いっしょに……・参「チョコレートは自分で食べるもの」


「だからわたしはミカちゃんに、こう言ったんです。……チョコレートは贈るものじゃない、自分で食べるものだと」

「確かに男子にチョコレートをあげてどうするのよって、思ったことはあるわね」

「ですよね! 甘い物好きな男子もいますけど、女の子の方がチョコレート好きなんです。それなのに食べたいのを我慢して、男子にあげないといけないなんて……バレンタインって理不尽なイベントですよ、本当に」


 真っ暗な学校の廊下で、わたしは幽霊のとい子さんにバレンタインのチョコレートについて熱く語っていた。


 いったい、どうしてこんなことになったのかというと――。




「さっきも言ったけど、私、幽霊歴長いから。大部分を忘れちゃってるのよね。お望みの話をできるかわからないわよ?」


 幽霊同士が会話できる理由をピヨ助くんが説明し、今度こそとい子さんに話を聞こうとしたら……とい子さんがそんなことを言い出した。


「なんだと? どれくらい忘れているんだ?!」

「そうね。どこに住んでたとか家族のこととか、私自身に関することはほとんど忘れちゃってるわ。それどころか、どうして廊下ですれ違った女の子に『いっしょに死にましょう?』なんて囁いているのかも、自分じゃわからないの」

「えぇ?! わからないのに人を驚かせているんですか?」


 わたしとしてはそっちの方が驚きだった。

 とい子さんは片手を腰に当てて、溜息をつく。


「しょうがないでしょう? そうしないと、本当に私は私でいられなくなっちゃうんだから。ヒヨコ君が、怪談調査にこだわるようにね?」

「えっ? どういう意味ですか?」


 言葉の意味がわからず聞き返すと、それをピヨ助くんが答えてくれた。


「俺たちが幽霊でいられるのは、語られる怪談話と、霊自身の強い念があるからだ。俺が怪談調査を諦めるということは、この世から消えるということだ」

「そっか、未練がなくなるってことだもんね」

「だから覚悟しろよ? 佑美奈」

「うわっ……。で、でも、強い念? が必要なのに、その理由を忘れちゃってるのはどうして?」

「本当ね。どうしてかしら? 気が付いたら思い出せなくなっていたのよね」


 とい子さんがわからないのに、わたしがわかるわけもなく、ふたりして首を傾げた。

 その疑問も、ピヨ助くんが答えてくれる。


「それは語られる怪談話の影響だな」


 語られる怪談話。

 ピヨ助くんなら『学校のドーナツ』。

 とい子さんなら『いっしょに……』。


「怪談話は語られていく内に、内容が変わっていくものだ。佑美奈、それはさっき説明したな?」

「尾ひれがついたりして、いつしかそれが本物になっちゃうって話? ……あ、もしかして。怪談の内容が変わっちゃって、それが本物になっちゃったから、とい子さんが思い出せなくなったってこと?」

「おそらくそういうことだろうな。俺はまだ怪談話が改変されたことがないから、ハッキリとは言えないが」


 ピヨ助くんは5年前に幽霊になったけど、とい子さんは20年も前だ。

 その間に話の内容が変わってしまっていても、おかしくはない。


「ふ~ん……納得できるわね。さすが、死んでも怪談マニアなだけはあるわ」


 褒められて、ピヨ助くんは丸い胴体の胸を張る。


「ふっふっふ。というわけでだ佑美奈。こいつとなんか話せ。昔のこと思い出しそうな話をしろ」

「ええ~?!」




 ――そんな無茶ぶりをされて。なにを話そうか迷った挙げ句、バレンタインについて語ってしまったのだった。


「ふふっ、面白い考え方ね。佑美奈ちゃんはお友だちとお菓子を分け合ったりはしないの?」

「あ、それはしますよ。やっぱり友だちにも甘い物の素晴らしさを伝えたいですから。でも贈り物として甘い物は選びにくいんです」

「どう違うんだ、それ……」


 ピヨ助くんが呆れた顔でツッコミを入れてくる。


「わたしが食べることができるかどうか。それは大きな違いだよ」

「俺は、お前の甘い物に対する執着心をまだまだ甘く見ていたようだ」

「チョコレートみたいに甘かったね~」

「上手いこと言ったつもりか、それ」

「チョコレートは甘くて美味しいんだよ?」

「そういうことじゃねーよ」


 わたしたちがそんなやり取りをしていると、


「ふふっ……あっはははは! あなたへんな子ね。面白いわ」


 とい子さんが声を上げて笑い出した。

 ……って、いま笑われたの主にわたし?


「こんなに笑ったのは、幽霊になってから初めてね」

「とい子さん……」

「でも残念。こうして話をしていても、なにも思い出せそうにないわ。ただ……」

「ただ……なんだ?」


 ピヨ助くんが促すと、とい子さんは少しだけ優しい顔になった。


「私にも、仲の良い友だちがいたことは覚えてる。佑美奈ちゃんみたいにお菓子が好きで、よくチョコレートを分けてもらってた」

「それは……すごく、いい友だちですね」

「親友だったわ」


 とい子さんの応えに、わたしは思わず笑顔になった。

 色んなことを忘れてしまったみたいだけど、友だちのことは覚えているなんて。本当に仲が良かったんだ。

 わたしがひとり嬉しくなっていると――隣のピヨ助くんが、神妙な面持ちでクチバシを開いた。


「そうか。友だちのことは覚えているんだな」

「ええ……そうね」

「ピヨ助くん……?」


「それじゃあ、そろそろ20年前の事件の話でもするか?」


 瞬間、場の空気が変わった。


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