失われた怪談話・弐「すべてに意味がある」
「鳴美さん、なんでここに……?」
「ゆみちゃんを待ってたんだよ」
わたしは鳴美さんに駆け寄る。
鳴美さんは両手を広げた。
だけど……。
「だ……」
「……だ?」
「だめじゃないですか早く帰らないと!」
「ゆ、ゆみちゃん?」
わたしの大声にさすがの鳴美さんも驚いて、後ろに下がる。わたしは追いかけるようにずいっと顔を近付けた。
「
「ご、ごめん。でもね?」
「でもじゃないです! 開かずの教室から解放されてから結構経ちますよ? わたし『しらゆき』に行って何度か友紀子さんとお会いしてるんですけど、まだ起きないって話をどんな気持ちで聞いてるかわかりますか?」
鳴美さんは制服姿で、わたしが知っている鳴美さんだった。
神隠しに遭ってから6年経っているはずの鳴美さんではない。目を覚ましたわけではないのは一目瞭然だ。
「それについてはほんとーーーーに申し訳ないんだけど、ゆみちゃんちょっと落ち着いて。今は私の話より、九助くん……ピヨ助くんのことでしょう?」
「あっ……」
ピヨ助くんのことを忘れていたわけじゃないんだけど、鳴美さんを見た瞬間、友紀子さんと話している時の、詳しいことを言えないもどかしい想いがこみ上げてきて、つい、まくし立ててしまった。
鳴美さんは腰に手を当てて、少し笑う。
「確かにながーい寄り道になっちゃってるけど、私はあなたたちを助けようと思って、ここに来たのよ?」
「た、たすける? 鳴美さん、今のわたしの状況知ってるんですか?」
「もちろん。ふたりのリンクが切れちゃったことも、ここまで来たのはいいけど自分の霊感が無くなっているんじゃないかって、不安がっていることもわかってるよ」
「うわぁ……。なんでもお見通しって感じで、ちょっと怖いです」
さすが元学校の
……なにもかもわかっている理由にはならないけど。
「鳴美さん、わたし、どうなんでしょうか。やっぱり霊感無くなってるんですか?」
「そうね。ゆみちゃんの霊感はかなり下がってる。今の霊感で、あの『失われた風見鶏』に遭うのは無理かな」
「あ……やっぱり、そうなんですか」
わかっていたとはいえ、ショックを受けてしまう。
しかも無理だと言い切られてしまった。
「そもそも『失われた風見鶏』は、消えて無くなりそうだったんだよ」
「消えて無くなる……? 怪談話がですか?」
「ゆみちゃん、風見鶏の怪談話聞いて、どう思った?」
「どうと言われても、驚きが強すぎて……うーん」
「じゃあ、怖かった?」
「いえぜんぜん」
「そうよね。ぜんぜん怖くない怪談話なのよね」
「あぁー……」
わたしは二重の意味で納得していた。
ベースが怖くなかったから、ピヨ助くんの怪談も怖くなかったのかもしれない。
「ちょっぴり不思議な内容だけど、怖くはない。そういう怪談はね……やっぱり、忘れられていくんだよ」
「そっか……誰も話さなくなると、怪談は消えてしまうんですね」
「怪談話も元は噂話。忘れられて、消えちゃう話がいくつもある」
ピヨ助くんも言っていた。元が噂話だからいい加減。だから改変されることもあると。
改変されるということは、消えてしまうこともあるということだ。
「霊感の少ないわたしじゃ、消えかけている怪談には遭えないってことなんですね」
「ううん」
鳴美さんが首を振る。
「以前のゆみちゃんだったらどんな怪談でも遭うことができた。例え消えかけてる怪談話でもね。霊感が無くなって、それができなくなっているのは確かだよ。
……でもどれだけゆみちゃんに霊力があっても、『失われた風見鶏』の怪談には遭えない」
「えぇ? どうしてですか?」
「実はもう一つ問題があってね。ゆみちゃんも気付いた通り、ピヨ助くんの怪談『学校のドーナツ』は、『失われた風見鶏』がベースになってる」
「……はい」
「つまりね、上書きされちゃってるんだよ。だからある意味、『失われた風見鶏』はもう存在していないとも言えるの」
「あっ……」
よく考えればそうだった。
失われた風見鶏の代わりに、学校のドーナツがあるのだから。
「じゃあ、もうピヨ助くんには……」
「ある意味って、言ったでしょ?」
鳴美さんが人差し指を立てた。
「ゆみちゃんとピヨ助くんのリンクは切れた。でも、全部じゃない」
「どういう、ことですか?」
「杉の木のつかいさまでも、完全には切れなかったってこと。その証拠に」
スッと、立てた指をわたしに向ける。
「あなたは手帳を持っている。ピヨ助くんが残してくれた手帳をね」
わたしはそっと、ポケットから手帳を取り出した。
ピヨ助くんとの縁は……まだ、切れていない。
「……霊感は無くても、縁がある?」
「そういうこと。そもそもゆみちゃんたちの縁はそう簡単に切れるものじゃない。どれだけピヨ助くんのドーナツ食べてきたか覚えてる?」
「あはは……たくさん、ですね。でも『失われた風見鶏』は上書きされちゃってるんですよね? だったらやっぱり遭えないんじゃ……?」
「そうね。ゆみちゃんだけなら、ね」
ゴオオォウ……。
鳴美さんがそう言った瞬間、屋上に突風が吹き、日が陰った。
「ここに、『失われた風見鶏』が噂されていた、6年前のままの私がいる」
突風をきっかけに、びゅうびゅうと風が吹き始める。
そうだ、この怪談は時間が関係している話。
もしかしたら……。
「6年前の私と、怪談の幽霊に縁のあるゆみちゃん。ふたりが揃っていれば――」
カラカラカラカラ……。
なにかが回る音が、突然聞こえだした。
咄嗟にわたしは辺りを見渡す。
そして、見付けた。
フェンスの上に、見慣れないニワトリの影。――風見鶏。
「あ、遭えた……!」
「そう。わたしたちふたりなら――絶対遭える!」
失われた風見鶏。
時間をくるくる回しているという、風見鶏。
「言ったでしょう? 私はあなたたちを助けようと思って、ここに来たんだって」
「鳴美さん……はい! ありがとうございます!」
「だから寄り道しちゃったこと、大目に見てね?」
「あはは……しょうがないですね」
この人には敵わないな。
ピヨ助くんが振り回されていたのも、わかる気がする。
わたしは早速、風見鶏の方を向いて――
「私ができるのは、ここまでだから」
「……え?」
――近付こうとして、足を止める。
振り向くと、鳴美さんは優しく微笑んでいた。
「私は一緒にはいけないんだ。あなたに取り憑いているわけじゃないから」
「あ……」
ピヨ助くんと一緒に怪談調査ができたのは、わたしに取り憑いていたから。
そうじゃなければ、幽霊と幽霊は会うことができない。
「ゆみちゃん。この怪談は、九助くんが死んだ原因となった怪談。……真相を解き明かしてあげて」
「わたしにはそんな……いえ」
わたしは口にしようとした言葉を飲み込んで、手に持った手帳を握る。
「……わかりました。怪談の真相を解き明かして、ピヨ助くんがどうして死んだのか、どうしてヒヨコの幽霊になったのか。調査してきます」
「さすがゆみちゃん。私の見込んだ通りね」
鳴美さんが近付いてきて、わたしを抱きしめる。
「な、鳴美さん?」
「忘れないで。縁というのは、すべてに意味がある。これまでのこと、全部繋がっている。意味があるの」
「はい……」
前にも言われた言葉だ。
その時よりは、意味がわかる気がする。
鳴美さんはわたしを放して、後ろに下がった。
「いってらっしゃい、ゆみちゃん」
「はい、いってきます!」
わたしは今度こそ風見鶏に近付いていく。
この怪談に、ピヨ助くんがいるかもしれない。
ううん、絶対いるんだ。
もう一度、ピヨ助くんに会って――。
「とっても甘くて美味しいドーナツ。もらうからね」
わたしは呟いて、風見鶏に手を伸ばした。
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