校庭のサッカーボール・六「隠」
「なんか前にもこんなことあったなぁ……」
土曜日。わたしは一人、図書館の閲覧スペースで昔の新聞とにらめっこをしていた。
(どうしてわたし、こんなに調べてるんだろう)
先日の、怪談『校庭のサッカーボール』について。
怪談調査……ピヨ助くんみたいなことをしている。
本当はそれよりも甘い物を食べに行きたい。
それがわたし、弓野佑美奈なのに。
(……ミサキちゃん)
彼女と出会ってしまったから。わたしは……自分の中の疑問に、答えを見付けたかった。
ストーカー事件。
結論としては、怪談話とは関係無いということになった。
でも事件自体は実際にあった。鳴美先輩がレポートを作成し、ピヨ助くんが裏を取っているから間違いない。
わたしは今、ピヨ助くんが見付けたという資料――新聞を探していた。
事件は12年前に起きた。それを手がかりに探していたけど、これがなかなか見付からない。
ピヨ助くんも資料が少なくて苦労したと言っていたけど、少ないどころかまったく無いのだ。
だったらピヨ助くんにどれを見たのか、詳しく聞けばいいんだけど……この件はピヨ助くんには話せない。
(本当に……わたし、なにやってるんだろう?)
そう自問する度に、わたしはあの時のことを思い出してしまう。
ミサキさんが持っていた、あの……ナイフのことを。
(はぁ……あれはどういうことなんだろう? ナイフを持ってるなんて……思い出しちゃうよ)
わたしが最初に遭遇した怪談話。とい子さんの時と、少しだけ状況が似ている。
怪談調査を手伝うことになったのはピヨ助くんのせいだけど、始まりはとい子さんだ。
あれからいくつか怪談に巻き込まれたけど、一番印象に残っている。
怪談が、幽霊が、本当は怖いものだと教わった。
(だからなのかな。ミサキちゃんのことも、きちんと調べてあげたい。わたしだけでも、知っておきたい。…………あっ)
以前の怪談のことを思い出しながら、ぼんやりと新聞を眺めていたら……視線の先に『つけ回し事件』という小さな記事を見付けた。
これだ! わたしはバッと手で押さえ、そのまま記事に目を通す。
「部活動で遅くなった女子生徒が襲われる。もみ合いになり、加害者にナイフが刺さり死亡……。ピヨ助くんの話してくれた内容と一緒だ」
いいや、わたしが見付けたこの記事は、それよりもさらに情報が少ない。
犯人も死亡したからだろうか、名前が書かれていなかった。
(わかっていたけど……事件は本当にあったんだ)
ピヨ助くんの話を信じなかったわけではない。
だけどどうしても、自分でその証拠を見たかった。
そして、知りたかった。
サッカー少女だったミサキちゃんが、どうしてナイフを持っていたのか。
(やっぱり、事件は無関係じゃない)
仮にこの事件で襲われた女子生徒がミサキちゃんだったとして。
どうして怪談話は、サッカー少女の話になったんだろう?
実際にサッカーが上手かったから?
(怪談が改変された、とか)
怪談話は人が話し伝えていく段階で、内容が変わってしまうことがある。
より面白く。より恐ろしく。より印象に残るように。
時には、肝心な部分がそぎ落とされてしまうことさえある。
それが怪談話の性質だから。
……ピヨ助くんから教わったことだけど。
実際にそういうことがあるんだって、わたしはもう知っている。
「でもそうだとしたら、かなり改変されてるってことだよね。改変の理由まではわからないし……やっぱり、わたし一人じゃ限界あるなぁ」
ミカちゃんの力を借りれば、詳しいことがわかるかもしれない。
でも今回のこれは……あまり話を大きくしたくない。
ピヨ助くんに話さないのと同じ理由だ。広げてはいけない気がする。
自分でもどうしてそう思うのかわからなかった。
だけどこうして調べていくうちに……だんだん、わたしの中にある『それ』が、はっきりと形を作り始めていた。
(もしかしたらミサキちゃんは、この事件のことを……隠したい?)
新聞には書いてないけど、ピヨ助くんの話ではストーカー犯は親戚だったという。
ミサキちゃんがそのことを隠したがっているのだとしたら……。
それはそのまま、怪談の改変理由にならないだろうか?
(幽霊自身の意志で改変……か。ないこともないんだよね)
周りの噂話に左右される怪談話だけど、ある程度幽霊の意志も反映されるみたいだし。
今までの怪談調査でもそういうことはあった。
ミサキちゃんはストーカー事件の被害者ではなく、ただのサッカー少女の幽霊として怪談を広めていた。
だとすると……ミサキちゃんの本当の未練は――。
ぞくっ。
「――っ!!」
そこまで考えた瞬間寒気を感じ、わたしは驚いて辺りを見渡す。
わたし以外、閲覧スペースには誰もいない。静かな図書館。
心臓がドキドキと脈打つ。早くなった鼓動が落ち着くのを待って……
「根拠はなにもないよね。全部、わたしの想像だし。……うん。調べるの、ここまでにしよう」
わたしは慌てて資料を片付け始める。
そうだ、どこかケーキでも食べに行こう。怪談調査なんて忘れて、甘い物を食べるんだ。
わたしは早速、どこのお店に行こうか考え始める。定番の星空? 足を伸ばして『しらゆき』もいい。プリムスイーツやアウラ・ケーキも食べに行きたい。
色んなケーキに想いを馳せながら、片付けをしていると……ふと、違和感を覚えた。
片付けるために手に取った新聞。これは……。
「…………あれ? これ13年前の新聞だ。間違えて持って来ちゃったかな」
まだ読んでない新聞の中に、12年前ではなく13年前のものが混ざっている。
わたしはなんとなく、その新聞を広げてみた。
するとちょうど地方欄で、千藤第一中学校の名前が目に飛び込んできた。
わたしも通っていた、地元の学校だ。
「千藤第一中学校、サッカー部が全国大会出場……。へぇ、そんなことがあったんだ。……うん?」
その記事を読んでいくにつれて、わたしの目は大きく見開いていく。
「紅一点、エースの
これって、ミサキちゃん?
千藤高校に入る前、まだサッカーがやれた頃の記事……。
『日に日に身体が弱っていくのがわかるんだ。それが悔しくって……なんでこんなにやりたいのに、できないんだって、心臓を殺してやりたかった。……意味わかんないよね?』
あの時、そう語ったミサキちゃんは。
悔しくて、今にも泣き出しそうな……笑顔だった。
「そうだよ……ね。あれが嘘だとは、わたしは思えない」
ミサキちゃんが幽霊になったのは、サッカーに強い未練があったからだ。
他に理由なんてない。
同時期に変な事件があったせいで、ナイフなんて持つようになったんだ。
わたしが聞いた話にはナイフは出てこないけど、探せばナイフが出てくるバリエーションもあるに違いない。
うん、きっとそうだ。
「あーあ、午前中無駄にしちゃった。うー…………よしっ。早く片付けて、ケーキ食べに行こう」
結局あの時出した結論に落ち着いた。無駄にがんばって調べてしまった。
軽い徒労感に襲われたわたしはテーブルに突っ伏し、でもすぐにケーキをバネに勢いよく立ち上がる。
片付けを再開し、最後に13年前の新聞をしまおうとして……。
「あれ? 無い……。司書さんが片付けてくれたのかな」
お礼を言おうとしたけど、近くに司書さんの姿は見当たらなかった。
「しょうがないか。お腹空いてきたし早く行こう」
そういえば結局どこのお店に行くか決めてない。
いっそのこと、ハシゴしちゃおうかな。お昼ご飯に星空で、おやつにプリムスイーツ、夕方にアウラ・ケーキとか。
うん、名案だ。わたしはスキップしそうになるのを堪えて、出口に向かう。と……。
てん、てん、てん……。
後ろからボールが転がるような音がして、振り返る。
だけどそこには誰もいない。静かな図書館があるだけだった。
*
ピヨ助が破り捨てた手帳のページ
ストーカー事件
部活の練習で遅くなった女子生徒が、ストーカーに襲われた。
犯人は無理心中でも図ろうとしたのか、ナイフを持ち出していた。
一方、女子生徒はストーカーの存在に気付いていた。数日間あとをつけられていたからだ。
警戒していた女子生徒は、襲撃に素早く反応し、ナイフを持った犯人の腕を取る。
そのままもみ合いになり、やがて……犯人にナイフが刺さってしまった。
ストーカー犯はそのまま死亡。当然、女子生徒には正当防衛が認められる。
しかしこの事件。
女子生徒にトラウマを植え付けるだけでは終わらなかった。
死んだストーカー犯の正体が、女子生徒の近所に住む親戚だったのだ。
事件の真相を隠すため、家族は事を公にはせず、女子生徒も転校することになる。
だが女子生徒は、親戚を殺してしまった自責の念に堪えられず、その後自殺をしてしまったという。
◆
「事件なんて無かったんだよ。あたしは病気で死んだサッカー少女で――
幽霊よりも甘味が食べたい
第5話「校庭のサッカーボール」了
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