失われた怪談話・五「二度と会えないと思っていたから」


「とい子さん……」


 わたしとは違う、紺色のセーラー服。

 どこか大人びた雰囲気のあるお姉さん。



「……事情はわかってるわ。ちょっとついてきて欲しいの」

「はい……」


 歩き出したとい子さんの後ろを歩こうとしたら、とい子さんは歩調を緩めて隣りに並んだ。

 こうやって一緒に廊下を歩いていると……本当に、友だち同士で歩いているだけに見える。


「ねぇ佑美奈ちゃん」

「なんですか?」

「私になにか聞きたいことはない?」

「そう……ですね。えーと……ピヨ助くんの居場所、知ってます?」

「佑美奈ちゃん。ピヨ助君じゃなくて、。私のことで、なにか聞きたいことはない?」

「…………」


 思わず目を逸らし、俯いてしまう。


 怪談『いっしょに……』改め『とい子さん』。

 ピヨ助くんと出会ってすぐに調査した怪談。

 わたしはその怪談調査の結果に……疑問を抱いていた。


 真相は、別のところにあるのではないか。

 わたしは


 だけど確認する術が無い。記録も証拠もなにも無い。

 直接とい子さんに聞くことも、もうできないと思っていた。


 でも……会えてしまった。

 きっとこれが、最後のチャンス。



「とい子さんの…………」


 わたしは言いかけて、顔を上げる。横を向くと、とい子さんがじっとわたしのことを見ていた。


「……私の?」

「とい子さんの、仲の良かったお友だちって、どんな女の子だったんですか?」


 そう聞くと、とい子さんは少し驚いた顔になる。


「そうねぇ……」

「あっ、もしかして思い出せなくなってたりしますか?」

「ううん。今はもう、思い出せるわ」


 とい子さんはチラッと窓の外を見てから、語り始める。


「ぼーっとした子だったわ。勉強はできたけど、うっかりしてて。テストで名前を書かずに提出する人が本当にいるんだって、彼女を見て知ったわ」

「あはは……」


 言えない。わたしも小学校の時に一度だけやらかしたことがあるなんて。


「幼稚園の頃から一緒で、私はいつも彼女のフォローをしていたわ。ドジでそそっかしいのよね。だけど……私のこと、一番よくわかってくれていた」

「本当に、仲良しだったんですね」


 わたしはちょっと、ミカちゃんのことを思い出していた。

 中学の時に知り合って、今では一番の理解者。

 それに近い関係だったのかもしれない。



「いつでも一緒にいて……仲が良かったわ。そうよ……私のこと、…………」



「とい子さん……?」


 気が付くと、とい子さんはじっと窓の外を見ていた。

 暗い暗い森の中。そこに、誰かが……。



 突然くるっと、こっちを向く。


「佑美奈ちゃんに似てたかも」

「えぇ?! な……わ、わたしはそんなドジじゃないですよ!」


 別の意味で驚いたわたしは、驚いたことを誤魔化したくて慌てて否定した。

 そんなわたしを見て、とい子さんは微笑む。


「ふふっ……。下に降りましょ」

「え、あ、はい……。どこまで行くんですか?」

「いいからついてきて」


 とい子さんは答えてくれず、階段を降り始めてしまう。

 まさか廊下から移動するとは思わなかった。慌てて追いかける。



 1階。当然薄暗くて、誰もいない。とい子さんは黙って外に出ようとする。


「ま、待ってくださいよ、本当にどこまで行くんです?」

「来ればわかるわ。……と言いたいところだけど。しょうがないわね。校舎裏よ」

「校舎裏、ですか?」


 わたしはとい子さんの後についていく。

 校舎の脇に入り込み、角を曲がれば校舎裏――というところで、とい子さんが振り返った。


「ねぇ佑美奈ちゃん。チョコレート、持ってる?」

「はい、もちろんです。あ、食べますか?」

「うん。ひとつ、もらえるかしら」


 わたしはポケットから細長い箱入りのチョコレートを取り出して、ひとつとい子さんに手渡そうとする。


 だけどとい子さんが手を伸ばしてくれない。



「ねぇ、聞かなくてよかったの? ……

「…………」


 わたしはじっととい子さんの目を見つめた。

 今度は逸らさずに、自分の正直な気持ちを伝える。


「……

「怖い? 真相を知るのが?」


 首を横に振る。


「とい子さんのことが……です」

「そう。だったらどうして、そんなに悲しそうな顔をしているの? 怖がっている顔じゃないわ」

「はい。怖いけど……わたしはとい子さんが好きです。仲良くなりたいって、思うんです」

「佑美奈ちゃん……」


 怪談は、本当は恐ろしいもの。。

 特にとい子さんは、真相がわからないから。

 真相に近付いてしまったから、怖ろしい。


 それでも……これまで会ってきた幽霊たちと同じように。

 とい子さんとも、仲良くなりたい。


「だけど、どうしてなんでしょうね。ここで再会できたのが奇跡で……本当はもう二度と会えないはずだった。そんな気がしてるんです」

「…………」


 とい子さんは黙って目を瞑る。

 それが答えのような気がした。


「とい子さんの怪談の真相は、もちろん気になります。だけど、決めたんです。わたしはこれからも、この疑問を抱えていきます。思い出す度に、とい子さんのことを考えます」


 わたしはもう一度手を伸ばし、チョコレートを手渡そうとする。


「絶対に、とい子さんのこと。忘れません」

「……ありがとう、佑美奈ちゃん」


 そう言って、今度こそ。とい子さんはチョコレートを受け取ってくれた。



「さあ佑美奈ちゃん。行きなさい。ピヨ助君は、きっとこの先にいるわ」

「校舎裏に、ですか?」

「幽霊同士は会えないみたいだけど、感じるのよ。わたしがいた、あの廊下の真下に……誰かがいるって」


 廊下の真下……つまり、校舎裏。そこにピヨ助くんが?


 とい子さんが道を空けてくれる。

 わたしはとい子さんの顔を見て頷いた。


「わかりました。行ってみます」

「がんばってね。……佑美奈ちゃん」

「はいっ」


 返事をして、とい子さんの脇を通る。と――



「私も佑美奈ちゃんのこと、大好き。連れて行きたいくらいにね」


「えっ……」



 その声に振り返った時には、とい子さんの姿は消えていた。


 わたしは誰もいなくなったその場所に頭を下げて、歩き出す。


 校舎の角を曲がり、校舎裏に。

 杉の木はもっと奥。曲がってすぐなら2年5組、わたしの教室の真下辺りのはず。


 そこに、ピヨ助くんがいる。



 わたしは怪談調査を通じて、みんなと出会って。

 みんなのことを想い、怪談を調べてきたのに。


 ピヨ助くんの怪談のことは、なにもわかっていなかった。調べようともしなかった。


 お互い言いたいことを言い合っているのに、そこだけはどうしても遠慮をしていた。

 踏み込んでいいのかわからなくて。

 知ってしまっていいのか……怖くて。


 でもやっぱり、調べるべきだった。

 だからわたしは今、この怪談を調査している。

 みんなのことを知りたくて、怪談調査を手伝ったように。

 ピヨ助くんのことを知るために。


『失われた風見鶏』


 その答えが、この先にある。



「……いた」



 角を曲がると、見覚えのある黄色い大きなヒヨコが、背中を向けて佇んでいた。

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