校庭のサッカーボール・四「ボールに注ぐ愛情」
「佑美奈ちゃん! 蹴るときに目を瞑っちゃだめだ!」
「は、はい! コーチ!」
コーチ――ミサキちゃん曰く、ボールを蹴るときに目を瞑ってしまうから空振りするんだ、しっかり目を開いてボールから目を離さない、足をボールに当てることだけを考えるんだ、そうすれば真っ直ぐ飛ぶ……らしい。
わたしは言われた通りにボールを見ながら足を振る。
つま先にボールが当たって――てんてんてん、真横に転がっていった。
「佑美奈ちゃんはボールへの愛が足りないよ! 愛が足りないから思ったところに飛んでくれないんだ」
「愛って言われても……」
正直に言えば、わたしにとってサッカーは『興味がない』部類に入ってしまう。自分が苦手だからというのもあるけど、球技全般に興味が持てなかった。
そんな話をすると、甘い物のことしか頭にないからしょうがないね~と言われてしまう。ミカちゃんだけでなく、クラスのみんなから。
そしてそれは本当のことだから反論できない。するつもりもなかった。
だからサッカーボールに愛を注ぐなんて、わたしにはできない。
「そもそも、ボールを蹴るのに愛とか関係ないと思うんだけど……。ミサキちゃん、もっとコツとか教えてくれない?」
「なに言ってるんだよ! サッカーへの愛さえあれば、ボールはきちんと応えてくれる。パスは繋がっていくんだ。ボールはね、待ってるんだ。自分をゴールネットに突き刺してくれる、一発のシュートを!」
「はぁ……熱いなぁ」
わたしは思わず途方に暮れてしまう。
蹴ったはずのボールがいつの間にか足下にあって、もう一度溜息をついた。
校庭のサッカーボールという怪談話。
幽霊のミサキちゃんにパスを出せないと、彼女に殺されてしまう。
今回は特別に、パスを出せればミサキちゃんが幽霊になった経緯を話してくれるという約束をしている。
ピヨ助くんの怪談調査のためだけど……わたしも、ちょっと気になり始めていた。
どんな想いで、幽霊になったのか。ミサキちゃん自身に聞いてみたい。
……なのにサッカーボールはぜんぜん言うことを聞かず、真っ直ぐ転がってくれない。このままじゃいつまで経ってもパスは出せない。
「おい、まだかよ佑美奈」
「他人事だと思ってない? ピヨ助くん。これ命かかってるんだからね?」
「ボールを前に蹴るだけじゃねーか……お前そんなに運動音痴だったのかよ」
「球技だけだよ! それ以外はなんとかなってるんだから」
もちろん得意なわけじゃなくて。平均……より、やや下程度。
「しゃあねぇな……。ミサキのアドバイスは精神論ばっかだしな。タイムリミットだって言う0時に間に合わん」
「蹴ってくれるの?」
「蹴れねーって言ってんだろ。いいか、佑美奈。足を横にしろ」
「横? …こう?」
「寝かせろって意味じゃねーよ! 向きの話だ。ボールの横に立ってみろ」
「難しいなぁ。ボールの横、ね」
わたしはミサキちゃん側から見て横向きに立つ。
「そうだ。佑美奈、ゴルフはわかるな?」
「それくらいわかるけど、ゴルフなんてサッカー以上にやったことないよ」
「イメージできれば問題ない。右足を一歩、前に出してみろ。その足が、ゴルフのパターだ」
「パターって、最後に使うのだっけ。グリーンに乗ったあとに」
「そうだ。いいか、ボールをつま先で蹴る必要はないんだ。もっと言えば蹴る必要もない。足の腹でボールを押し出すんだ。足はゴルフのパターと同じように、振り子のように振ればいい」
「足の腹で……パターと同じ、振り子のように……」
頭の中で、テレビで観たゴルフの映像を思い出す。
すっと横に引いて、ぽんと前に出す。
「えいっ」
「おっ……?」
蹴るんじゃなくて、足の腹でボールを押す。
そっか、つま先だとボールの真ん中に当たらなくて、だから変なところに転がっていっちゃう。でも足の腹なら当てやすい。ゴルフのパターってそういうことなんだ。
ちょんと押すような感じだったから、ボールはコロコロとゆっくり転がっていく。
曲がらず、真っ直ぐ。
ミサキちゃんの足下に――。
「ナイスパスだよ! 佑美奈ちゃん!」
ゆっくり転がっていくボールに合わせて、ミサキちゃんが左足を大きく振りかぶった。
「ありがとう、この最高のパス! 無駄にはしないよ!」
「ミサキちゃん!」
「佑美奈ちゃん! いくよ!」
バシュッ!!
ミサキちゃんがボールを蹴る。
パターじゃない、ドライバーだ。フルスイングの、本物のキックだ。
打ち出されたボールが弧を描いて飛んでいく。ボールの軌跡がはっきりと見える。ミサキちゃんは言った。ボールは待っていると。一発のシュートを待っているんだと。これが、これこそが、待ちに待ったキックなんだ。ゴールネットに突き刺さるシュートなんだ。
あぁ、綺麗だ……。
ボールはスパンと軽やかな音を立て、見事校庭の端に置かれたゴールに突き刺さる。
すべては一瞬の出来事。ミサキちゃんのシュートは、わたしの目にしっかり焼き付いた。
「す……すごい! すごいよミサキちゃん!」
「へへっ……決めたよ。ゴール!」
わたしとミサキちゃんはお互い駆け寄り、抱き合った。
ミサキちゃんのシュートが素晴らしかったのはもちろん、ちゃんとボールを前に蹴れたことも嬉しかった。
「やればできるんだよ、佑美奈ちゃん!」
「うん! ミサキちゃん、ありがとう!」
わたしはきっと、この時のことを忘れない。ミサキちゃんの華麗なシュートを絶対に忘れない。
興味のなかったサッカーだけど、ちょっとだけ見てみようかなと思える、素晴らしいシュートだった。
「確かにすごかったが……なんなんだよこのノリは……」
抱き合うわたしたちの後ろで、呆れているピヨ助くん。
空気読んで欲しい……けど、その気持ちもわからないでもない。わたしだって本来は体育会系とはほど遠い、文化系、インドア派。ただの甘い物好きだから。
でも……なんか、嬉しくて。テンションが上がってしまった。
「ん~、佑美奈ちゃんから最高のパスも貰えたことだし、そろそろ――」
「そうだな。聞かせてくれるな? ミサキ。幽霊になった理由を」
「……うん。もちろん。その代わり、ピヨ助くん。あたしが話し終わったら、キミが確認したいことも聞きたいな」
「ふむ、いいだろう。約束する」
わたしはミサキちゃんから離れて、ピヨ助くんの横に並ぶ。
ミサキちゃんはわたしたちをじっと見て、うんと頷いた。
「オッケー。それじゃ、話すよ。……本当に噂になっている通りだけどね」
色々あったけど、ようやく怪談調査の中核――幽霊ミサキちゃん本人の口から、話を聞けることになった。
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