幕間

幕間・「怪談とドーナツ」


「そういえば佑美奈。鳴美先輩の夢を見ていたのに、俺に黙っていた理由だが」

「あっ! それ、あの時ちゃんと話したでしょ? まだ引っ張るの?」


 夏休みの学校。『しらゆき』に行ったことの報告も終わり、わたしとピヨ助くんはそのまま教室でくだらない話をしていた。

 ところが突然、ピヨ助くんが怪談調査の時の話を引っ張り出してきたのだ。

 夢の件は、開かずの教室を出た後、喫茶店『星空』に場所を移してたっぷり話したのに。

 わたしがじろっと非難の目を向けても、ピヨ助くんはまったく気にせず話を続ける。


「お前が俺に話さなかったのは、あのドーナツを食べたことで、俺の中を覗き込んでしまったんじゃないか、そう思ったからだったな?」

「うぅ……そうだよ。……違ったけどね?」


 ピヨ助くんが出してくれる、とっても甘くて美味しいドーナツ。

 あれを食べ続けたことで、わたしはピヨ助くんの記憶だとか、心の中だとか、そういうものを見てしまったのではないかと思ったのだ。霊的な繋がりとかリンクがどうとか説明されたのもあって、そうだと思い込んでいた。

 だからわたしはピヨ助くんに話せなかった。そういうのって、勝手に見ていいものじゃないと思うから。他人の日記を見てしまった時のような気まずさがあって、話すのを躊躇ってしまった。


 結局それはわたしの思い違いで、本当は鳴美さんとリンクしていたのだとわかり――今思うと、わたしは鳴美さんに助けてもらっていたんだなぁ――ようやくピヨ助くんに話すことができたのだ。


「安心しろ。今さら蒸し返して文句を言いたいわけじゃない」


 ピヨ助くんは机の上にあった中身の無い紙袋を羽で撫でる。すると、手品のようにふっと消えてしまう。


「俺が生み出したドーナツを食べることで、佑美奈の霊感が上がっているのは間違いない」

「……鳴美さんにも言われたからね。うん」

「でも、食べるのをやめるつもりはないんだろ?」


「もっちろんだよ! 絶対やめないよ? やめられるわけがないよ! こんなに美味しいんだもん。食べ続けるよ!」


 わたしは机に手をついて立ち上がり、宣言した。


「あーうるさいうるさい。わかってるっつーの」

「やっぱ雑になったよね、ピヨ助くん……」


 ちょっと悲しくなって椅子に座り直す。ピヨ助くんは呆れ顔で、


「前からこんなもんだろ。……とにかくな。別に、俺も止めはしない。佑美奈に協力してもらわなければ、怪談調査ができないんだ」

「うんうん。ギブアンドテイクだね」

「そういうこった。……だからあんまり気にするなよ」

「……気にするなって? なにを?」


 ピヨ助くんはふわりと浮かび上がり、羽をわたしに向けた。


「いいか、お前はが第一だな?」

「うん。なにを今さら」

「そして俺は、調が一番だ」

「そうだね。よく知ってるよ」

「だからな」


 こほんと、器用に羽を口元に当てて咳払いをしてから、続きを口にする。


「別に俺の記憶を見ようが、心の中を見ることになろうが、気にする必要はない。そんなものお前とリンクした時点で覚悟の上だ! 俺はそんなことより怪談調査が一番なんだからな!」


「ピヨ助くん……そっか」


 どうやらわたしは、ピヨ助くんのことを見くびっていたようだ。

 彼の怪談調査に懸ける執念は、わたしの甘い物に懸ける想いのそれと同じ。

 なにを置いてもそれを最優先にする気持ちは、わたしにもよくわかる。


「わかったよ、ピヨ助くん。これからもわたしは、遠慮無く、ピヨ助くんの出してくれるとっても甘くて美味しいドーナツを食べ続けるからね。その代わりわたしも」

「ああ。俺の怪談調査にしっかり付き合えよ。佑美奈」


 わたしとピヨ助くんは笑顔で握手をする。

 もちろんピヨ助くんのは羽で、握るとふわっふわした触り心地。


 の、はずなんだけど。


 一瞬だけ、男の人のゴツゴツした手の感触がしたのだった。




「あ、そういえば。名前、九助くんって呼んだ方がいい? それともピヨ助くん?」

「好きにしろそんなの!」

「じゃあピヨ助くんでいっか。慣れてるもんね」

「お前は『怪談・甘い物はわたしのもの』な」

「やめてよ! そんな怪談話作らないでよ?」

「どうした『怪談・甘い物はわたしのもの』。落ち着けよ」

「ピ……九助くんこそ! 鳴美さんに言いつけるからね!」


「あー……やっぱ、お前にそう呼ばれるのは、なんか変だな。俺も戻すから、戻してくれ」

「そうだね、わたしもピヨ助くんの方が呼びやすいよ」

「それでよろしく頼む。佑美奈」

「うん。これからもよろしくね。ピヨ助くん」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る