第2話「いっしょに……」

いっしょに……・壱「ドーナツ契約」


「それじゃピヨ助くん。またねー」

「おう気を付けて帰れよ。ってそうじゃないだろ! しれっと帰ろうとするなよ! いい加減このパターンやめろ!」


 今度こそ帰ろうとしたのに、止められてしまった。


 着ぐるみみたいなヒヨコ姿の幽霊、ピヨ助くん。

 彼は『学校のドーナツ』という怪談話で、とっても甘くて美味しいドーナツを食べさせてくれた。

 でもおかげでわたしは、幽霊が見えるようになってしまい……。

 ピヨ助くんが人だった頃の夢、この千藤高校の怪談調査を手伝うよう強要されている。


 人だった頃、なんて言ったらヒヨコに生まれ変わったみたいになっちゃうか。

 ピヨ助くん、生前は人間で、幽霊になったらヒヨコの姿になっていたみたいだけど。原因はわからないらしい。

 怪談調査をしたいという執念で、幽霊になったって言ってたけど……。


 わたしは怪談なんて興味はない。調査を手伝えと言われてもまったく気が乗らない。

 完全に人選ミスだと思うんだよね。


 そんなことに時間を費やすくらいなら、ちょっと足を伸ばしてチーズケーキの美味しいお店『しらゆき』に行く。あのチーズケーキのためだったら帰りが遅くなってしまってもぜんぜん構わないのに。

 あ、でもモンブランケーキも捨てがたいなぁ。あそこのケーキはみんな美味しいから迷っちゃう。


「ね、ケーキ食べに行かない? ピヨ助くん」

「いかねーよ! どうしてそうなった!? お前の頭どうなってんだ!」


 羽毛を逆立て本気で怒るピヨ助くん。見た目がカワイイから怖くない。


「うーん、さすがに『しらゆき』に行くには遅いかぁ。美味しいんだけどなぁ」

「ああ……『しらゆき』のケーキは確かに美味い。でもちょっと遠いな。ってだから今はそういう話をしてるんじゃないだろ!」

「ピヨ助くんも『しらゆき』知ってるんだ?」

「まぁな。今でもあるなら繁盛してるってことか。なによりだ。……だーかーらー! 話が進まんだろ!」


 ピヨ助くん、口調からして男の子だと思うけど、ケーキ好きなのかな。

 夜食にドーナツ買ってるくらいだし、わたしほどじゃないにしても甘い物好きかもしれない。


「もういい無理矢理進める! いいか! 俺が調査したい怪談話、それは!


 『いっしょに……』だ!」


 宣言するピヨ助くん。だけどわたしはピンと来なかった。


「一緒に? 一緒に調査して欲しいって、それはもう聞いたよ?」

「そういうことじゃない。怪談のタイトルが『いっしょに……』なのだ」

「あ、そういうこと」


 怪談『いっしょに……』。


 わたしはミカちゃんとの会話を思い出してみたけど、そういう名前の話は聞いたことがなかった。

 ピヨ助くんは短い腕……もとい、羽を器用に組んで(明らかにぐにょって伸びた)、説明を始める。


「怪談話には遭遇するための条件がある。ほぼ無条件に近いものもあるが、だいたいは条件付きだ。例えば俺の怪談、学校のドーナツはその話を聞いたことがあるというのが条件だ」

「へぇ、そうだったんだ。わたしはミカちゃんから話を聞いたから、机にドーナツが置いてあったんだね」

「そういうことだ。俺自身、話を聞いたことのあるヤツの机にしかドーナツが置けないのだ」

「ふーん、そういうものなんだ」

「そしてこれから調査をする『いっしょに……』だが、これは女子の前にしか現れないという、限定的な怪談だ」

「女子限定……。スイーツバイキングみたいだね」

「男が入れるところだって、いっぱいあるだろう?」

「うん。最近はスイーツ男子なる人も多いみたいだからね」

「ていうか、いちいち話の腰を折るなよ。それで『いっしょに……』の内容だが……」


 ピヨ助くんがいよいよ怪談を話そうとする。わたしは慌てて待ったをかけた。


「ちょっと、わたしまだ手伝うって言ってないんだけど?」

「まだそんなこと言ってんのか……。もう聞くだけでいいから聞け。いいだろ? 俺のドーナツ食ったんだから」

「それを言われると弱いなぁ」


 わたしの机の上に置いたピヨ助くんが全面的に悪いんだけど、あれはとても美味しいものだったから、あんまり邪険にすることもできない。あわよくばもう一つ……いや三つ、四つ……五つ六つたくさん! 食べたい!


「わかったよ、聞くだけね。聞くだけ」

「よし! 言ったな。話すぞ? ちゃんと最後まで聞けよ?」

「もう、わかったってば。約束するよ」


 ピヨ助くんは嬉しそうにクチバシを歪める。


「ふっふっふ……。では、千藤高校の怪談『いっしょに……』だ」




『いっしょに……』


 誰もいない夜の学校。

 教室に忘れ物をした女子生徒が、真っ暗な階段を登って、真っ暗な廊下を歩いていた。


 窓の向こうは、校舎裏、森林公園。

 鬱蒼と茂る木々は月の光すら通さず、深い深い闇を湛えていた。


 ――昔、この森の中で生徒が殺される事件があったという。


 嫌なことを思い出してしまった女子生徒は、目を逸らして足早に教室を目指した。


 すると、正面から一人の女の子が歩いてくるのに気が付く。


 制服を着ているから、この学校の生徒だ。

 暗くて顔が良く見えないけど、知り合いではなさそう。おそらく知らない女の子。


 女子生徒は怖くなっていたので、他に人がいることに安心した。

 前から来る女の子に声をかけてみようと思って、笑顔を作る。


「…………?」


 女子生徒は違和感を感じ、声をかけるのを思いとどまった。

 なんだろう、なにかがおかしいような……。

 そうこうしているうちに、女の子は目の前まで来ていた。


 結局違和感の正体はわからず、声をかけるタイミングも失ってしまったので、そのまますれ違うことにした。


 女の子は俯いていて、近付いても顔が見えない。

 無言のまま、すっと女子生徒の脇を通った。


 と、そこで……


「いっしょに死にましょう?」


 耳元で囁かれ、女子生徒は驚いて振り返る。

 そこには暗い、廊下の闇があるだけで、すれ違ったばかりの女の子はいなかった。


 女子生徒は悲鳴をあげて逃げ出した。


 逃げながら、女子生徒はようやく違和感の正体に気が付く。

 女の子の制服が、今のとは違う、昔の制服だったことに……。




「これが怪談『いっしょに……』の、基本的な流れだ。どうだ、怖かったか?」

「……うん。さすがにちょっとぞわっときたよ。ドーナツの話とは大違い」

「その話はもういいだろ! くそっ、いつか改変してやるからな」


 ぜんぜん怖くないって言ったこと、まだ気にしているらしい。


 でも今の怪談は、本当にちょっと怖かった。忘れ物を取りに……という状況が、今のわたしと同じだから余計に怖いのかもしれない。


「ただ囁かれたってだけなのに、ぞくっとくるもんなんだね。……すれ違ったのは、森で殺された生徒ってことでいいの?」

「普通に考えればそうなるな。ちなみに囁かれた相手は、高熱が出たり、事故に遭ったり、自殺をしてしまうなど、後日談は色んなバリエーションがある」

「えぇ?! それは別の意味で怖すぎるよ?」

「大半は尾ひれが付いただけだ。と、俺は考えている」

「尾ひれ? ……そっか、死にましょうって囁かれて終わるより、そういうオチがあった方が怖いもんね」


 ぞくっとする怖さだけでなく、身の危険を感じる恐さだ。


「その通り。だがな、怪談話というのは、そうやって改変を繰り返すものなのだ。いつしか尾ひれだったものが怪談話の核となり、本物になる」

「それってつまり、本当に熱が出たり……事故に遭うようになるってこと?」

「そうだ。もっとも、こうバリエーションが多いと一つに定まることができず、核にはなれないだろうけどな」


 何度も言うけど、わたしは怪談話なんて興味がない。

 だけどこうして実際に怪談話を聞いて、きちんと説明をされてしまうと……。

 そういうものなんだと納得してしまう。


「ちなみにこの話を聞いた女子は、必ずこの幽霊に出会うと言われている。がんばれ!」

「ふーん、それがこの怪談の条件なんだ。…………………………え?」


 話を聞いた女の子は、必ず幽霊に会ってしまう?


「え、じゃあ……今、話を聞いたわたしは、会っちゃうってこと? 幽霊に?」

「はっはっは! よし! これでお前は怪談に遭遇する! 俺の調査に協力するしかないってわけだ!」

「あ、ずるい。ずるいよピヨ助くん!」


 高笑いするピヨ助くん。ドヤ顔なのがムカっと来る。ヒヨコなのに。


「何とでも言え。条件も綺麗に揃ってるしな、今晩絶対に会えるぞ」

「条件? 女の子以外になにか……あ、忘れ物?」

「条件かどうかはわからないけどな、話に出てくる女子生徒も忘れ物を取りに来て幽霊に会っている」


 そうだ、今の状況と似ているからこそ、ぞわっとしたんだった。

 わたしはピヨ助くんをジト目で見る。


「……ピヨ助くん、全部わかってて話したんだね」

「当然だ! それに、最初に言った通り女子限定だったからな。女子の協力者が現れたら、真っ先に調査しようと決めていたのだ」


 嵌められた……。

 これでわたしの意志とは関係なく、ピヨ助くんは怪談調査ができる。

 計画通り、ってわけだ。やってくれたなぁ。


 でも、わたしだってタダで転ぶつもりはない。


「わかったよ。今回は調査に協力するよ。したくなくても、会っちゃうみたいだし」

「お、ようやく観念したか」

「でも! 今後こういうのはやめてよ?」

「それはお前が協力的になってくれたらだな。俺も遠回しなことをしないで済む」

「むむ~……」


 協力的にと言われても、興味のないものに積極的になるのは難しい。

 ……だからせめて、条件を出させてもらうとしよう。わたしのモチベーションが上がるように。


「じゃあこうしよう、ピヨ助くん」

「なんだ? お前意外と往生際が悪いな」

「なんとでも言って。怪談調査に協力する代わりに……」


 わたしは、ごくりと唾を飲み込む。


「とっても甘くて美味しい、あのドーナツを! わたしに食べさせて!」


 わたしは挑戦的な目でピヨ助くんを見る。この交渉に乗ってくるかどうか、本気で見定めようとしていた。

 しかしピヨ助くんは、まるで残念な子を見る、憐れむような目になった。


「…………お前本当に、甘い物のことしか考えてないのな」

「うん! よく言われる」


 嬉しいことを言われたので、元気いっぱいに答えた。


「頭の中スイーツなパラダイスかよ……。ったく、わかったよ。だがあんまり頻繁には出せないぞ? 好きなだけ生み出せるわけじゃないんだからな」

「そうなんだ……。そうだよね、あんなに美味しいんだもん」

「そういう問題じゃ……いやもういい。契約成立だな」

「約束だよ? 絶対ドーナツもらうからね」


 これで俄然やる気が出てきた。

 さっき聞いた『いっしょに……』がまったく怖くないわけじゃない。でもよく考えたら、すれ違いざまに囁かれるだけだ。付随する不吉な後日談は、怪談の本体ではないらしいし。


「それじゃ、早く行こ。あんまり遅くなりたくないよ」

「待て待て。鞄は置いていけ」

「え? どうして?」

「遭遇率を上げるためだ。お前はあくまで、忘れ物を取りに来た女子生徒だ」

「……なるほどね。完璧主義だね、ピヨ助くん」

「やるなら徹底的にやった方が早く済むだろ?」


 わたしは言われた通り机に鞄を置き、廊下に出ようとして……やっぱり机に戻る。


「なんだよ、すぐに戻るんだからいいだろ? 鞄くらい置いてっても」

「ここまで来たらちゃんとピヨ助くんに従うから安心してよ。えっと……あった」


 わたしは鞄の中からあるものを取り出し、ピヨ助くんにも見せる。


「……お前、それ」

「チョコレート。甘い物くらい持っていってもいいよね?」

「好きにしろ……」


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