校庭のサッカーボール・弐「ボールの怪談」
「夜はちょっとだけ涼しくなったよね、9月入って」
「そうなのか? 幽霊の俺にはわからんが……」
「ピヨ助くん、羽毛が暑そうなのに」
夜8時。約束通り、わたしは学校前にやってきた。
まだ深夜とは言えない時間だけど、あんまり遅くに出かけることはできない。親に心配されてしまう。
「ピヨ助くん、例の物を」
「なんのことだ?」
「なんのことだじゃないよ、いつものとっても甘くて美味しいドーナツを早く出してよ」
「お前こそなに言ってんだ。依頼料の分はもうやっただろ」
「……え?」
「本気で忘れてるのか? 夏休みに食べただろ」
確か前回の怪談調査で、特別に報酬を三つくれるという話になって……。
ピヨ助くんはドーナツを二つずつしか出せないから、2回に分けて食べたんだ。
先月、8月中に……合計四つのドーナツを。
「あ……」
「当然だが最後の一個は次の依頼料だったんだからな」
「うぅぅぅ……食べられるって期待してたのに」
「忘れてた佑美奈が悪いんだろ」
それはそうなんだけど……。
期待していたドーナツが食べられないとわかり、テンションが駄々下がりだった。
もう帰りたい。
「怪談調査が終わったらすぐ出してやるから」
「ほんと?」
「ああ。そういう契約だろ」
怪談調査を手伝う代わりに、とっても甘くて美味しいドーナツを一つ貰える。
ピヨ助くんと結んだ契約。
「よーっし。こうなったら頑張るよ。絶対食べて帰る」
そうだ、このまま帰ったら悔しくて眠れないかもしれない。
なにがなんでもピヨ助くんにドーナツを出してもらわないと。
「現金なやつめ。それじゃ、まずは怪談について、俺が調べてあることを話してやろう」
「うん、お願い」
やる気を出したわたしは、こくこくと頷いてピヨ助くんの話に全神経を集中させる。
「やる気を出すのはいいが、そんなに身構えるな。……調べたっつても、内容は昼間聞いた通りだ。若干の補足と、個人的な疑問があるだけだな」
「ふぅん?」
ピヨ助くんの調査内容はたまに間違ってて、大変な目に遭ったりするから油断はできない。
ただ今回のは……話が具体的だし、幽霊が幽霊になった動機もはっきりしている。
「お前も何度か怪談調査をしてきたからわかると思うが、この怪談は危険度が低い」
「うまくパス出せないと殺されちゃうって、十分危険だよね?」
「安心しろ。幽霊の足下に届くように蹴れば、どんなパスでもいいらしい。話しかけられる前に逃げても問題ない」
「そ、そっか。……うん、逃げるのもアリなら、そんなに危険じゃないかな」
「たぶん被害にあったヤツはいないんじゃないか? この怪談。ただ、アレだ。ボールがひとりでにって話は、割とポピュラーでな。だから流行る」
「ポピュラー? 有名ってこと?」
「体育館でボールをついている幽霊の話、知らないか?」
「うーん、わたし怪談に興味なかったから」
「トイレの花子さんとまではいかないが、かなり有名だぞ。……幽霊がついているボールは、実は生首だってオチなんだが」
「グロっ! やだよそんな怪談話!」
「嫌って言われてもな。むしろそれくらいエグい話の方が多いぞ? 特に昔のは」
「そうかもしれないけど……。今回のは違うよね?」
「普通のサッカーボールらしい」
「よかった~……」
生首蹴り返せとか、難易度跳ね上がるよ。
「今回のは有名な怪談の亜種って感じだな。きっちり幽霊側の事情が語られているのは珍しいが」
「ポピュラーな体育館のは、詳しいこと語られてないの?」
「ないな。だいたい、考えてもみろ。生首をボール代わりにしてるって、意味わかんないだろ。どんな事情があってそんなことしてんだよ。恐がらせるために変化していった結果だろ」
「それもそっか。もともとは、たまたまボールが転がってるのを見て恐がっただけなのかもねー」
「お、わかってきたじゃないか。だがこの怪談に出てくる幽霊は、きちんと幽霊になった理由が語られている。亜種と言ったが、別物と考えた方がいいかもしれないな」
似てはいるが、根本的に怪談話の作りが違う。ピヨ助くんはそう言いたいのだろう。
「怪談の解説はこんなもんだな。そろそろ行くぞ。こっちの通用口、鍵を開けておいた」
「警報とか鳴らないよね? ……お邪魔します」
学校なのに、ついそんなことを言ってしまう。
わたしは辺りを気にしながら、校庭に向かった。
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