いっしょに……・四「森林公園の事件」


 とい子さんは笑うのをやめて、視線を窓の外へと向ける。

 誰もいない学校の廊下。真っ暗な森。ピヨ助くんの一言で、わたしは今の状況を思い出させられた。


「20年前の事件って、ピヨ助くん」

「……私の怪談の、元になる事件の話ね?」

「ああ、もちろんそうだ」

「そう。もう20年も経っているのね」


 20年前。この廊下から見える森で、女子生徒が殺された事件。

 その事件が怪談『いっしょに……』の元になっていると、とい子さん自身が……認めた? でも……。


「事件のこと、覚えているのか?」

「ううん。残念ながら。さっきも言った通り、大部分を忘れちゃってるから」

「それなら、俺が生前に調べた事件のあらましを説明してやるぞ」

「………………」


 とい子さんは黙って目を瞑る。忘れてしまったという……20年前の事件。


「……そうね。ピヨ助君。お願いするわ」

「わかった。では……」


 ピヨ助くんはそう言うと、どこからともなく手帳を取り出す。


「聞いてもらおう。森林公園で起きた、女子生徒殺人事件だ」



 今から20年前。千藤高等学校に通う女子生徒が、森林公園で殺害された。発見者は登校してきた生徒、複数。

 遺体はちょうど校舎の廊下から見える位置にあり、二階から上ならどの階でも見えた。

 血だまりの中に横たわる女子生徒。死体の目撃者はかなり多かったらしい。

 通り魔に襲われたと思われるが、結局犯人は見付かっていない。


 ……やがて、死体を見ることができた廊下には、女の子の幽霊が現れると噂されるようになる。

 日が暮れて暗くなった廊下を歩いていると、すれ違い様に耳元で囁くという。

 いっしょに死にましょう? と。



「これが事件のあらましだ。もう少し踏み込んで調べてあるが、とりあえずここまでで何か思い出したことはあるか?」

「……いいえ。でも話を聞いて思ったのは、やっぱりその事件で死んだ女子生徒は私じゃない。それだけはハッキリと言えるわ」

「あっ……」


『私は確かにあの森で死んだけど、でも、あなたの知っている事件で死んだのは……私じゃないと思うわよ?』


 最初にわたしが聞いた時に、とい子さんは同じように答えた。

 森で殺された女子生徒は、とい子さんではない。だとすると……。


「とい子さんって、いったい……誰なんですか?」

「さあ? それをピヨ助君が解き明かしてくれるんじゃないの?」


 ピヨ助くんは腕を組むように羽を組む。


「そうだな。俺の怪談調査は、いかにしてその怪談が生まれたかを調べるものだ。元になる事件があるのなら、その事件の真実を知ること。……つまり、森林公園での事件と怪談の関係性を明らかにするのが、今回の俺の目的となる」


 事件と怪談の関係性。怪談の中に事件が出てくる以上、無関係なはずはない。

 ピヨ助くんは、その二つがどう関係しているのか知りたいんだ。


「ふふっ……。でももう、ピヨ助君は全部わかってるんじゃないの? いまさら私が話すこともないと思うのだけど」

「えっ……? そ、そうなの? ピヨ助くん」

「……まあな。さっきの一言で確信できた。だからこれからするのは、その答え合わせだ」

「ピヨ助君は完璧主義なのね?」

「やるなら徹底的にやらないと気が済まないだけだ」


 ピヨ助くんはそう言って、器用に手帳をめくり始める。


(さっきの一言って……。死んだ女子生徒はとい子さんではないっていう、あれ?)


 あれだけで、なにかがわかるとは思えない。ピヨ助くんはまだ調べたことをすべて話していないんだ。


「まず20年前の事件だが、実は死んだ女子生徒がもう一人いる」

「えっ?! 二人も殺されてたの?」

「へぇ……?」


 とんでもない新情報が出てきた。二人も殺されていたなんて……。

 しかしピヨ助くんは、わたしを見て小さく首を振る。


「いいや、佑美奈。だったら最初からそう説明している。……もう一人の女子生徒は殺されたんじゃない。自殺だ」

「じ、自殺? 事件があった日に?」

「そうだ。見付かった死体よりも奥、校舎から見えない場所で、首つり死体として発見された」

「……それって本当に自殺なの? 自殺に見せかけてとか……」

「20年も前のことだからな。詳しくはわからないが、警察は自殺と断定している。指紋などの様々な証拠から、そう判断したんじゃないか?」


 森の中で、もう一人。女子生徒が自殺をしていた。

 その女子生徒は……もしかして……。


「つまりピヨ助君は、私がその、自殺した女の子だって言いたいのね?」

「ああ、そうだ。違うのか?」

「………………」


 聞き返されて、とい子さんは黙ってしまう。


 怪談で話されているのは、あくまで殺された女子生徒。自殺した子は話に出てこない。

 自殺した生徒がとい子さんなら、


『怪談に出てくる事件で死んだのは私じゃない』


 と言うとい子さんの言葉は確かに正しい。


「ピヨ助くん。自殺した女の子は、どうして……そんなところで?」

「残念ながら、動機までは調べることができなかった。遺書が無かった可能性もあるな。ただ死亡推定時刻から、殺された女子生徒よりも後に自殺したと考えられている」

「それってつまり……自殺した子は、死体を見ている……?」

「そういうことになる。……なあ、どうだ? まだなにも思い出せないか?」


 ピヨ助くんがとい子さんに声をかける。

 とい子さんは頬に手を添えて考え込んでいたが、すぐにピヨ助くんの方を向いた。


「ごめんなさい。先に謝っておくわね。……ピヨ助君の推理、正解のはずよ。本当は、自分が自殺したことは覚えていたのよ」


「とい子さん……。だから、殺されたのは自分じゃないって……」


 大部分を忘れたはずなのに、殺されたのが自分ではないと断言していた。

 自分が自殺をしたと、わかっていたからなんだ。


 ピヨ助くんはまた羽を組む。


「ふん、こんなのは推理じゃない。調べたことを話しただけだ。……本当の推理、いや推測は、ここからだ」

「えぇ? まだなにかあるの? ピヨ助くん」

「佑美奈、忘れたのか? 俺たちは怪談の調査をしているんだぞ。どうしてその事件から『いっしょに……』の怪談になったのか、それを解明していないだろ」

「あ、そっか……。もしかしてその理由もわかってるの?」

「あら、そうなの? ふふっ、楽しみね?」


 ピヨ助くんはまたふんぞり返る……と思ったが、小さく鼻を鳴らすだけで普通に話し始めた。


「ふん。事件のあと、お前は幽霊となり、この廊下で女子限定の怪談となったわけだが……。いいか佑美奈、考えても見ろ。普通なら殺された女子生徒の方が幽霊になって彷徨うもんだろ?」

「……うん。怪談話もそういう作りになってるし、そうだと思ってたよ」


 しかし彷徨っていたのは自殺したとい子さんの方だった。それ自体もおかしな話だけど、怪談話では殺された方が彷徨っている風になっている。しかも自殺者がいたなんて話は出てこない。


「怪談話がそういう作りになったのは、20年の間に改変されたからだろうな。つまり、省かれたり変わってしまった部分があるんだよ。この怪談には」

「そっか、最初はもう少し詳しい内容の怪談だったかもしれないんだね」

「そういうことだな。……ところで、お前」


 くいっと首を動かし、ピヨ助くんがとい子さんを見る。するととい子さんはちょっと不機嫌そうに、


「お前って言うのやめて欲しいんだけど?」

「本名じゃないんだろ?」

「それ、ピヨ助くんが言う?」


 自分は本名を名乗らないのに。指摘すると、ピヨ助くんはばつの悪い顔になった。


「……まぁいい。とい子、殺された女子生徒と仲が良かったそうだな」

「………………」

「事件から15年経って調べてもわかるくらいだ、相当仲が良かったんだな」

「ええ…………そうね。私たちは……仲が良かった」


 とい子さんは話を聞いているうちに、遠い目になっていた。

 そういえばさっき、仲の良い友だちがいたって話をしていた。親友だって。まさか……その友だちが?


「とい子、自殺した『理由』は覚えているか?」

「………………」


 とい子さんは答えない。ピヨ助くんは構わず話を続ける。


「見てしまったんだろう? ……親友が、無惨に殺されているところを」

「……あっ」


 その一言で、わたしにもわかってしまった。とい子さんが自殺をしてしまった理由。


「とい子、お前は親友の後を追って……自殺をしたんだ」


 とい子さんはゆっくりと、感情の窺えない顔でピヨ助くんを見る。


 やがて、ふっと表情が緩み、


「ええ……そうね。私は後追い自殺をして、それで……怪談話ができあがった」


 とい子さんの言葉に、わたしは目を伏せた。

 ピヨ助くんは一瞬だけ悲しそうな顔になったが、すぐに元のつぶらな瞳とクチバシに戻り、とい子さんに聞く。


「……もしかして覚えていたのか?」

「後追い自殺が原因で怪談話ができたことは、ぼんやりと覚えていたの。でも動機までは……。そう、そういうことなのね」


 当時の生徒たちは、ふたりが仲良かったことを知っていた。後追い自殺であることもすぐにわかった。

 だから、とい子さんが幽霊として現れると、事件と結びつけられて怪談話になり……。


「……あれ? だったらどうして……。とい子さんは『いっしょに死にましょう?』なんて囁くようになったの?」


 どちらかと言えば、殺された女子生徒が囁く方が、怪談としては自然な気がする。


「それもやはり、俺から説明するとしようか」


 ピヨ助くんは手帳をぺらりとめくって、話し始めるのだった。


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