第5話「校庭のサッカーボール」

校庭のサッカーボール・壱「2学期も甘い物が食べたい」


「はぁ……2学期始まっちゃったなぁ」


 ため息と共に、ついそんなことをぼやいてしまう。

 それに即座に反応してくれたのは、友だちのミカちゃんだった。


「ゆみゆみ~、まだそんなこと言ってるの~? もう2学期始まって4日も経つよ?」

「だって……。夏休みは時間があったから、遠出して甘い物食べに行けたでしょ? それに、かい……買いだめ! お菓子を買いだめして、家でゆっくり過ごせたし」


 怪談調査しなくてよかった、と言いかけて慌てて誤魔化す。

 まったくしなかったわけではないけれど、自分のこと、甘い物のためにたっぷり時間を使うことが出来た。

 今年の夏休みは、ネットで有名な色んなお店に出かけた。クリームたっぷりのパンケーキとか……クレープも美味しかったなぁ……ふわっふわのロールケーキも……全部恋しいよ……絶対また食べに行こう。


「ふぅ。ミカちゃんは、夏休み終わって残念じゃないの?」

「あたしは~、やっぱり学校があった方が、色んな話聞けるからね~。休み中ってみんな色々あるでしょ? 夏休み明けはそれを聞くのが楽しみなんだよ~」

「そういうもんなんだ……」


 わたしが甘い物好きなように、ミカちゃんは噂話がとても好きだ。人がたくさん集まる学校の方が、ミカちゃんの欲求を満たしてくれるらしい。


 ミカちゃんの情報収集能力って、侮れないんだよね。学校の噂は全部知ってるんじゃないかな。

 問題は、その噂話の中に大抵入っている……。


「佑美奈。いつものアレ、そろそろ来るんじゃないか?」

「うっ……」


 後ろから、大きなヒヨコの幽霊――ピヨ助くんが、ボソッとそんなことを言う。


「あっ、そうだ! ゆみゆみに話そうと思ってた話があるんだよ~」

「それってもしかして……」

「もちろん! ゆみゆみの好きな怪談話だよ~」


 ほんとに来ちゃったよ。

 わたしはがっくりと肩を落とす。ピヨ助くんは嬉しそうに小躍りしていた。


 学校の噂話と言えば、定番の怪談。当然ミカちゃんの元には、そういう怖い話も集まってくる。

 これまでもいくつか怪談話を教えてもらっている。追加で情報を集めてもらったこともあった。

 代償として、わたしはミカちゃんの中で怪談好きということになってしまった。


 そもそもそんなことになったのは……。


「今度はどの怪談が流行りだしたんだろうな。楽しみだな、佑美奈」


 わたしに取り憑いている幽霊、ピヨ助くんのせいだ。


 彼は生前、怪談研究同好会に所属し、色々な怪談を調べていた。

 しかしある日、怪談調査の際に――原因不明の死を遂げてしまう。

 彼自身も死因については記憶が無いらしく、気が付くと大きなヒヨコの姿になっていたそうだ。

 ヒヨコの幽霊になった彼は、怪談を調査したいという未練を引き摺っていた。むしろその諦めきれない執念が、彼をこの世に留まらせたという。


 卑怯にもピヨ助くんは、とっても甘くて美味しいドーナツを利用した怪談を生み出した。

 わたしはその怪談にまんまとひっかかり、ピヨ助くんに取り憑かれ、怪談調査を手伝うことになってしまったのだ。


 代わりに、とっても甘くて美味しいドーナツを食べさせてくれるという条件で。


「ゆみゆみ~? 聞いてる?」

「ほら、ぼけっとしてないでちゃんと聞けよ」

「あ、ごめんごめん」


 ピヨ助くんもすっかり、ミカちゃんの情報を頼りにするようになったなぁ。


「これはね~、最近噂になってる怪談なんだ~。『校庭のサッカーボール』っていう話でね――」





「校庭のサッカーボール」


深夜の校庭に、サッカーボールがぽつんと置いてある。

サッカー部のしまい忘れか、誰かの私物か。

それにしては不自然に目立つところにある。


しばらくすると、ボールが独りでに転がり出した。

風に吹かれた? いいや、まるで誰かが蹴ったように、てんてんてん……と跳ねている。


ボールが転がっていく先に、ひとりの少女が立っていた。

いつからいたのだろう。ボールに気を取られていて、まったく気が付かなかった。

ジャージ姿のその子はボールを受け止め、こっちを向くと、ぽんっとボールを蹴って寄越した。


「ねぇ、パス出してよ」


ボールはコロコロと転がり、ぴったり足下で止まる。

言われた通り、ボールを蹴り返すと……そこに少女の姿はなく、蹴ったはずのボールも消えていた。


その時になって、ある噂を思い出す。

昔、サッカーが得意な女子生徒がいたが、心臓に病を抱えていた。

病状が悪化し入院するも、良くならず……そのまま亡くなってしまったそうだ。


以来、夜中になると校庭に少女の幽霊が現れるという。


少女はサッカーに未練があり、パスを出してくれる相手を探している。

上手くパスを出してあげれば満足して消えるが、出せなかった場合、怒った少女に殺されてしまうそうだ。





「――だって~。どうだった? ゆみゆみ」

「うーん、最後のは怖いけど……なんだか、せつないお話だね」


 パスが出せないと怒って殺されるっていうのは、恐ろしい。でも、


『病気で亡くなった少女が、サッカーに未練があって幽霊になる』


 怪談の中核であるこの部分は、せつなくて悲しい話だ。


「あぁ……この怪談か」

「……?」


 後ろでピヨ助くんがぽつりと呟く。

 ピヨ助くんはわたし以外の人には見えないし、声も聞こえないから、今のがどういう意味なのか聞くことができない。

 感じからして、生前に調査をしたことのある怪談っぽいけど。


「そうだね~、最後以外はあんまり恐くないかもね~。でもさ~、真夜中の校庭でボールがひとりでに転がってたら、ビクってなると思うよ?」

「……それもそうだね」


 想像して、ちょっとゾクッとしてしまう。もしそんな光景に出くわしたら、わたしはそのままスルーして帰る。

 怪談話にまったく興味のなかった、少し前のわたしなら、だけど。


 ……いまは、どうだろう?


「ねぇミカちゃん。もしその幽霊見ちゃったら、どうする?」


 自分の中の疑問を、ミカちゃんにも聞いてみることにした。


「あたし~? そうだなぁ、興味はあるけど、一目散に逃げるかな~。色んなひとの話を聞くのは好きだけど、自分で踏み込むのは躊躇しちゃうんだ」

「うん、ミカちゃんってそういう感じだよね」


 頷くと同時に、わたし自身も答えを出していた。


 一目散に逃げる。


 ピヨ助くんが一緒ならともかく、怪談に遭遇したら逃げるに限る。

 一瞬、今まで会った幽霊たちのことが頭を過ぎったけど。だめだめ、逃げなきゃだめ。

 本物の怪談は恐ろしいものだと、わたしはもう知っているんだから。


「あははっ、ゆみゆみって最近、怪談話を聞かせるとじーっと考え込むようになったよね~」

「えっ?! うそ、ほんとに?」

「ほんとほんと。まさかあのゆみゆみが、甘い物以外でそんな風になるなんてね~。面白いなぁ」

「面白がらないでよ! う~ん、そんなことないと思うんだけどな。わたしはやっぱり、甘い物一筋だから」


 それだけは間違いない。今だって……。


「よし佑美奈。今夜、学校に来い。校庭のサッカーボール、調査するぞ」


 ノリノリなピヨ助くんを見て、とっても甘くて美味しいドーナツが食べられる! って考えているから。

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