失われた怪談話・四「繋がりと縁」
『校庭のサッカーボール』
二学期の始めに調査した怪談。
その怪談の幽霊、ミサキちゃんが目の前にいた。
「久しぶり。元気だった?」
「う、うん。あっ……どうだろう、わたし……」
頷いてから、元気だったと言い切れないと思い直した。
なにせ、ピヨ助くんとのリンクが切れてしまい、姿も見えなくなってしまったから。
「ま、そーだよね。ピヨ助くんとの縁が切れちゃったんでしょ?」
「ミ、ミサキちゃんまで知ってるの? 完全に切れたわけじゃないんだけど、うん……」
「なるほど。だからあたしが、ううん、あたしたちが必要なんだね」
「どういうこと……?」
ミサキちゃんはぽーんとボールを高くあげる。ふわっと足の側面で受け止めて、地面にそっと降ろした。
「わからない? ちょっと悲しいなー。あたしのことどうでもよかった?」
「そんなことないよ! わたしはミサキちゃんのこと――」
そこで思わず、言葉を止めてしまう。
ミサキちゃんは、サッカーが大好きな女の子。
でも怪談には、当時あったストーカー事件の話が混ざってしまっている。
わたしは、そう結論付けたはずだった。
なのにどうしてだろう。こうして再び会えた今、心がざわつくのは。
「……サッカーが大好きなミサキちゃんのこと、忘れたことなんかないよ」
「佑美奈ちゃん……。ありがとう、本当に」
ミサキちゃんは少し悲しい顔で微笑む。
「あたし、知ってるよ。佑美奈ちゃんが、あの後ひとりで調べていたこと」
「えっ……」
心が読まれたのかと思って、ギクリとする。
「佑美奈ちゃんがあたしの言葉を信じてくれたことも、わかってるよ」
「……ミサキちゃん」
「ねぇ、佑美奈ちゃん。どうして調べたこと、ピヨ助くんに話さなかったの?」
「それは、結局結論は変わらなかったし、それに……」
あの時のわたしは、どんな結論が出ようとも、ピヨ助くんには話すつもりがなかった。
広めてはいけない真実がある。そう思ったから。
「……ピヨ助くんがミサキちゃんの話に感動してたから。わざわざ余計なこと言って、蒸し返す必要はないかなって」
「あはは。うん、実はあれ、結構嬉しかったんだ」
「それから、もうひとつ。ピヨ助くんが怪談調査する理由のひとつに、幽霊が本当に言いたいことを調べたいっていうのがあるんだけど」
前に、ピヨ助くんが言っていた。
『怪談を調べ、真相を見つけ出す。怪談の本当の意味と、幽霊が本当に言いたいことを調べるのが、俺の目的だ』
怪談の真相を調べれば、幽霊が伝えたいこともわかる。
つまり……。
「前にね、自分がどうして死んで、どうして幽霊になったのか、覚えていない幽霊に会ったことがあるの。その人は本当になにも覚えてなくて……ただ生徒を怖がらせるだけの幽霊になっていて。だからわたしとピヨ助くんで真相を解き明かした。その人が本当に伝えたいことを、思い出してもらうために」
もっとも、それが本当に合っていたのか――わからないけど。
「でも、ミサキちゃんの場合は違うから……」
「…………」
「ミサキちゃんは自分のことをはっきり覚えてる。サッカーが大好きな女の子だってわかってる。わたしもそれを信じた。だから、余計な部分はいらないんだよ。それが怪談の真相なんだから。調査結果として残すのは、それだけで十分」
「……そっか。それが佑美奈ちゃんの出した答えなんだね」
ミサキちゃんはまた、少し悲しそうに微笑んだ。
「強い、答えだな。それに比べて、あたしは……」
「ミサキちゃん……?」
首を振り、ミサキちゃんが手を差し出す。
「なんでもないよ。佑美奈ちゃん、キミと出会えてよかった。サッカー大好き少女だって信じてもらえて嬉しいよ。本当に、ありがとう」
「……なんか、照れるね」
わたしはミサキちゃんの手を握る。
「今日はいっぱいお礼を言われてるなぁ」
「照れることない。他のひとたちからもお礼を言われているなら……やっぱり、これも縁だよ」
「縁……」
「そうさ。最初に言ったの覚えてる? あたしたちが必要だって」
「うん。あれって……」
「思い出すんだ。これは、あたしと佑美奈ちゃんとの縁。そして、ピヨ助くんとの縁でもあるんだってこと」
「あっ……」
わたしはようやく、どうしてミサキちゃんのところに飛んだのかわかった。
みずるさん、善太郎くんとありみちゃんのところに飛んだ理由も。
全部、縁が繋がっているから。
わたしとピヨ助くんが結んだ縁。わたしは今、縁を辿っているんだ。
「あたしには細かいことはわからないけどさ。縁って大事だと思うんだ」
「……うん。わたしも、そう思う」
頷くわたしに、ミサキちゃんは笑って、ボールをぽんと転がす。
ボールはわたしの足にちょこんと当たって止まった。
「まさか幽霊になってから最高の友だちに出会えるとは思わなかったな」
「友だち……。うん、わたしもだよ、ミサキちゃん」
幽霊には色んな事情があって、それを想うと悲しくなることもあるけど。
わたしたちは今、笑い合っている。人と幽霊でも、友だちになれるんだ。
怪談は恐ろしいものだけど、それでも……。
「よし。最高の友だちにお願いだ。もう一度、パスを出してくれないか?」
「うん! いいよ!」
わたしは前にそうしたように、ボールの横に立って足の側面で蹴ろうとする。
ミサキちゃんはすぐ目の前にいるから、さすがにここまでする必要はないけど……念のため。球技が苦手なのは直っていないから。
「いくよ…………あ。待って、その前に聞きたいんだけど。ミサキちゃん、わたしがここに来るってわかってたんだよね?」
ミサキちゃんだけじゃない。聞き忘れたけど、みずるさんや善太郎くんたちにもそんな節があった。
「そうだね。少し前に、声がしたんだよ」
「声……?」
「佑美奈ちゃんたちを助けてあげてってさ。ほら、ボール!」
「あっ、うん!」
ミサキちゃんの促す声に、わたしは思わずボールを蹴ってしまう。
「ミサキちゃんそれ誰から――」
「最高のパスだ! ありがとう、佑美奈ちゃん!」
ミサキちゃんは左足を振りかぶり、転がってきたサッカーボールを思い切り蹴る。
ボールは弧を描いて飛んでいく。見事だった。まるでボールが輝いているみたいだった。
ミサキちゃんの放ったシュートは、そのまま綺麗にゴールネットに突き刺さり――
ゴールごと、消えた。
*
そこは保健室だった。外だったのに、部屋の中にいた。
さすがにもう驚かない。半ば予想していたし。
「来た来た。やっと来たよ」
「あはは……。久しぶり、たけるくん」
『保健室の子供の声』
順番的に次はここだろうと思っていた。
わたしは今、ピヨ助くんと調査した怪談を後ろから辿っているのだ。
「さてと、ゆみなお姉ちゃん。あのヒヨコのとこに行くんだよね。保健室を出れば行けると思うよ。ばいばーい!」
「待って! なんでそんな急かすの……って、そーだ! たけるくん! なんでわたしたちのこと騙したの!」
思い出した。
わたしとピヨ助くんは、この怪談調査に――失敗している。
間違えた調査結果に満足し、保健室を後にしたのだ。
後日間違いに気付いて、真相もわかったけど……。
「先生の子供じゃないって、たけるくんわかってたんだよね? なんで言ってくれなかったの?」
「ちぇ……。とっとと次に行けばよかったのに」
「舌打ち! 追い出そうとしたね? たけるくん!」
「わ、わるかったよー。いいじゃん、見逃してやったんだし」
「うっ……それを言われると弱いけど」
別れ際、わたしはこの怪談でもミスをしている。
たけるくんの手を取ってしまったわたしは……たけるくんが見逃してくれなければ、殺されていたのだ。
「それにさ。しょうがないじゃん」
「しょうがないって?」
たけるくんはプイッとそっぽを向く。
「ぼくにだって、お父さんとお母さんがいるんだって。思い出させたの……お姉ちゃんたちなんだから」
「たけるくん……」
「違うってわかってたけど……。でもなんかさ。言えなかったんだよ」
お父さんとお母さんのことを話していた時のたけるくんは、本当に寂しそうな顔をしていた。だからこそ、わたしたちは信じてしまったのだ。
「……そっか。怒ってごめんね?」
「いいよ、許してあげる!」
「なんかちょっと納得いかないけど……まぁ、いっか」
どうもこの子は、どこまでが本心なのかわかりにくい。
だけど今言ったことは、きっと本当のことだ。
「ピヨ助だっけ? あのヒヨコのこと調べてるんだよね」
「正確には、ピヨ助くんが幽霊になった原因の怪談を、だけどね」
「ふーん。そっちはよくわかんないけどさ。やっぱりピヨ助のお父さんとお母さん、ピヨ助のこと探してるのかな?」
「え? ……ピヨ助くん、自分は死んだって言ってたから。それが本当なら、探してはいないんじゃないかな?」
きっと……悲しんではいるとは思うけど。
「死んでたら探さないの?」
「……うん?」
「あれ、違うのかな。ピヨ助って、てっきりぼくと同じで、行方不明になって死んじゃったのかと思ってたよ」
「ううん……それもわからないんだよ。ピヨ助くん、自分がどうして死んだのかわからないみたいだから。だからわたしは……」
……そうだ。
ピヨ助くんは5年前に死んだって言ってたけど、そんな事件は聞いたことがない。
たまたま耳にしなかったんだろうと思っていた。たけるくんの言う通り、行方不明になって、死亡したという事件になっていない可能性がある。
「……うん。わたしは今、ピヨ助くんがどうして死んだのか、調べているんだよね」
鳴美さんと話した時に、わたしはそう誓った。
『……わかりました。怪談の真相を解き明かして、ピヨ助くんがどうして死んだのか、どうしてヒヨコの幽霊になったのか。調査してきます』
でもその結果がどういうものなのか。わたしは想像していなかった。
どうして死んだのか調べているのに、その結果が死であることをちゃんと考えていなかった。
「わたし、覚悟が足りなかったみたい」
「もう大丈夫なの?」
「うん。どんな結果が待っていても、わたしはしっかりこの目で見るよ。ありがとう、たけるくん」
「ぼくはなにもしてないよ。……それに、ゆみなお姉ちゃんならきっと大丈夫。そんな気がするな」
たけるくんはわたしの横を通って、ドアをガラッと開ける。
「ぼくね、幽霊になってから、ゆみなお姉ちゃんとピヨ助が来た時が、一番面白かった。楽しかったよ」
「たけるくん……」
「たぶんぼく、これからもここで幽霊やると思うんだけどさ。たまにはあの時みたいに、来た人とお話してみようかな」
「うん。それがいいと思うよ」
たけるくんは、わたしにスッと手を伸ばしてくる。
わたしは躊躇わず、その手を取った。
「ゆみなお姉ちゃん?」
「見逃してくれるでしょ? たけるくん」
「もうしょうがないなぁ……」
ぎゅっと一回強く握って、たけるくんは手を放した。
「そうだ、たけるくん。わたしがここに来るって知ってたよね。それって」
「声がしたんだよ。ゆみなお姉ちゃんを助けてあげって」
「ねぇ、それってもしかして……」
「なるみお姉ちゃんの声だったよ」
「……やっぱり!」
鳴美さん……。そんなことまでしてくれていたんだ。
そっか、色んなところに寄り道してくれたんだな。
今度必ず、お礼に行かなきゃ。
怪談をここまで辿って、気付いたことがある。
わたしが怪談調査を手伝ってきた理由。
とっても甘くて美味しいドーナツ。……だけじゃない。
怪談調査をしてきて、わたしは色んな人に出会った。
幽霊は本当は怖い。それはわかっているけど、みんなもとは普通の人間で、普通に話せちゃうから。仲良くなれてしまう。
色んなことがあったけど、みんなと話をして仲良くなれた。
だから考えてしまう。ピヨ助くんに黙ってひとりで調べたりもしてしまう。
どうしても、みんなの怪談のことを、想ってしまうから。
それが、みずるさんの言っていた、目の前にある答えなんだ。
あの時目の前にいた、みずるさん自身が答えだった。
「本当に、ただの甘い物好きだったのになぁ」
わたしの一番は今も変わらず、甘い物だから。
だから……ここまで思い入れが強くなったことに、わたしは戸惑っていたんだ。
「ゆみなお姉ちゃん、ただの、じゃないよね」
「そうだね、訂正。世界一の甘い物好きだった」
「うわ、自分で言っちゃうんだ」
わたしとたけるくんは、顔を見合わせて笑い出す。
「えっとさ。……ありがとう、ゆみなお姉ちゃん。また遊んでね」
「うん。またね、たけるくん」
たけるくんに手を振って、わたしはドアの前に立つ。
ここを出たら、次は……おそらく。
わたしは意を決し、一歩踏み出すと――
――そこは真っ暗な廊下だった。
保健室は1階なのに、2階の、自分の教室の前に立っていた。
「……やっぱり、最後は」
「ようこそ、佑美奈ちゃん。……また会っちゃったわね」
廊下に佇む、長い髪の女の子。
「とい子さん……」
怪談『いっしょに……』。
幽霊のとい子さんが、そこにいた。
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