杉の木のつかいさま・四「別れ」


「なっ……なに? 杉の木が二回揺れたということは……」

「否定したってことだよね……?」



『ありみちゃんも、人身御供になったの?』



 わたしがそう聞くと、杉の木が大きく二回揺れた。


 ふたりは手を繋ぎ、無表情にわたしを見ている。

 わたしはゴクリと唾を飲み込んで、さらに聞いてみた。


「ありみちゃんは、人身御供になってないの?」


 ガサッ!

 一回だけ揺れた。


「ありみちゃんも、ここで死んで幽霊になった?」


 ガサッ!


「そもそも善太郎くんとありみちゃんは、?」


 ガサッ! ガサッ!

 二回……揺れた。



「ちょっと待て……本当にどういうことだ? そもそも佑美奈はなんであんなこと聞いたんだ?」

「そ、それは……。善太郎くん、自分のことしか話してないんじゃないかなって思って」



『正解。僕はその時生贄に捧げられた子供だよ』

『おにいちゃん……』



 引っかかっていたのは、この台詞だった。

 善太郎くんは『』ではなく『』と言っていたし、ありみちゃんも心配そうな顔をしていた。

 すぐにはその意味がわからなかったけど……。もし、善太郎くんが自分だけの話をしていて、ありみちゃんがその話に同情をしていたのだとしたら。

 ありみちゃんには、幽霊になってしまう別の事情があるのかもしれない。



「本当に思いつきだったんだけどね」

「お前時々鋭いよな……」


 時々は余計……と思ったけど、言い返せなかった。

 自分が鋭いだなんて思っていないし。


「ふぅ……怪談調査は続行だな。おい、佑美奈。この先は、お前が聞くんだ。その方がいいだろう」

「う、うん、わかったよ。……ありみちゃん。ありみちゃんはどうして幽霊になったの?」


 わたしが問いかけると、ありみちゃんと善太郎くんが顔を見合わせる。

 もう無表情ではない。心配そうな顔の善太郎くんと、僅かに微笑むありみちゃん。


「ありみ……」

「だいじょうぶだよ。佑美奈おねえちゃんとピヨ助おにいちゃんになら、話してもいいと思う」

「そっか。無理すんなよ」

「うん。いつもありがとう。善太郎おにいちゃん」


 ありみちゃんが一歩前に出て、語り始めてくれる。


「私が幽霊になったのは……善太郎おにいちゃんよりずっと後。この学校ができる十数年前」


 学校ができる十数年前。となると、100年くらい前?

 あの本には人身御供の話の年代までは書かれていなかったから、どれくらい時間に差があるのかはわからない。


「私は、忌み子なんだって」

「えっ……?」

「もしかして、双子だったのか?」

「うん。お姉ちゃんがいたよ」

「えっと……ど、どういうこと? ピヨ助くん」

「昔はな、双子は忌み子とされる風習があった。不吉だと言われていたのもあるが、二人も育てる余裕が無いという事情もあっただろう。養子に出すなどしてなんとかするわけだが、中には口減らし……片方を殺してしまうケースもあったそうだ」

「あっ……そういう」


 わたしは思わず目を伏せてしまう。

 苦しい時代だったんだろう、と……思うことしかできないのが、目の前のありみちゃんに申し訳なくて。


「五歳までは育てようとしてくれたんだよ。結局周りからも強く言われて……この杉の木に」

「……なるほどな。辛い話をさせて、すまなかった」

「ううん。ここで幽霊になれたから、善太郎おにいちゃんに会えた」


 後ろの善太郎くんが、優しい眼差しでありみちゃんを見ている。

 きっと本当の妹のように可愛がり、ありみちゃんは本当の兄のように慕ったのだろう。


「埋められた時は苦しかったけど、でも……今は、おにいちゃんと一緒で楽しいよ」

「ありみ……」


 ふたりが抱き合う姿を、わたしたちはしばらく眺めていた。




                  *




「……今度こそ、怪談調査は終わりだな」

「うん、そうだね」


「あーあ、結局全部話しちゃったじゃん」

「そうだね。……でも、それでよかったと思う。佑美奈おねえちゃん、ピヨ助おにいちゃん。終わるの、間違えないでね」


 いよいよお別れの時だ。

 形式通り、占いを終わらせないと。


「まずは五円玉を拾って……」


 わたしは杉の木の根本の五円玉を拾う。

 そうして善太郎くんとありみちゃんに向き合った。


「…………」

「どうした、佑美奈」

「う、うん。その……なんか、言いづらいなって」



『縁切った』



 ふたりの話を聞いた後で……この言葉を言うのが、辛い。


「佑美奈。それでも言わないと、占いをきちんと終わらせられないぞ」

「わかってるよ。だから……ちゃんと、言うよ」


 善太郎くんとありみちゃんは、優しくて、悲しい目をしていた。

 そんな顔をされたらますます言えなくなってしまう。


 どうして、こんな言葉が別れのキーワードなんだろう。


「佑美奈」

「い、言うよ。……せーのっ」



「縁切った」

「……縁切った!」



 揃わなかったけど、その言葉を口にしてすぐに反対を向いて駆けだした。

 ふたりがどんな顔をするのか、見ることができない。

 どんな顔をすればいいのか、見せることができない。


「縁きっ――っておい! 佑美奈! 言うんだぞ!!」


「あっ……そうだった」


 わたしは振り返り、言い直そうとして――。



「間違えないでって……言ったのに」



 杉の木の根本には、

 俯いていて、顔が見えない。


「あ、ありみ……ちゃん? 善太郎くんは……」

「一回しか言わなかったから……おにいちゃんとだけ、お別れ……」

「あっ……だ、だから、二回、なんだ」

「ううん――?」


 すすー……っと。

 ありみちゃんがわたしに近付いてくる。

 歩くというより、滑るように。一瞬にして距離が半分に縮まる。


「一回だけ言って、振り返るなんて……一番だめなんだよ」

「うっ……」


 ありみちゃんは完全に無表情だった。さっきまでは僅かに感情が見え隠れしていたのに、今はなにも無い。


「縁切ったって言ったのに……振り返るなんて……。? ……それなら埋めなければいいのに……」


 その言葉を聞いて、わたしはようやくわかった。



『縁切った、縁切った』



 この言葉は……ありみちゃんがここに埋められた時に、親から言われた言葉なんだ。

 二回なのは、お父さんとお母さん二人に言われたからなんだ。


(つまりこれは……ありみちゃんが死んだ時の再現!)



「お父さんとお母さんね……。私が死んだあと、別々に暮らしたみたい」

「う、あぁ……あ」


 そもそも、手順を間違えると一緒に占った人との縁が切れてしまう、というのも意味がわからない話だった。あの昔話とまったく関係がない。二人でやらなきゃいけない占いなのも、理由がどこにもなかった。


(ううん、こっくりさんに似ているから、だから一人じゃできないんだと思い込んでた。でも、ちゃんと理由があったんだ)


 占いの手順は、ありみちゃんのお父さんとお母さんの話がベースになっているんだ。



「――!」

「あっ、ピヨ助くん!?」


 そういえばピヨ助くんの姿が見えない。

 声だけがどこからか聞こえる。


「ったく、ドジりやがって。このお人好し」

「ご、ごめん……。あれ? もしかして……え? 嘘でしょ?」


 今、なにが起きているのか。どういう事態になっているのか。

 わたしはようやく気が付き――血の気が引く。


 嘘であって欲しい。間違いであって欲しい。なのに……。


「まぁ……ここらが潮時か。報酬、先に渡せてよかったぜ」

「やだ、待って! ピヨ助くん!」



 一緒に占った相手との縁が切れる。



 ――ピヨ助くんとの縁が切れる?





「えっ……!」


 声に振り向くと、ありみちゃんの顔がすぐ近くにあった。

 無表情、闇、暗黒……。顔はあるはずなのに、そこにあるのは闇だと感じた。

 恨んでいるのだ。自分を埋めたお父さんとお母さんを。

 怨嗟の闇が瞳の中で渦巻いている。溢れ出る負の感情が、わたしを包もうとしている。

 辛い気持ちが、理不尽な悲しみが、向ける先のない怒りが、死にたくない想いが……。


 頭がくらくらする。このまま呑み込まれてしまいそうだった。

 重たい。とてつもなく重たいなにかが、わたしの背中に乗っかり、押しつぶそうとしている。


 いっそ倒れてしまえば、楽になれるかもしれない。

 だけどわたしは堪えた。ぐっと堪えて、必死に声を絞り出す。


「ありみ……ちゃん……。ピヨ助くんは……」



 ありみちゃんの瞳が、僅かに揺れた。



「……ごめんね、佑美奈おねえちゃん。こればっかりは……」



 ビュォォォォ……。



 大きな風が吹き、わたしは目を瞑ってしまう。

 ふっと体が軽くなる。感じていた重たいなにかが消えたのがわかる。



 再び目を開くと、そこには――誰も、いなくなっていた。



「あ……嘘、だよね? ピヨ助くん?」


 学校にいる時は、いつでも側にいたピヨ助くん。


「調べ物したから、ドーナツもう一個って……わたし言ったよ? まだその話、決着ついてないよ? 諦めてないよ?」


 どこにも……その姿が見えない。返事もない。声が、聞こえない。


「そん……な……。 わたしの、せいで……っ!!」



 ふたりの縁が切れて。

 ピヨ助くんは、消えてしまった。



 ――足下に、一冊の手帳を残して。





幽霊よりも甘味が食べたい

「杉の木のつかいさま」了

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