失われた怪談話・参「目の前にある答え」


 わたしは屋上で、風見鶏に手を伸ばしたはずだった。



「ひっく……ひっく」

「……もう泣くなよ。お前は悪くないんだから」


 泣いている女の子を、男の子が慰めている。



「ぜ、善太郎くんに、ありみちゃん? あれ? 校舎裏?!」



 気付いたら、そこは。大きな杉の木の前にいた。


『杉の木のつかいさま』


 先日調査したばかりの怪談だ。



「お、やっと来た。遅いんだよ、ゆみな」

「えぇ? どういうこと? なにがなんだかわからないんだけど?」

「……別に、僕たちは本当に悪くないんだし、こんなことまでしなくていいと思うんだけどさ」


 わたしの問いには答えず、善太郎くんはそっぽを向く。


「ありみがずっと泣いてるから……」

「ひっく……佑美奈おねえちゃん、ごめんなさ……うぇぇぇ~ん……」


 ありみちゃんは謝ると同時に、大泣きし始めてしまった。


「あ、ありみ! 泣くな! うぅ、こういう時どうしたらいいんだよっ。わかんないよっ」


 今がどういう状況なのか、わたしはまったくわかっていない。

 だけどふたりの姿を見て……。


(……ふたりとも、まだ子供なんだよね)


 わたしはありみちゃんの正面にしゃがみ込んだ。


「ありみちゃん。もしかして……ピヨ助くんとの縁を切ったこと、謝ってくれてるの?」

「うん……私のせいで……おねえちゃんたちが~……」

「ゆ、ゆみなが悪いんだぞ。あれだけ間違えるなって言ったのに!」

「ひっく……で、でも……切ったの……私……うわぁぁん」

「ありみちゃん……」


 そっと、ありみちゃんの頭を撫でる。


「ごめんね、ありみちゃん。善太郎くんの言う通り、わたしが間違えたのが悪いんだよ」

「うぅ……。でも、佑美奈おねえちゃん……。、間違えたんでしょ?」

「それは……」


 ふたりに向かって、縁切った、なんて。

 躊躇ってしまって、それで間違えたのだ。


「ひっく……。だったらやっぱり、私が悪いんだよ~」

「…………ちっ」


 善太郎くんは今度は反論せず、俯いて舌打ちするだけだった。


 本当にふたりはまったく悪くないのに。

 ただ、怪談の幽霊だから。

 ……ううん。そういう、死に方をしてしまったから。



「ありみちゃん、善太郎くん」


 わたしは両手を広げて、ふたりをまとめて抱きしめる。


「な、なにするんだゆみな!」

「佑美奈おねえちゃん……?」


「わたしの方こそ、本当にごめんね。……縁切った、なんて言って。幽霊になった時と、同じ想いをさせるようなこと言って。ごめんね」


 ありみちゃんだけじゃない。善太郎くんもだ。ふたりとも、親しい人の手で別れを告げられていたのだ。


「わたしはふたりと縁を切らないよ。……せっかく会ったんだもん」

「ゆみな、なに……言ってん……だよ」

「佑美奈おねえちゃ~ん! うわあぁぁん!」


 ふたりの肩の震えが止まるまで、わたしは優しく抱きしめ続けた。





「……ありがとう、佑美奈おねえちゃん。でも……」


 ようやく落ち着いたありみちゃん。わたしがふたりを放すと、心配そうな顔でありみちゃんが聞いてくる。


「大丈夫……なの? ピヨ助おにいちゃん……」

「うん。あのね、わたしとピヨ助くんの縁は、完全には切れてなかったんだよ。だからここに来ることもできた」


 失われた風見鶏の怪談に遭えた。

 ……屋上からどうしてここに飛んだのかはわからない。

 時間が関係している風見鶏の怪談のせいかもしれないけど、確証はなかった。


「考えようによっては……今回のことがあったから、ピヨ助くんが幽霊になった真相に近付けるんだよね。縁も切れてなかったし、ピヨ助くんの謎もわかる。だからきっと、これでよかったんだよ」

「佑美奈おねえちゃん、前向きだね」


 ようやくありみちゃんが、笑顔になってくれた。

 思わずもう一度抱きしめたくなったけど……わたしはそっと立ち上がる。


「それじゃ、わたしはピヨ助くんのところに行くね。って、どうすればいいんだろ、また屋上に行けばいいのかな」

「……ゆみな、この杉の木に触れ」

「杉の木に……?」


 善太郎くんに言われて、わたしは杉の木に近付く。


「杉の木が、ピヨ助の居場所を教えてくれる」

「そうなの? うーん……よくわからないけど、やってみよっかな」


 そっと、杉の木に手を伸ばしたところで――



「ゆみな!」

「えっ、なに?」


 わたしはビックリして振り返る。

 善太郎くんは一度そっぽを向いたけど、すぐにわたしに向き直り、じっと見つめてくる。


「……ごめん、なさい」

「ぜ、善太郎くん? それはもう――」

「いいから! ……ありみにだけ謝らせるのは、おにいちゃん失格だからな」

「おにいちゃん……」

「……そっか。じゃあさ、善太郎くん。今度からお別れの言葉、こういう風に変えない?」


 わたしは小さく頭を下げる。



「つかいさま、つかいさま。またよろしくお願いします」



 ふたりはぽかんとしていたが、すぐに笑顔になる。


「それいいな」

「うん、いいよね」


 わたしは満足して、杉の木に向き直り、手を伸ばす。


「……またね。今度は、友だちと占いにくるね」





 触れた瞬間、ふっと杉の木が目の前から消えた。

 今度こそ、ピヨ助くんのところに……?


 わたしはいつの間にか、薄暗い場所にいた。どうやらどこかの部屋の中らしい。

 だんだん目が慣れてくると、部屋の様子がわかる。コの字型に並べられた長机、パイプ椅子。そして埃の匂いのするこの部屋は……。


「だ、第2会議室? どうしてここに……」


 思わず天井を見てしまう。そこには、人の形をした染みがあって――


「ゆみなちゃん」


 ――すぐ後ろから、聞き覚えのある声がした。




                  *




「ゆみなちゃん」


 聞き覚えのある声に呼ばれて、わたしは振り返った。


「みずるさん――うわぁぁ! 近いですよ!」


 目の前にみずるさんの顔があって、驚いてしまう。

 ……そういえば怪談調査の時も、こんな登場だったなぁ。


『第2会議室の呪い』


 みずるさんは、その怪談の幽霊だった。でも……。


 背中にピッタリくっつきそうなくらい近くにいたみずるさんが、そのまま後ろから抱きついてきた。


「よかった、もう一度会えて」

「みずるさん……。で、でもこれって、どうなってるんですか? どうして……?」

「うん? どうして私がここにいるのか、ってこと? それとも、どうしてここに来てしまったのか、かな?」

「両方ですよ……」


 善太郎くんとありみちゃんのところに飛んだのは、ピヨ助くんとの縁が切れた直接の原因だったからまだわかる。

 だけどみずるさんは今回のことに関わっていない。


「両方かー。そうよね、私ってたぶん成仏したんだもんね」

「たぶんって……」


 みずるさんが身体を離す。わたしは振り返ってみずるさんと向かい合った。


「ねぇゆみなちゃん。ここ、きっと

「時間が、関係ない……? あ、もしかして風見鶏……」


 天を眺める鶏は、時間をくるくる回してる。


「いまこうしてゆみなちゃんと話しているわたしは、ここから解放されて消えてしまう直前の『私』なんだと思う。あの時のことは、全部覚えてるから」

「消えてしまう直前……。みずるさん本人が言うなら、もうそういうものだと思うしかないですね」


 失われた風見鶏。実はものすごい怪談話なのでは?

 あまり広まらなかったみたいだけど、内容だけ見たらとんでもない話だ。


「ゆみなちゃんがここに来た理由は、わたしにはわからない。きっとなにか意味があって、ここにいるんだと思うよ」


 わたしが第2会議室に来たことには、意味がある…。


 今回のことに関わっていなくても。きっと、無関係ではないんだ。なにかがあるから、わたしはここに飛ばされたんだと思う。理由はまだわからないし、そもそもいまの状況だって理解できていないけど……。無意味ではないはずだ。


「でもね、ゆみなちゃん。私はなんだっていいんだ」

「えっ……?」

「私はもう一度ゆみなちゃんに会えたのが嬉しい。あの時のお礼が言えるんだから」

「お礼なら、あの時に十分してもらいましたよ。呪いも解いてもらったし」

「足りないくらいなのよ。呪いを解いたのは私自身のためでもあったんだから。……ゆみなちゃん」


 みずるさんがわたしの手を取る。


「私はあなたに救われた。すべてを思い出した時、抱きしめてくれたのはあなただった。だから……本当に、ありがとう」

「みずるさん……。なんかちょっと、照れくさい、ですね」


 面と向かって、こんな風に感謝されるのは、慣れていないかも。顔が赤くなってしまう。

 わたしは照れ隠しに、こんなことを言ってしまう。


「わたしはピヨ助くんにのせいで、霊が見えるようになって。報酬のドーナツが食べたいから、怪談調査を手伝ってきただけなんですよ」

「本当にそれだけが理由?」

「……え? それは」


 言葉に詰まってしまう。

 他に理由なんてない。そう答えることが、できなかった。

 最初は間違いなく、報酬のとっても甘くて美味しいドーナツのためだけだった。

 だけど……今は?


「わかり……ません……」

「そっか。でもね、ゆみなちゃん。答えはきっと、目の前にあるよ」

「…………」


 わからない。目の前にあると言われても、わたしは答えを見付けられない。

 でも否定はできなかった。

 答えはでないけど、みずるさんの言う通りなのかも知れないって、どこかで思っている。



「さ、ゆみなちゃん。そろそろピヨ助君を探しに行かないとじゃない?」

「あっ、はい。そうですね」


 もちろん忘れていない。わたしは今、ピヨ助くんを探している。

 ピヨ助くんを見付ければ、答えも見付かるかな……?


「私はここでお別れね。この会話が終わったら、今度こそ私は消える。あの忌々しい呪いの記憶から、解放される」

「みずるさん……」

「正直な話ね、私は消滅でも、成仏でも、どっちでもいい。呪いから解放されるならなんでもいいと思ってた。だけどね」


 窓から陽が射して、薄暗かった第2会議室が明るくなっていく。

 みずるさんの身体が、だんだん透き通っていく。


「もう一度ゆみなちゃんと話せて、思った。やっぱり消滅は嫌だなって。人が死んで、成仏したらどうなるかなんてわからないけど。もし天国とか地獄とか、死後の世界みたいななにかがあるのなら、みんなにゆみなちゃんのこと、話して聞かせたいから」

「あはは……。変な噂、流さないでくださいよ?」

「だいじょうぶ。とっても甘い物好きの女の子がいるって言いふらしておくね」

「よかった、それならいいですよ。その通りですから」

「いいんだ……。わかった。甘い物好きで、とっても優しい女の子に救われたって、自慢するからね」


 そう言うと、みずるさんは笑顔になる。無邪気な、いたずらっぽい笑顔に。

 だけど、それもすぐに見えなくなって……。


「あっ……みずるさん! わたし、みずるさんに会えてよかった! 呪われた時に会ったのが、みずるさんでよかったです!」

「ゆみなちゃん……。嬉しいよ。本当に、ありがとう」


 みずるさんが完全に消えると同時に、一際強い風が吹く。

 わたしは思わず目を瞑ってしまい――



 ――目を開けると、わたしは校舎の外にいた。


「……あれ? 校庭?」


 すぐにここが校庭だとわかった。グラウンドの端っこに、ぽつんと立っていた。

 どうやらまた飛ばされたみたいだ。

 そして――



 ぽーん、ぽーん、ぽーん。



 ボールの跳ねる音が聞こえてくる。



「あ、本当に来た。佑美奈ちゃん」

「み……?!」



 グラウンドの中央。サッカーボールでリフティングをしているミサキちゃんがいた。

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