残しておかないとな!」


 ピヨ助くんは取り出した手帳に、一生懸命羽を動かしてなにか書き込んでいる。

 ……羽でペンを握ってる?


 その間に、わたしはもうちょっと聞いてみることにした。


「善太郎くん、ありみちゃん。ここで占う人って結構多いの?」

「ん~、そこそこじゃないか? なぁ、ありみ」

「月に……一度、あるかないかだと思う」

「あれ、思ったより少ないんだね」

「そんなもんだっけか? こうなってから長いからさ、時間の感覚がおかしいんだよなぁ」

「おにいちゃんはね……。杉の木の前まで来るひとは多いけど、実際に占うひと、少ない」

「へぇ……」


 少し納得する。

 わたしが話を聞いて抱いた感想と、同じことを思った人が多いんだ。

 こっくりさんやエンジェルさんと似ているって。

 実際に占ったら、なにか恐ろしいことが起きるのではないか。

 それで躊躇ってしまうのだ。


「ふむ、占いか。……そうだな、もう一つ聞いておきたいことができたぞ」

「ん~? なに? まだなにかあるの?」


 ピヨ助くんはパタンと手帳を閉じて、善太郎くんたちに向き合う。


「善太郎、ありみ。二人とも、?」


「えっ……ピヨ助くん?」

「……どういうことだよ?」

「わかってるだろう? お前たちは人身御供として死んで、神の遣いになったと言う。ならば――神さまには会えたのか?」


 神さまに――。

 そういえばこれまでの話の中に、遣えたはずの神さまの話が出てこなかった。


 善太郎くんはニヤリと笑って答える。



「――いいや。会えてないよ?」



「あ、会ってないの?!」

「やっぱりな。佑美奈、こいつらは神の遣いじゃない。周りがそう呼んでいるだけで、実際は……だ」

「え……えぇ? ちょっと待って。幽霊なのはわかるけど……幽霊になって、神の遣いになったんじゃないの?」


 てっきり、わたしはそういうものなんだろうと思っていたけど――。


「ううん。僕らはそもそも神さまに会ってない。死んで、この杉の木から離れられなくなった幽霊だよ」


 善太郎くんはあっさり認めるのだった。




                  *




「だいたいさー、神さまって本当にいるの? ここから見てたけど、あの川何度も氾濫してるよ。さすがにここまで届くことはもう無かったけどね。それでも人が死んだりしてる。神さまが本当にいるなら、おかしいよね? 僕が生贄になったのにさ」


 呆れた顔で善太郎くんが話す、神さまについて。

 もう間違いない。善太郎くんは神の遣いじゃなかった。

 ピヨ助くんは満足そうに腰に羽を当てる。


「二人が幽霊なら、これは怪談話の領分でもあるな。占いに答えていたのは実は幽霊! どうだ、怪談っぽくなっただろ」

「うっ……確かにね」


 こっくりさんみたいな占いだと思っていたけど、より危険な話に思えてきた。

 ……もっともこのふたりなら、人に危害を加えたりはしなさそうだ。そういう意味では安全かもしれない。


「あれ? だったら、ふたりはどうやって占いに答えてたの? てっきり神さまに聞いて答えてるんだと思ったんだけど」


「そんなの適当だよ」

「うん……なんとなくで答えた」


 さらっととんでもない答えが返ってきた。


「あ……うん。そっか」

「今のは聞かなかったことにするか……」


 占い『杉の木のつかいさま』の根幹を揺るがすものだ。

 秘密にしておいたほうが、きっとみんな幸せだろう。



「じゃ、僕らに聞きたいことはもう終わり?」

「あぁ。おかげで有意義な怪談調査になった。感謝するぞ」

「そりゃよかった。……くれぐれも、占いの終わり方、間違えないようにね。いつもと違う形になっちゃってるけどさ、そこは形式通り頼むよ」

「わかっている」


 これで怪談調査は終わり。

 善太郎くんとありみちゃんのふたりは、大昔水神様に人身御供として捧げられて、幽霊になった。

 以来、杉の木に取り憑いて、生徒たちの占いに(適当に)答えていた。


 大まかにまとめると、こんなところだろう。

 終わってみれば、わたしでもわかりやすい真相だった。


(……でもなんだろう? 少しだけ引っかかってるんだよね)


 わかりやすいんだけど、なにかを見落としているような。


「…………」

「…………?」


 その時、ありみちゃんと目が合って――わかった。

 善太郎くんとありみちゃん。ふたりを見比べて、わたしがなにに引っかかっているのか、気付くことが出来た。


「ね、わたしもひとつ、聞いていい?」

「佑美奈? もう調査は終わったんだぞ。変なこと聞くなよ?」

「大丈夫大丈夫」


 わたしはふたりに向き合う。


「なんだ? ゆみな。早くしろよ」

「うん。あのね、ありみちゃんに聞きたいんだけど」

「……わたし?」


 じっと、ありみちゃんを見つめる。



「ありみちゃんも、人身御供になったの?」



 そう聞いた瞬間――。



 ガサッ! ガサッ!



 杉の木が、揺れた。


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