第6話「第2会議室の呪い」
第2会議室の呪い・壱「雨の日の怪談」
「第2会議室の呪い」
校舎1階にある第2会議室。
ここの天井には、人の形をした呪いの染みがあったという。
昔、校舎の建設中に事故が起きた。
雨の中工事を行い、作業員の一人が足を滑らせて転落してしまったのだ。
校舎はその後完成するが、しばらくすると天井に染みが浮かび上がり、人の形をしているように見えたことから、死んだ作業員の怨念だと言われるようになった。
ある雨の日。学校の生徒が噂の染みを見るために、会議室に忍び込んだ。
天井の染みは確かに人の形をしていた。
片手を挙げ、なにかを訴えるような……。不気味な雰囲気があった。
生徒はふと思いついて、染みに向かって声をかけてみることにした。
「雨が降ってるよ、降りてきて」
瞬間、部屋が僅かに暗くなり、雨が入り込んだようなじめっとした空気が流れた。
さすがに生徒は気味が悪くなり、慌てて会議室を出る。
早足で廊下を歩くと、誰かが追いかけてくる気配を感じて振り返った。
そこには誰もいなかったが……何故か所々水で濡れている。
まるで、追いかけてくる足跡のように。
生徒は恐ろしくなり、走って校舎を後にした。
しかしその後も、生徒の周りでは奇妙な出来事が続いた。
視界の端に濡れた女の人が見えた。
ばんっ! という音ともに部屋の窓に手形が付けられた。
雨の中歩いていたら足首を掴まれた。
道の先に作業着姿の男が佇んでいて、じっと生徒を睨んでいた……。
生徒は次第にノイローゼになり、ついには車道に飛び出して車に轢かれてしまった。
以来、それは天井の染みの呪いだと噂されるようになる。
数年前に天井の張り替えが行われ、染みは無くなったが、呪いは残っているという。
「って怪談が流行ってるんだよ~」
「ふぅん……」
ミカちゃんの話に、わたしは素っ気ない返事をした。ミカちゃんは笑って首を傾げた。
「あれ~? これくらいの話じゃもう満足できないか~」
「えぇ? 違うよ、わたしは……その、怪談話なんか興味無いっていうか……」
「今さら誤魔化さなくていいのに~。怪談話を好きになるのは恥ずかしいことじゃないし~。あたしは話を聞いてもらえて嬉しいんだから」
「うっ……」
ダメか。
怪談話が好きになった、という誤解をいい加減解いてしまいたいんだけど、上手くいかなかった。もう無理なのかな……。
「安心していいよ~。ゆみゆみが一番好きなのは、甘い物だってわかってるから~」
「うん。そこだけは絶対に間違えないでね」
それをわかってくれてるなら、まぁいいか。
学校の休み時間。話好きの友だちミカちゃんは、今日もわたしに怪談話を教えてくれる。
もともとわたしは怪談とか幽霊には興味がない。
信じてるわけでも、信じていないわけでもなかった。
だけど……わたしはもう、本物の怪談にいくつも遭っている。
怪談も、幽霊も。信じるしかなくなってしまった。
今回ミカちゃんが話してくれたのは、第2会議室が舞台の怪談。
さっきは素っ気ない返事をしてみせたけど、呪われて怪現象に遭うというのは、結構怖い話だ。ただ……。
「……第2会議室って、確かほとんど使われてない部屋だよね?」
「そうそう。先生たちも2階の第1会議室ばっかり使ってるみたいだからね~。たまに大掃除で生徒が入ることもあるけど、いつもは鍵がかかってて入れないよ」
「そうだよね。会議室には鍵がかかってるから、その怪談は誰も試せないね」
「あ~……ゆみゆみ頭いい~。そうだよねぇ、先生もそんなことのために鍵を貸してくれないよね~」
「うん、会議室には絶対入れないよね」
大事なことなので、わたしは念を押す。
会議室には入れない。怪談は試せない。
「ゆみゆみ、随分そこにこだわるんだねぇ」
「そ、そうかな? でも大事なことだと思って……」
「安心しろ。俺がするっとドアをすり抜けて、内側から鍵を開けてやるから」
「……開けなくていいよ」
「え? なに? なんて言ったの~?」
「う、ううん? なにも言ってないよ。あはははは……」
横から突然割り込んできた声につい返事をしてしまい、わたしは慌てて誤魔化す。
もう……そのうち独り言多いって言われちゃうよ。
ちらりと、今話しかけてきた黄色い物体……一応幽霊を……見る。
ピヨ助くん。わたしと同じくらいの背丈がある、大きなヒヨコ姿の幽霊。
生前は人間で、この学校の生徒だった。
死んでも怪談調査を続けたい。その執念で、ピヨ助くんはこの世に留まり、幽霊となった。何故か、ヒヨコの姿になって。
わたしはそんなピヨ助くんに取り憑かれてしまい、契約をして、怪談調査を手伝っている。
どうも幽霊は他の幽霊に会うことが出来ないらしい。
だけどわたしが怪談に遭えば、わたしを介してピヨ助くんは幽霊と話すことができるのだ。
つまり協力というのは、わたしが怪談に遭うということで……これまでにいくつかの怪談を体験してきた。
危ない時もあったけど、魅力的な見返りがあるからわたしは協力を続けている。
とっても甘くて美味しいドーナツ。
このためなら、怖い思いをしたって構わない。……あんまり危険なのは遠慮したいけど。
「やはり次の怪談調査はこれだな。台風の影響で雨が多いから、ちょうどいいと思っていたんだ」
うわ、やっぱりそうなるか。
報酬のドーナツは食べたいけど……。
今回の内容、呪いとか、遠慮したい部類なんだけどなぁ。
ちなみに、わたしに取り憑いているピヨ助くんは、わたしにしか見えないし声も聞こえない。
さっきみたいに返事をしてしまうと、変な人だと思われてしまうから気を付けよう。
「でもさ~ゆみゆみ。この怪談やっぱり怖いと思わない? 天井の張り替えした時も事故があったって噂だよ~」
「え……それって」
「怪我をした人がいるってだけで、死んだりはしてないみたいだけどね~」
「ほう、よく知ってるな。それは本当だぞ。作業員が転落して足を骨折したそうだ」
「うぅ……それも呪いなの? なんで染みが無くなったのに呪いだけ残るの?」
「さぁ~? あ、ゆみゆみちょっと怖がってる!」
「あ……あのね? ミカちゃん。怪談話に興味がないだけで、怖い話はやっぱり怖いんだからね? 怖くないだなんて言ってないよ?」
しかも調べ尽くしたであろうピヨ助くんの補足説明が入るのだ。怖くもなる。
「そうだけどさ~。ゆみゆみってあんまり動じないから。甘い物があればなにも怖くなさそうだよね~」
「ミカちゃん、わたしをなんだと……。確かにそうだけど」
「認めるんだ~」
「認めるのかよ……」
もう、ちょいちょい割り込んでこないでってば。ピヨ助くん。
「でもそうだね、この怪談、最近流行った怪談の中ではかなり怖い方かも! 呪いだもんねぇ」
「……うん。わたしもそう思う」
大丈夫なんだろうか、こんな危険な怪談を調べて。これ、わたしがその呪いを受けることになるんだよね?
やっぱり遠慮したいなぁ。
「佑美奈。当然だが、この怪談は雨の日限定だ」
ピヨ助くんの言葉に、わたしはそっと窓に目を向ける。
「雨……止みそうにないね……」
霧のように細かい雨が、静かに降り続いていた。
「そうだね~。もうすぐ10月なのに、雨のせいでむしむしするよ~」
「つまり今日は絶好の調査日和だということだ! 今日調査するぞ!」
ぐったりするミカちゃんと、テンションが上がりぴょんぴょん跳ねているピヨ助くん。
二人の対照的な姿を見て、わたしはこっそりため息をついた。
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