学校のドーナツ・弐「幽霊・オア・ドーナツ」
「ふーん……。幽霊なんだ。そっか」
「絶対信じてないだろ!」
幽霊だって言うから納得したのに。ヒヨコくんに即否定された。ちょっと心外。
「そもそもお前、幽霊の存在信じてないだろ。そういうタイプだろ」
「ううん。どっちでもないよ」
「なに……?」
仕返しじゃないけど、わたしも即否定してみせた。
「わたしはね、幽霊のこと信じてるわけでも、信じていないわけでもない。興味が無いんだよ」
「興味ないって、信じてないってことなんじゃないのか?」
「違うんだな~。わたしは否定も肯定もしてないんだよ。だからキミが幽霊だって言っても、そうなんだって思うだけ。反論も感想も特に無いよ」
「あー……言ってることはまぁわかるが、お前、ある意味すごいな」
まん丸な瞳が少し大きくなり、驚いた顔をするヒヨコくん。本当によくできてる……あ、着ぐるみじゃないんだっけ。
「でもそっか、幽霊かぁ。よく考えたらそんな着ぐるみで学校入れるわけないよね。うん、信じた信じた」
「軽い……軽すぎる。人選間違えたか? いや、変に怖がられるよりはいいのか……?」
ヒヨコくんが頭を抱える。なんかちょっとカワイイ。
幽霊ってこんなにハキハキ喋って、くっきりはっきり見えるものなんだなぁ。
興味はなかったけど、実際に目にすると感想はぽろぽろ出てくるものだった。
「さてと、わたし暗くなる前に帰らなきゃ。ヒヨコくんはどうするの?」
「ああ、俺は学校から出られないから……って待てよ! 話は終わってねーぞ!」
「うん? そうなの?」
「そうなんだ! お前は俺のドーナツを食ったんだぞ?」
「美味しかったよ! すっごく!」
「お、おう。……いやそうじゃなくてな。怪談話にあっただろ、霊の世界が見えるって」
「ああ、うん。あの怪談ね~、ぜんぜん怖くないよねってミカちゃんと話してたんだ」
「は? こ、こわくない?」
「うん。なんで流行ってるのか不思議だねって」
「ま、待て。魂が持っていかれるんだぞ? 死ぬってことだぞ? 怖いだろ?」
「うーん……なんか、リアリティが足りないっていうか。もっと具体的にどうなるか説明してくれないと、怖くないよ」
魂抜かれて死んじゃう。と言われても、どうなるのか想像ができない。
もちろん死ぬのは嫌だけど、怪談ってもっと恐い目に遭う印象がある。
「霊の世界が見えて、魂を取られる。それじゃインパクトが足りないのか?」
「うん、そうだね。なんか地味」
自分で言った言葉に納得する。そうだ、地味なんだ。
「例えば血まみれのニワトリが襲いかかってくるとか……食べようとした甘い物がすべて消えてしまうとかじゃないと」
「地味……そうか、地味か……」
ヒヨコくんはがっくりと肩を落としていた。
地味と言われたのがショックなようで、後半は聞こえてなさそうだった。
「あ、そっかごめんね。もしかして怖がって欲しかった? キミ着ぐるみにしか見えなかったからさぁ。今からでも悲鳴上げた方がいい? きゃー?」
「やめろ……余計に傷つく」
なんか体が一回り小さくなったような気がする。気のせいかな。
ヒヨコくんは盛大な溜息をついた。
「はぁ~……なんでこんなヤツが……いや、贅沢は言ってられないな」
「きゃーー?」
「悲鳴のことじゃない!」
気難しいヒヨコの幽霊くんだ。
「……ふん。とにかくだ。あのドーナツを食べたお前は、霊が見えるようになった。俺の目的に協力してもらうぞ」
「……? 目的? 協力? 幽霊の? もしかして人を怖がらせたりするの?」
だとしたら苦手分野だ。そういうのはミカちゃんのが得意そう。
「違う! 俺の目的、それは!」
ヒヨコくんは勢いよく羽を広げる。小さいから広がった感じがしないけど。
「生前の俺の夢、この学校の怪談話を調査することだぁ!」
「……………………」
「……………………」
沈黙。やがて、首を傾げる。
「あれ? 生前ってヒヨコじゃないんだ?」
当然の疑問に、しかしヒヨコくんは激昂した。
「違う! 生前は人間だ! ヒヨコは喋らないだろ! ていうか突っ込むのそこじゃないだろ!」
「ふーん、人間なんだ……。って、ああっ! ほんとに真っ暗になっちゃった。帰ろっ」
暗くなる前に帰りたかったのに。もう完全に日が暮れている。わたしは急いで帰り支度をする。
「まてーい! なんだそれ! 知りたくないのか? どうして俺がこんな姿になったとか! そういうの!」
「うん。だってもう暗くなっちゃったし。どうしても話したいことがあるなら明日ね、明日。あーあ、忘れ物取りに来ただけだったのになぁ」
そもそも帰宅部のわたしがこんな時間に学校にいるのは、宿題のプリントを机の中に忘れたからだ。
「俺が幽霊だってこと忘れてないか? お前ほんっっっとうに興味ないのな!」
「そうだって言ってるのに。あ、幽霊って夜にしか出てこられないの?」
「いや出ようと思えばいつでも……ってそういうことじゃなくてだな! いいか、俺がこんなヒヨコの姿になってしまったのはだな!」
「……結局話すんだ。しょうがないなぁ。手短にね。それで? ヒヨコになっちゃったのはなんで?」
仕方がないから聞いてあげると、ヒヨコくんはクチバシを尖らせて苦い顔をした。
「……っ!! わからん! むしろ教えて欲しいくらいだ!」
「そっか。じゃあ帰るね。ばいばーい」
「だから待て! どうしてヒヨコになったかはわからん! だが、幽霊になった理由はわかっている!」
「普通に考えて、死んだからだよね?」
「その通りだ! 俺は五年前! 怪談話を調査中に、この学校で死んだのだ!」
「えっ……五年前?」
心当たりがあるわけじゃない。ただ意外と最近の話だったから、思わず驚いてしまったのだ。しかもこの学校でだなんて。
「お? 少し食いついたな。……実はこの学校、
「でも志半ばで倒れてしまった?」
「五年前のあの日、夜の学校に夜食を持って忍び込んだのだが……。その後の記憶が曖昧でな。事故にでもあったのか、いつの間にか死んでいた。そして何故か、ヒヨコ姿の霊になっていたのだ」
「へぇ~。……もしかして」
怪談話には興味のないわたしだけど、ミカちゃんから色々聞いていたからピンときた。
「ヒヨコくんは、自分が死んだ原因を突き止めようとしているの?」
「フッ……。いいや、違う」
死んだ理由がわからなくて彷徨ってる。怪談話のパターンとしては多いらしい。
だけどそれは違うみたいだ。だとしたら……?
「いいかよく聞け! 俺の! 怪談を調査したいという強い執念が! 俺をこの場に留めているのだ! だから途中だった怪談話の調査がきっちり終わるまで! 俺が消えることはない!」
「ああー……そういう未練があるんだ」
なにか強い未練があって幽霊になる。そういうパターンも多いんだっけ。
……でも幽霊が怪談話を調べたいなんて、なんだかおかしな話だ。
わたしが心の中でそう思っていると、ヒヨコくんは天を仰いで呟く。
「自分で言うのもなんだが、ミイラ取りがミイラになるとは正にこのことだよな。死んだ理由はわからないが、霊になったと理解した時、これはチャンスだ! なんて思ったのだが……」
「チャンスって……あ、幽霊に直接話が聞けるから? わからないこと全部聞けるもんね」
「…………」
わたしがそう言うと、ヒヨコくんは真顔になって俯いてしまう。
「そう、思っていたんだがな……」
「あれ? 聞けなかったの?」
「話を聞くどころか他の霊に会うことすらできない。いるのは間違いないんだが……」
「ふーん?」
「よくわからない、という顔だな」
うん、さすがにわたしレベルの知識と興味では、まったくわからない。
黙っていると、ヒヨコくんが説明を始めてくれる。
「……どうもな、霊同士は干渉できないようなのだ。もしかしたら、怪談話がかち合わないようにそうなっているのかもしれん」
「幽霊は幽霊に会えないんだ? へんな話だね」
「おそらく怪談話のフィールドがあるのだろう。……例えば俺には、学校のドーナツという怪談のフィールドがあるわけだが」
「? …………あぁー、あれがヒヨコくんの怪談になるんだ」
すぐには結びつかなくて、ちょっと考えてしまった。
「当然だ。お前が食べたのは、俺が夜食に食べるはずだったドーナツなんだぞ」
「そうなの?! どこで、どこで買ったの?!」
わたしは思わず、ヒヨコくんの手というか羽を握る。
やった、あのドーナツの手がかりが目の前にある!
「あれはっ……お、覚えてないわ! そこらで適当に買ったやつだ!」
「ええー? あんなに美味しいドーナツのお店、この辺にないと思うけど……。少なくとも
最寄り駅の北千藤駅。そこから歩ける範囲のお店は全部カバーしている。
……まさか漏れがあったというの? だとしたら一生の不覚。
「ったく。食べ損ねたと言っただろう? 俺にはあのドーナツの味はわからん。きっと旨いのだろうとずっと思っていた。だから怪談として現れたドーナツも旨い物になったんじゃないか?」
「へぇ~……幽霊ってそんなこともできるんだ? すごいんだね!」
感心して、思わず羽を握る手に力が入ってしまう。
「…………?」
わたしはここで、今日一番の疑問に気付いてしまった。
「ヒヨコくん、幽霊なのに触れる……」
「気付くのが遅いぞ。お前はあのドーナツを食べたからな。あれは俺が生み出したものだ。食べれば霊的な繋がりができ、霊の世界が見え、触れることもできる」
「あ~……霊の世界が見えるって、そういうことだったんだ」
「恐れ入ったか? 俺はドーナツを食べさせ、生きている人間の協力者を作ろうとしていたのだ。学校のドーナツはそのための怪談話だ」
「え、あの怖くない怪談話にそんな裏事情が?」
「…………」
ヒヨコくんはまた、がくっと肩を落とした。
「……広める噂の内容はもう少し考えるべきだったな」
「協力って怪談調査のってことだよね。どんな風に協力してもらうの? 幽霊同士は会えないルールなんだよね?」
「協力者が他の怪談に巻き込まれれば、俺も霊と話ができるようになるはずだ」
「そういうものなの?」
「わからん。なにせ俺のドーナツを食べたのは、お前が初めてだからな」
いい加減な理屈だなぁと思ったけど、ヒヨコくんの推測でしかなかった。
いや、そんなことよりも……。
「うそ! みんなドーナツをスルーしたって言うの?」
とっても甘くて美味しいあのドーナツを、食べずに放置できるなんて!
「最近のヤツらは意外と警戒心が強いな。ゴミ箱に捨てるのが多かった。お前みたいなヤツがいて助かったぞ」
「うぅぅ……」
みんなすごいな……すごい理性を持ってるんだな……。
わたしノータイムで食べた。警戒なんて言葉はドーナツを見た瞬間吹き飛んだよ。
「というわけでだ! これから早速、怪談調査を手伝ってもらうぞ!」
「えええぇ~~? 今から? そもそもやるなんて一言も言ってないよ?」
「往生際が悪い! お前は俺の怪談『学校のドーナツ』に巻き込まれたのだ! もう逃れることはできないぞ!」
「そんな……酷い」
食べたゆみゆみが悪い。ミカちゃんに話したら、きっとそう言われるだろう。
わかってるよ。誰が置いたかわからない怪しいドーナツは、食べちゃいけない。
だけどわたしは誘惑に勝てなかった。一発KOだった。
「ようやく状況が飲み込めたようだな。お前、名前は?」
口元……じゃない、クチバシに笑みを浮かべるヒヨコくん。
「嬉しそうだねヒヨコくん。わたしは
「佑美奈だな。では早速調査してもらいたい怪談話なんだが、これが女子限定で、生前の俺じゃどうしても調査できなくて――」
「待ってよ! その前に、ヒヨコくんの名前は? 生前は人間だったんでしょ?」
人に名前を聞いておいて自分は名乗らないなんてズルい。
「…………俺の名前なんて別にいいだろう」
だけどヒヨコくんはまた真顔になって、目を逸らしてしまった。
「あれ? もしかして幽霊になったら名前忘れちゃったとか? でもそれだとなんて呼べばいいかわからないよ」
「別に好きに呼べばいい。今まで通りヒヨコで構わん」
「えぇ~? それもなんかなぁ」
生前は人間だったというヒヨコくん。
五年前に学校で死んで霊になったらしいけど、そんな事件あったかな? 地元の学校だし、聞いてそうなものだけど……。
また五年前というのが絶妙で、思ったより最近ではあるけど、その時わたしはまだ小学生。単に耳に入ってこなかっただけの可能性もある。
事故かもって言ってたし、あんまり大きなニュースにならなかったのかもしれない。
「はぁ……。なんか、へんなことになっちゃったなぁ」
わたしは小さく溜息をついた。
本当に、幽霊とか怪談話には興味ないのに。どうしてわたしみたいなのが巻き込まれちゃったんだろう。
ミカちゃんの警告をちゃんと聞くべきだった。と、後悔し――。
(えへへ……あのドーナツ甘くって美味しかったなぁ……)
ドーナツの甘さを口の中に思い出し、後悔なんて言葉はどこかにふっ飛んだ。
「なにへらへら笑ってんだ? お前、ヘンなヤツだな……」
この幽霊も見た目だけはヒヨコで可愛い。
性格も可愛ければよかったのに。喋り方も愛らしく、語尾にピヨとか付けちゃう感じで。
「そうだ。キミの呼び方、ピヨ助くんね!」
「なんでそうなる?!」
これが、ぶっきらぼうで偉そうなヒヨコ姿の幽霊、ピヨ助くんとわたしの出会い。
幽霊や怪談話なんて興味無かったのに、この出会いをきっかけに大きく価値観を変えられてしまうことになる。
もっとも、それでも。
幽霊よりも甘味が食べたい。それだけは絶対に変わることはない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます