第2会議室の呪い・弐「第2会議室」


 数時間後……昼休み。

 昼ご飯を食べたあと、わたしはピヨ助くんと共に、校舎1階にある「第2会議室」の前へとやってきた。


「よし、待ってろ。今開けてやる」

「……今じゃなくていいんだけどなぁ」

「なんか言ったか?」

「なにも言ってないよー」


 もう、わたしはなにも言える立場にいなかった。

 まさか昼休みに、とっても甘くて美味しいドーナツを出されるとは思わなかったから。

 そんなもの、食べるに決まってる。それが例え、危険な怪談調査の依頼料だとしても。迷わず食べる。

 ……正確には出された瞬間我を忘れて食べてしまったんだけど。


 でも2つ出されたドーナツのうち、食べられたのは1つだけだった。

 残りの1つはピヨ助くんが持っている(どこに隠したのか見えないけど)。

 怪談調査が終わるまで、お預けなのだ。


 そんなわけでわたしは、怪談調査を拒否することができない。


 あぁずるい。あのドーナツさえなければ……。


(あ、それはダメ。ドーナツは絶対食べたい)


 結局どうしようもないのだ。ドーナツを出されてしまえば、わたしは逆らうことができない。ピヨ助くんの手伝いをするしかない。

 いつまでこれが続くんだろう?


「じゃ、行ってくるぞ」


 ピヨ助くんは本当にスルっとドアをすり抜けて、ガチャっと鍵を開けた。

 もうごちゃごちゃ考えてても仕方がない。

 わたしは廊下に誰も居ないのを確認して、そっと中に入る。


 ほとんど使われていないからだろう、埃の匂いがする。

 カーテンは開いていて、電気を付けなくても部屋を見渡すことができた。

 と言っても会議室。中はシンプルなもので、長机がコの字に並べられ、そこにパイプ椅子が置かれているだけだった。あとは奥に掃除道具が入ってそうな縦長のロッカーが1つある。そして、


「天井、きれいだね」


 話の通り、天井に染みは無かった。


「張り替えたからな。呪いは健在だが」

「……ねぇ、本当に『あれ』を言うの? わたし、呪われちゃうってことだよね?」

「そうしないと調査できないからな。早くしろ。呪われろ」

「わたし死にたくないよ?」

「真相を解明すれば呪いも解ける。だから安心しろって」


 それって安心できるのかな……。

 ピヨ助くんの調査能力は認める。けど……完璧じゃないからなぁ。


「幽霊と話をすることができれば、真相が解明できる。これは俺と鳴美先輩で見解が一致しているんだ」

「えっ……鳴美さん?」

「結局怪談は試せなかったが、しっかり調べて出した結論だ」

「そうなんだ……」


 鳴美さんのお墨付きがあるなら……大丈夫かな?


「わかったよ、言うよ」

「よしよし。俺の怪談調査を信じてくれるんだな」

「う、うん。信じるよ」


 どっちかというと鳴美さんの調査をだけど。


 わたしはちらりと、窓の外に目を向ける。相変わらず鬱陶しい霧のような雨が降り続いていた。怪談に遭う条件は整ってしまっている。


(本当に呪われちゃうんだろうなぁ)


 ピヨ助くんが出してくれるとっても甘くて美味しいドーナツを食べ続けてたわたしは、霊感が上がっているみたいだから。条件を満たしていれば、ほぼ確実に怪談に遭う。


 ……これもあのドーナツを食べるため。

 呪いは怖いしやっぱり遠慮したいけど……鳴美さんの調査と、ピヨ助くんの言葉を信じよう。


 わたしは勇気を出して、あの言葉を口にする。



「……雨が降ってるよ、降りてきて」



 その瞬間……。

 突然濃い雨雲が空を覆ったのか、部屋がふっと暗くなった。

 昼間だから真っ暗ではなくて、周りも一応見えてはいるけど、隅の方は見えない。


 これって、本当に……。


 寒気を感じると同時に、じめっとした纏わり付くような風が吹き抜けた。

 気持ちが悪い。

 わたしは急いでドアを開けようとして……つい引き寄せられるように、天井に視線を向けてしまった。



 そこには、今はもうあるはずのない……人の形をした染みが浮かび上がっていた。



「ひっ……」


 わたしは慌てて会議室から外に出た。

 そのまま早足で、駆け出すように離れる。


「ぴ、ピヨ助くん? いる?」

「ちゃんといるぞ」


 後ろからピヨ助くんが返事をしてくれるけど、振り返らずに歩き続ける。


「どうやら成功したようだ」

「成功って! ……そうだけど、本当にこれ大丈夫なの?」

「たぶんな」



 ぱしゃん!



「えっ?!」


 後ろからそんな音がして、わたしは結局振り返ってしまう。

 見ると廊下は、バケツをひっくり返したように水浸しになっていた。


「この水……! どこから?」

「……怪談の通りだな。ちょいと派手だが。おい佑美奈、とりあえず教室に戻れ」

「い、言われなくても逃げるよ!」


 わたしは今度こそ全力で走って、2階にある自分の教室に駆け込んだのだった。

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