校庭のサッカーボール・五「真相と事件」
「あたしが心臓に病気を抱えてるってハッキリわかったのは……高校に入る前。本当ならもっと早くわかるものらしいんだけど、ほら、変に運動神経よかったから。気付かずに無理してたっぽいんだ」
語り始めたミサキちゃん。足下には、さっきゴールしたはずのサッカーボールがある。
「倒れちゃってね。それでやっと、かなり悪いってわかった。でも……さ。今さらそんなこと言われてもって感じでしょ? あたしはサッカーが大好きで、高校も女子サッカー部があるこの学校に入学が決まってたのに。そりゃないよってね」
「じゃあ……続けたの?」
「うん、もちろん。騙し騙しね。お医者さんの言うこと聞いて、オーバーワークにならないように。試合にはフルタイムで出られなかったけど、あたし大活躍だったよ」
「さっきのシュート、すごかったぞ」
「うんうん! わたし、見惚れちゃった」
「へへ、照れるなぁ。頑張って練習したからね。ありがと」
ミサキちゃんは恥ずかしそうに頭を掻いて、リフティングを始める。
「だけど……練習中にまた倒れちゃって。今度は、本当にやばかった。その時死んでもおかしくなかったって」
「ミサキちゃん……」
「悔しかった。でもどうにもならなかった。東京の大学病院に入院が決まって、近くの学校に転校することになった。でもそこには女子サッカー部は無かったし、そもそも学校に通える身体じゃなくなってたよ」
「そうか……だから、この学校の校庭に現れるんだな」
「もう一度、ここでサッカーがしたい。入院している間、ずっと思ってた。絶対元気になってやる。みんなとサッカーするんだって。……でも、ダメだった」
サッカーボールが地面に落ちる。ミサキは転がっていくボールをじっと見つめ、やがて首を振る。
「日に日に身体が弱っていくのがわかるんだ。それが悔しくって……なんでこんなにやりたいのに、できないんだって、心臓を殺してやりたかった。……意味わかんないよね?」
「そんな……こと……」
わたしはミサキちゃんの顔を見て……思わず目をそむけてしまう
わかる、とは言えなかった。でも気持ちは痛いほど伝わってくる。
「最期は、テーブルに置いてたサッカーボールを抱えさせてもらったよ。サッカーのことばっかりねって、お母さん……泣いて」
「すまない。……辛い話をさせたな」
ピヨ助くんが謝って、話を止める。
もう十分だった。こっちから聞いておいて勝手かもしれないけど、これ以上は……辛い。
「……ううん。ま、そんなわけでさ。気が付いたらここで幽霊やってたよ」
「ミサキちゃん……」
わたしはミサキちゃんの手を取る。
やっぱりこの怪談話は、せつない。怖いと感じるよりも、悲しい。
「佑美奈ちゃん……。さ、あたしの話はこれでおしまい。これでいいかな、ピヨ助くん」
「っ……。あぁ、本当にすまなかったな」
「大丈夫。むしろ話せて少しすっきりしたよ。幽霊になって、そのことばかり考えてたから」
「それが『怪談話の幽霊』……だもんな」
ミサキちゃんはサッカーに未練があって、幽霊になった。
ピヨ助くんが怪談調査を続けるように、ミサキちゃんもサッカーのことばかり考えているんだ。何度も何度も、その時のことを思い返していたのかもしれない。
ピヨ助くんもそのことに気付いたみたいで、見ると……。
「あれ? ピヨ助くん、もしかして泣いてる?」
「泣いてないぞ! 泣いてるのは佑美奈の方だろ。ったく」
「あはは、ふたりともありがと。……さあ次はピヨ助くんの番だよ。キミが確認したかったことってなに?」
「おっと……そうだったな」
「そっか、その話がまだだったね」
わたしはミサキちゃんの手を離し、ピヨ助くんに身体を向ける。
ピヨ助くんは懐……羽毛の中からパッと手帳を取り出した。
そのついでに、サッと顔を拭ったのをわたしは見逃さなかった。
「正直、今の話を聞いた後にこんな話をするのは気が引けるんだが……」
「いいよ。気にしないで、話して欲しい」
「わかった。……昔、この学校で女子生徒がストーカーに襲われる事件があったそうだ。遅くまで部活の練習をして、その帰りにな」
「えぇっ? まさか……」
「安心しろ、というのもおかしいが……。女子生徒はストーカーを返り討ちにしている」
「か、返り討ち?」
「ストーカーの存在に気付いてたんだ。第一撃は避けたが、もみ合いになり……犯人が持っていたナイフは、そいつ自身に突き刺さった」
「文字通り返り討ちにしちゃったの?! うわぁ……。で、でも女の子は無事だったんだよね? だったら怪談と関係なくない?」
事件の話自体は衝撃的だけど、女の子が無事なら怪談にはならなさそうだ。確認するまでもないと思う。
「話は終わりじゃない。……佑美奈、想像してみろ。自分がその立場だったら、どうだ?」
「わたしが、返り討ちにしたらってこと……?」
襲われて、もみ合ってるうちに……相手にナイフが刺さってしまう。
完全に正当防衛だ。
でも……人が、目の前で死ぬ。わたしが……殺して……。
「わかんないよ、そんなの……。でも、まともじゃいられないと思う」
「そうだな。俺も、平然とはしていられないだろう。……もちろん、そこは被害者のメンタル次第ではあるが」
「うん……そうだね」
「だがな。この事件に関しては、メンタルではどうにもならない問題があった」
「え? どういうこと?」
ピヨ助くんは首を振り、間を開けてから続ける。
「実はそのストーカー犯、女子生徒の親戚だったんだ」
「えぇ?! うそっ……」
「赤の他人でも辛いのに、それが見知った親戚だったんだ。女子生徒は相当なショックを受けた。学校に通えなくなり、転校もしてみたがダメだったようだ。結局自責の念に堪えられず、自殺をしてしまった」
「救いがなさ過ぎるよ、ピヨ助くん……」
ミサキちゃんの話とは別の意味で、悲しい事件。救いのない、後味の悪い事件だ。
「へぇ……そんな事件があったんだ? 知らなかったよ……」
「ミサキちゃん……?」
わたしは振り返り、ミサキちゃんを見る。
なんだろう……さっきまでとは、雰囲気が違うよう、な……。
「ねぇ、あのさ。その事件のこと、いったいどこで聞いた――」
「だが! ミサキの話を聞いて俺は確信した。この怪談の真実は、ミサキが話してくれた内容で間違いない。ストーカー事件は、無関係だろ」
ピヨ助くんはそう言うと、事件のことが書かれたページをビリっと破る。紙片が宙を舞い――ふっと消えた。
「やはりこんな話はするべきではなかったな。……安心しろ、ミサキ。関係のない事件のことは破り捨てた。俺はちゃんとお前の話を手帳に書き記す」
「……そっか。あははっ、そうだよ、そんな事件、関係あるわけないよ」
「その通りだな。いやぁ疑問が解けてスッキリした」
ピヨ助くんは、ミサキちゃんの話を信じて、疑惑のページを破り捨てた。
でも……今の話は……。
「…………」
「佑美奈ちゃん? ……どうしたの?」
「えっ、う、ううん! ミサキちゃんの話を思い出しててね。またちょっと、うるっときちゃった。あははは……」
わたしは目元を拭い、笑ってみせる。
「そうだミサキちゃん。今度からさ、さっきのシュート。みんなにも見せるといいよ」
「シュートを? みんなに?」
「だって、パスもらったら消えちゃうんでしょ? もったいないよ」
「ああっ、そういうこと? 佑美奈ちゃんに褒められて嬉しかったもんなぁ。よーっし、次からそうしよう!」
「おいおい、怪談の内容が変わっちまうぞ?」
そう言って、三人で笑い合う。
とても怪談とは思えない、和やかな空気だ。
「さてと、だ。なんだかんだで遅くなったな。佑美奈、そろそろ帰った方がいいんじゃないか?」
「うそ、もう9時過ぎてる! やばいかも。……あ、帰れるんだよね? パスは出せたから」
「もちろんだ。気を付けて帰りなよ、佑美奈ちゃん」
「うん、ありがとう。ミサキちゃん」
「じゃあ行くぞ。怪談調査もばっちり終わった、今日は気分がいいぞ!」
ピヨ助くんが校舎の方に歩き出し、わたしもその後に続こうとする。
「バイバイ。佑美奈ちゃん。……ありがとうね」
「う、うん? ばいばい。ミサキちゃん」
わたしはミサキちゃんに手を振って、歩き出す。
そしてそのまま、校舎の影に隠れるまで、わたしは振り返らなかった。
じっと、見つめられている気がしたから。
「……ねぇ、ピヨ助くん。帰る前に聞きたいんだけど、さっきのあの事件。どこで知ったの? 新聞?」
「ん? あぁ、鳴美先輩だ。怪談話の調査内容と一緒に、ストーカー事件のレポートを見せてくれたんだよ」
「そっか、鳴美先輩かぁ……」
「見せてきたくせに、まったく説明なくてな。裏取りもしたんだが、レポート以上のことはわからなかった」
「ピヨ助くんも調べはしたんだね。……そのレポート以外にも資料があったんだ?」
「当然だろ。7年前の事件なんだが――いや、今からだと12年前か。それなのに資料が少なくてな、苦労したぜ。……つーか今思えば、無関係だったから先輩も説明しなかったんだな。ったくあの人は」
「ふぅん……。12年前なんだ」
「なんだよ。気になることでもあるのか?」
「ううん、なにもないよ?」
わたしは首を振って――嘘をついた。
怪談のことはピヨ助くんに全部話すべき。それはわかってるんだけど……黙っておいた方が良いと、直感的に思ったのだ。
ピヨ助くんは気付かなかったみたいだけど。
わたしは見てしまった。
ピヨ助くんがストーカー事件の話をした後、ミサキちゃんが――
――血まみれのナイフを握っていたのを。
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