校庭のサッカーボール・参「サッカー少女」


「ねぇ、ピヨ助くん」

「わかってる」

「あるね、ボール」

「わかってるって。ほんと遭遇しやすくなってんな、佑美奈」

「嫌だな~もう……」


 校庭の真ん中に、サッカーボールがぽつんと一つ。


 校舎の脇を通って校庭の隅に出ると、嫌でもそれが目に付いた。


 ピヨ助くんに取り憑かれて以来。条件を満たせば一発で怪談に遭遇するようになってしまった。

 怪談調査をするにはちょうどいいんだろうけど、わたしとしてはあまり気分のいいものではない。


「これも、とっても甘くて美味しいドーナツのため……」


 そう言い聞かせなければ、わたしはもう正気ではいられない。なんて。


「なにぶつぶつ言ってんだ。……む? ボールの位置、変わってるな」

「ほんとだ。いつの間にか転がった?」


 ほんの少し目を離した隙に、ボールが近付いていた。

 校庭には、誰の姿も見えない。


「風もないのにね」

「ほぼ無風だ。どうやら、間違いなさそうだな」

「そうだ、ピヨ助くん。ひとつ確認しておきたいっていうか、言っておきたいことがあるんだけど」

「なんだよ、改まって」

「わたしさ、甘い物のことだったらなんでも知ってる。なんだって食べる。嫌いな物なんてないよ」

「あ? 本当に今さらだな。んなことわかってるっての」

「勉強だって、そこそこはできるよ。赤点取ったことないからね」

「ふん、俺だって無かったぞ。むしろ学年上位だったぞ」

「嘘でしょ?」

「なんでそこを疑う! しかも真顔で!」

「えーだって……」

「あー、もういいから続きを話せ! なんだってんだよ急に」

「う、うん。……でも人にはやっぱり、得手不得手があるもんでしょ? 完璧な人はいないから。わたしも当然、苦手なものがあるわけで――」


 てん、てん、てん……。


 その音に、わたしとピヨ助くんはハッとなり、校庭の方に目を向ける。

 ボールが転がって――いいや、跳ねて、こっちにやってくる。


「ねぇ、キミ――」


 ボールの向こうに、誰かがいる。

 スッとした綺麗な足。紺色のスパッツに、上は緑色のジャージ。ショートカットで活発そうな女の子だ。



「パス出して……って、あれ? ひとりじゃないんだ」


 ボールはわたしの足下でぴたりと止まった。

 間違いない。怪談の幽霊が現れたのだ。


「佑美奈。まだパスを出すなよ。話を聞きたいからな」

「う、うん……。でもピヨ助くん、なにを調査するの? さっき、ほとんど聞いた通りだって言ってたよね」

「疑問点があるとも言っただろ。昔起きたある事件との関係性を確認したいんだ。それがわかったら調査終了だ、パスを出せ」

「あー……やっぱり。ピヨ助くん、そのことなんだけど――」

「なに話してるのー? もうどっちでもいいからさ、パス出してくれない?」


 幽霊の声に、ピヨ助くんは前に出て、ボールを器用に片足で踏みつける。


「その前にだ。少し話を聞かせてくれないか?」

「うわ、でっかいヒヨコだ。……キミ、もしかして幽霊?」

「どっからどう見ても幽霊だろ」

「わー! あたし初めて見たよ! 他の幽霊! いるんだな、幽霊って!」

「お前も幽霊だろ! ……おい佑美奈、仕事だ。あいつから話を聞き出せ」

「わ、わたし? なんでわたしが……。そもそもなにを聞き出せって言うの?」

「お前幽霊から話を聞き出すの得意だろ。聞くのは幽霊になった理由だ」

「得意かなぁ……。幽霊になったのは、サッカーに未練があるからでしょ?」

「本人の口から直接聞きたい。頼むぞ、佑美奈」

「……ドーナツ追加するからね? もう」


 しょうがないなぁとぼやいて、ピヨ助くんの隣りに立つ。

 幽霊の女の子がわたしの方を見る。


「キミは人間だよね? もしかして、そのヒヨコに取り憑かれてるの?」

「うん、そうなんだよ……。あ、良かったら名前、教えてもらっていい? わたしは佑美奈で、こっちのヒヨコはピヨ助くん」

「佑美奈ちゃんにピヨ助くんか。あたしの名前は……ミサキだよ」

「ほほう、ミサキか……。サッカーが好きで、心臓に病を抱えた……いやあれはミスギ――」

「どうかしたの? ピヨ助くん」

「なんでもない。なんでもないぞ」

「キミたち、あたしのこと知ってるみたいだね?」

「そりゃそうだ。噂になってるぞ、お前のこと。怪談話としてな」

「ふーん。有名ってことだよね? あはは、嬉しいな」


 気が付くと、ピヨ助くんの足下のボールが消えていて、少女――ミサキがそのボールでリフティングを始めていた。

 ぽん、ぽん、とリズミカルにボールをお手玉のように蹴り上げる。すごいな……。

 ボールが戻ってしまった以上、パスは出せない。わたしはミサキさんに話しかけた。


「ミサキさん。少しお話いいですか?」

「さん付けなんてしなくていいよ。……キミたち面白いね。だいたい、すぐにパス返すか、その前に逃げちゃうのに。話そうって言い出したの、キミらだけだよ」

「そうなんだ……? ねぇピヨ助くん。この怪談、鳴美先輩は……」

「ああ。先輩も、情報を集めただけで実際に調査はしていない。危険度が低いからだろうな」


 ピヨ助くんの生前の先輩、白鷺鳴美さん。

 彼女はピヨ助くん以上に怪談調査をしていて、ピヨ助くんが持つ調査手帳も、それを元に書かれているようだった。

 今回も鳴美さんが調査したのかと思ったけど、怪談に遭遇はしなかったらしい。


「でー? あたしとなにが話したいの?」


 ミサキさんはわたしたちが話している間もリフティングを続けていて、たぶん一度も地面に落としていない。どうやったらあの丸いボールを自由自在に蹴れるのか、わたしには理解不能だった。


「ミサキ――ちゃん。あなたが、幽霊になった理由を聞きたいと思って」

「幽霊になった理由? それって噂になってるんじゃないの?」

「うん。でも直接話が聞きたいって、こっちのヒヨコが」

「おいっ。……まぁそういうことだ。詳しい話が知りたい。聞かせてくれないか?」

「どうして? 知ってどうするのさ」

「気になることがあってな。それを確かめたいんだ」

「昔起きた事件がどうとか、さっきチラッと話してたね?」

「ああ。もし詳しい話が聞けるなら、この手帳に書き込み、内容を補足したいと思っている」

「ふぅん……」


 ミサキちゃんはじっとピヨ助くんを見る。

 蹴っていたボールをポーンと大きく蹴り上げ、音も無く足で受け止めると、そのまま地面に置いた。


「そうだね。あたしもピヨ助くんがなにを確かめたいのか、気になってきた。詳しく話してあげてもいいんだけど……その前に」


 そう言って、ボールをちょこんと蹴る。ころころ転がり、ボールは再びわたしの足下にやってきた。


「あたしにパスを出してくれる? そしたら話すよ」

「えっ……」

「待て。パスを出したら消えるんじゃないのか?」

「いつもはそうしてるけど、今回は特別。きちんとゴールを決めて、そのまま残ってあげるよ。約束する」

「オーケーだ。佑美奈、蹴れ。パスをしろ」


 わたしは目を見開き、サッカーボールを見つめる。


「……ピヨ助くん、さっきの話、途中だったよね」

「あ? 続きってなんだ? いいから蹴れって」

「わたしにも苦手なものがあるって話だよ」

「そんなん後でいいだろ。早く……っておい、まさか」


 さすがにピヨ助くんも察しが付いたようだ。


「どしたー? 早くパスしてよ」


 わたしの声は、ミサキちゃんには届いていないらしい。パスを催促してくる。

 ミサキちゃんとの距離は、10メートルも離れてない。このくらいなら……。


「い、いくよ? ……えいっ」


 意を決し、目を瞑り、わたしはサッカーボールを蹴った。


「よーっし! って……えぇっ?」

「おい、嘘だろ。嘘だと言ってくれ……」


 目を開く。

 サッカーボールはわたしの足下から動いていない。

 結果はわかっていた。ボールを蹴った感触がなかったから。


 要は空振ったのだ。


「あはは……わたし体育が苦手なんだよね。特にボールを使うのはぜんぜんダメで」

「って、笑い事か! どうすんだよ!」

「ピヨ助くんが蹴ればいいでしょ」

「は? お前、俺がサッカーボールなんて蹴れると思うか?」

「蹴れるでしょ? 少なくともわたしよりは」

「このヒヨコの足でか? 無理だっつーの」

「……さっき、器用に足乗っけてなかった?」


 確かにあのまんまるボディが邪魔して蹴ること自体難しそうだけど……幽霊なんだからそのへんなんとかしてほしい。体当たりとかじゃダメなのかな。


「うわー……こんな人がいるんだ。ビックリしたよ」


 うわーって。こんな人って。わたしからしたらミサキちゃんの方が驚きなんだけど。


「こうなったら……あれだね。佑美奈ちゃん」

「あ、あれって、なんでしょうか……」

「大丈夫、安心して。まだ時間はあるから。0時までに一回でもわたしにパスを出せればいいんだから、なんとかなるよ」

「そんなに遅くまでいたくないんですけど?」

「だったら尚更がんばらなきゃ! さあ佑美奈ちゃん、特訓だ!」

「えっ……特訓って……ええぇぇぇー?!」


 思わぬ提案に、わたしはつい大きな声を出してしまった。

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