いっしょに……・五「怪談の真相」


「ではまず……『いっしょに死にましょう?』。この言葉の意味を考えてみようか」


 ピヨ助くんは手帳を見ながら、説明を始める。


「疑問系で相手を誘う言葉になっているが、これはおかしい。とい子は殺された女子生徒の後を追って自殺をしたんだ。他の生徒の前に現れて、一緒に死のうと誘うはずがない。同じように一緒に死んでくれる人を探しているというのも、怪談的にはありなんだが」


 その言葉に、とい子さんが口を挟む。


「だったらそれでいいんじゃないかしら?」

「待ってください、とい子さん。……それはどうかと思うんですけど。怖いし、暗すぎませんか?」

「おいおい佑美奈、怪談話だぞ? 怖くて当然だろ。もっとも……噂を広めた当時の人間は、とい子たちが仲良かったことを知っている。それなのにそんな内容で広めたというのは、違和感があるな」

「あ、わたしが言いたかったのもそういうこと! おかしいよね、やっぱり」

「ふぅん……。周りにどう思われていたのか、私にはわからないから。なんとも言えないわね」


 とい子さんは若干納得いかない顔だ。でもピヨ助くんの言う通り、ふたりの仲を知っているのなら、他の人を巻き込もうとする話にはしないだろう。


 ピヨ助くんは話を続ける。


「可能性として、今際の際に残した言葉という線もなくはない。だがそれだとやはり、誘っているのがどうにも気になってな」

「うーん、疑問系じゃなければありそうなんだけどね」


 普通に『いっしょに死にましょう』なら納得できる。先に死んだ親友に向けての言葉として。

 だけど疑問系だと、まるで生きている誰かが側にいるみたいで、最後の言葉としては違和感がある。

 小さな違いだけど、捉え方が変わってくる。


「小さな違い……。あ、そっか。改変? もしかして20年の間で、台詞が変わっちゃったってこと?」


 ここまでの話で、わたしもなんとなくわかってきた。怪談話は……時間と共に内容が変わっていく。


「ふっふっふ、佑美奈も怪談のことがわかってきたようだな。

 その通り! 怪談『いっしょに……』は改変され、今の形になった。

 つまり! 昔は台詞が『いっしょに死にましょう?』ではなかったのだ!」


 ドヤ顔で言うピヨ助くん。とい子さんの顔が険しくなった。


「台詞が……変わった……?」

「そもそも『いっしょに……』というタイトルがそれを物語っていると思わないか? 変わっていないのなら『いっしょに死にましょう?』でいいんだからな。変わってしまったからこそ、いっしょにの後に言葉が続いていないのだ」

「おおお……ピヨ助くんすごい! 説得力あるよそれ!」

「はっはっは! そうだろうそうだろう」


 ふんぞり返るピヨ助くん。後ろに倒れそうで倒れない。まん丸体型でどうやってバランスを取っているんだろう。


「……それで? 私はいったい、なんて囁いていたの?」

「あ、大事なのはそこですよね。ピヨ助くん、やっぱり言い方のニュアンスが違ったの? 疑問系じゃなかったとか」

「いいや、根本的に違った。とい子、お前が当初囁いていた言葉は……」


 ピヨ助くんは静かに、その言葉を告げる。


「『いっしょに遊んでくれないの?』、だ」


「いっしょに……遊んでくれないの……」


 とい子さんが、その言葉を繰り返す。


「ちなみに、これは当時生徒だった、卒業生の人に聞いたから間違いないぞ」

「へぇ、よく話が聞けたね。…………ってピヨ助くん! 当時の人に聞いたってことは、改変されてたのわかってたの?!」

「ああ、そうだが?」

「しれっと……。もう、褒めて損したよ」


 さも推理したかのように話していたけど、直接答えを聞いていたのだ。推理でもなんでもなかった。


「いいだろ、怪談を知ってる卒業生を探すの大変だったんだぞ? ……で? どうだ、とい子」

「どう……って?」

「『いっしょに遊んでくれないの?』って囁いていた記憶はあるか? いや、思い出したか?」

「そうね……そうだったと……思うわ」


 とい子さんの反応が鈍い。上の空という感じで、なんだかぼーっとしている。

 間違っているわけではなさそうなんだけど……ひょっとして、生前のことを思い出している?


 でも、わたしもちょっと引っかかっている。


『いっしょに遊んでくれないの?』


 これも、とい子さんが囁く言葉としてはおかしいような?

 むしろさっきよりもわからなくなった気がする。なんでそんなことを囁くようになったんだろう。まるで……。


 そこまで考えて、ようやくわたしはピンときた。


「あ……『いっしょに遊んでくれないの?』っていうのは……。それこそ、殺された女の子に向けた言葉、なんだね……」


 さっきピヨ助くんは、今際の際に残した言葉の線もある、と言っていた。

 つまり『いっしょに遊んでくれないの?』という言葉は……。

 死んでしまって、もう二度と一緒に遊ぶことができなくなってしまった、親友の女の子に向けた言葉なのかもしれない。それを何度も何度も、繰り返していただけなのかもしれない。

 もう、いっしょに遊んでくれないの? と……。


「おそらく、その考えで合っているはずだ。とい子が思い出してくれれば解決するんだが……」


 しかしとい子さんは、まだぼうっとしていて、


「……ねぇ。……どうして……。どうして、『死にましょう』に、変わってしまったのかしら?」


 ピヨ助くんの問いかけには答えず、別の疑問を口にした。わたしも首を傾げる。


「確かに、『遊んでくれないの?』から『死にましょう?』って、ぜんぜん違う内容になってるよね。いくらなんでも変わりすぎだよ」


 わたしたちの疑問に、ピヨ助くんはすっと目を逸らして、クチバシを開く。


「それはだな……大きく変わるだけのことが、その後起きたからだ」

「大きく変わる……?」

「…………?」


 話しづらいのか、ピヨ助くんはわたしたちと目を合わせないまま説明をする。


「実はな……事件のあった5年後のことだ。再び、森の中で生徒が殺される事件が起きている」

「えっ……!」

「…………!!」


 さすがにその話を聞くと、とい子さんも驚いた顔になった。


「おそらく、そのせいだろうな。こっちは当時の人が見付からず確認が取れなかったんだが、その時に、

 『いっしょに遊んでくれないの?』が、

 『いっしょに死んでくれないの?』に変わった。そしてさらに時間が経ち、

 『いっしょに死にましょう?』になったんだと、俺は考えている」


「ま、待ってよピヨ助くん。それって理由になるの? 事件があったってだけで、どうして……」

「お前の言いたいことはわかるが……これが、なってしまうんだ。、経っているからな」

「5年って、それがいったい? 年数が関係あるの?」

「待って、佑美奈ちゃん。そう……、ね」


 わたしはピンとこなかったが、とい子さんはわかったようだ。


「……私を知る生徒が、みんな卒業しちゃってるからよね?」

「そうだ。二人の仲が良かったということを知る人物がいなくなって、怪談だけが語り継がれていた。そこへ、似たような事件が起き……怪談はより恐ろしいものへと、改変されてしまった」

「あ……! そっか、『いっしょに死んでくれないの?』の方が……怪談としては、怖いよね」


 ふたりの仲を知る人がいれば、そんなことにはならなかったのかも知れない。

 でも既に5年経っていて、怪談話が一人歩きしていたから……。

 新たに起きた事件をきっかけに、内容が変わってしまった。


「怪談話は、結局のところ恐怖を楽しむものだ。話す人が楽しむために、より怖く。聞く人が驚くように、より恐ろしく。内容が変わっていってしまうことがある。霊には様々な事情があるのに、それを後から知るのは困難で、霊の方も簡単には伝えることができない。だから俺は、怪談話を紐解いて、その裏にある霊の真実を解き明かしたいのだ」

「ピヨ助くん……」


 静かに、熱く語るピヨ助くん。そういう想いで、今のピヨ助くんはここにいるんだ。


「とい子。以上が、俺が調べたことのすべてだ。……合っているか?」

「いっしょに……遊んでくれないの? ……かぁ」


 とい子さんは廊下の窓から、森の中をじっと見ている。

 まるでそこに、なにかあるかのように。……誰かがいるかのように。一点を見つめていた。


「そうね……口にしてみたら、思い出してきたわ。確かにそう囁いていたと思う……。あぁ、私の中にある、この強い想いは……」


 とい子さんが振り返り、わたしとピヨ助くんを見る。


「ありがとう、ふたりとも。おかげで……思い出せたわ」

「とい子さん……」


 ピヨ助くんの説明のおかげで、とい子さんは事件があった当時の記憶を取り戻すことができたみたいだ。

 とい子さんはわたしにもお礼を言うけど、わたしは特になにもしていない。それを言おうとして……わたしはあることに気が付いてしまった。


「……あれ? もしかして、最初のとい子さんとのトーク、いらなかったんじゃ……」


 とい子さんの記憶を取り戻す目的で、わたしはバレンタインのチョコレートについて熱く語った。結局それは効果がなくて……。


「そうとは限らないだろ」

「限るよ! ピヨ助くんが調べたことを話したら、とい子さんは思い出したんだよ?」


 最初からピヨ助くんが説明すればよかったのに。こうなることは絶対わかってたはずだ。


「そう怒らないで? 佑美奈ちゃん。ピヨ助君はね、『いっしょに遊んでくれないの?』だったことを、知っていたのよ?」

「ええ、そうみたいですけど……?」


 なんか、尚酷いよね、それ……。


「おい、とい子。余計なことは言わなくていい」


 しかしピヨ助くんはとい子さんを止めようとする。

 すでに都合が悪いはずなのに。さらに都合が悪くなるなんてこと……。


「……? …………あ」


 まさか、わたしにとい子さんと話をさせて……。


「とい子さんに……遊んでもらうのが目的だった……?」

「そこまで考えてるわけないだろ。その話は終わりだ!」


 ピヨ助くんは無理矢理話を打ち切ってしまう。だけどとい子さんは、笑顔でわたしにウィンクをする。

 ……きっと、そういうことなんだ。


(素直じゃないなぁ、ピヨ助くん)


 あの時とい子さんは、幽霊になって初めて笑ったと言っていた。だったらピヨ助くんの企みは成功だ。いらなくなんて、なかった。

 ……でも。


「ふふっ。それじゃ……楽しかったわ。ふたりとも」


 とい子さんは突然そう言うと、あっさりわたしたちに背を向けてしまう。

 あまりにも唐突過ぎて、わたしは慌ててしまった。


「え、とい子さん、どこへ行くんですか……?」

「おかしなことを聞くのね? 佑美奈ちゃん忘れてない? 私は幽霊よ。一緒におうちに帰るとでも思った?」

「い、いえ……」


 それはわかっているけど、つい引き留めてしまった。

 何故だか、このまま別れてしまってはいけない気がしたのだ。


「…………」


 だけどなにを言えばいいのか、言葉が出てこない。

 全部わかったけど、それなのに、とい子さんにどういう言葉をかけたらいいのかわからなかった。


「……佑美奈ちゃん。悲しんでくれてるの?」

「…………えっ?」

「すごく悲しそうな顔してる」


 わたし、そんな顔をしているんだ。だとしたら、それは……。


「とい子さん。わたしたちと話して、辛い記憶……忘れてたのに、思い出しちゃったんですよね。よかったんですか?」


 せっかく笑ってもらえたのに。辛いことを思い出させてしまった。

 真相を知るためとはいえ、本当によかったんだろうか?


「佑美奈、それは」


 言いかけるピヨ助くんを、とい子さんが手で制する。


「……そうね、私にとって、これはとても辛い記憶。後追い自殺をしたのに、私だけここに残っちゃってるしね?」


 とい子さんは微笑む。……どうして、そんな笑顔を作れるんだろう。


「でも私は思い出せてよかったわ。こんな大事なことを忘れたままだなんて、ぞっとする。……時間が経つって、恐ろしいのね。きっと、生きていても、死んでいても」


 とい子さんはまた笑って、続ける。


「もしかしたら、これから怪談の内容が少し変わってしまうかもしれないわね。色々、思い出したから」

「そうなったら調べ直すまでだ。新しくなった怪談内容を、どうしてそうなったのか記録に残してやる」

「ふふっ、ピヨ助君。あなたに調査してもらえてよかったわ」


 とい子さんは、そう言って手を振り、今度こそ歩き去ろうとする。わたしは……。


「あ……ま、待ってください! えっと、そうだ、とい子さん甘い物は好きですか?」


「えぇっ? そ、そうね。好きだったわ」


 とい子さんは驚いて振り返る。咄嗟に出した甘い物の話。

 突然なにを言い出すんだって、自分でも思うけど……。

 最初の話で、とい子さんが楽しんでくれたのなら。

 最後にもうちょっとだけ、楽しんでもらいたい。それが今のわたしの、素直な気持ちだった。


 とい子さんはわたしの顔を見て微笑む。


「友だちから、よくわけてもらっていたから。甘い物、私も好きになってたわ」

「だったらちょうどいいです、チョコレート食べませんか? 20年前よりもきっと美味しくなってますよ」


 根拠は無いけど。でも、この商品は20年前にはなかったはずだ。

 わたしは持ってきていたチョコレートを差し出した。


「……あ、でも幽霊って食べられるのかな?」

「お、おい、佑美奈」


 ピヨ助くんが慌てた声を出すけど、とい子さんは優しい、穏やかな顔になる。


「……佑美奈ちゃん。ピヨ助くんも。本当にありがとう。そして、ごめんなさいね」


 とい子さんはそう言って、わたしの手からチョコレートを受け取る。


「たぶん、もう会うことはないでしょう。会えないと思う。だから……」


 とい子さんは、チョコレートを口に含み。



「さようなら」


「あっ、とい子さん……」


 楽しそうに笑って、ふっと消えてしまった。




 わたしは呆然と、とい子さんのいた廊下を見つめる。


「佑美奈……」

「ピヨ助くん……。とい子さん、どうして消えちゃったの?」

「……時間も遅い。帰りながら話すぞ」


 ピヨ助くんはそう言って、階段の方に向かう。わたしも黙ってそれに従った。

 しばらくは無言だったけど、階段を降りて一階に辿り着くと、ピヨ助くんは口を開く。


「知っているか? 危険な怪談話には、大抵対処方法、回避方法が存在するんだ」

「対処方法……?」

「怪談『いっしょに……』は、囁かれるだけなら害は無い。だがさっき話したと思うが、高熱が出たり事故に遭ったり……自殺をしてしまうなどの、不吉な後日談が付く場合がある」

「それは聞いたけど……でも」

「そう、怪談話の核にはならない。しかし対処方法はいくつか生まれた」


 怪談話の対処方法。

 確かに、死んでしまうような恐ろしいものには、こうすれば助かる、というような話が付いていることがある。


「その中の一つに、女の子の幽霊に囁かれたら、振り返ってチョコレートを渡せば消えるというものがある」


 わたしは思わず足を止め、振り返る。


「チョコレート……。そっか、だから消えちゃったんだ……。わたしの、せい……だったんだ」

「……安心しろ、あくまで対処方法だからな。とい子が完全に消えてしまうわけじゃない。他の怪談だってそうだろ? 対処したからって怪談はなくならない」

「……よかった。……でもだったら、最初に教えておいてよっ」


 わたしはピヨ助くんの方を向いて、なにかを誤魔化すように声を強くして言う。


「仕方が無いだろ。そんな対処方法、意味が無いと思って手帳に残していなかったんだ。……怪談の内容を思い出してみろ。振り返ったらもういなくなってるんだぞ? どうやってチョコを渡せっていうんだ。おかしいだろ?」

「……それは確かに」

「だから効果が無いと思ってな。そのまま忘れてたんだ。お前が教室で鞄からチョコレートを出した時に思い出したんだよ」

「なるほどね。鞄から出した……時……に?」


 わたしは歩き出そうとした足を再び止めて、くるっと振り返った。


「あぁっ! 鞄、教室に置きっ放し!」

「……そういえばそうだったな。早く取ってこいよ」

「誰のせいで……。ああもう、宿題もあるのにー」

「いいから早くいけ。俺は、次の怪談の下調べをする。校舎の一階に確か……」

「やめて! 今日はもう怪談は聞きたくないよっ」


 うろうろし始めたピヨ助くんを置いて、わたしは階段を駆け上がった。もう怪談には巻き込まれたくない。

 ……ピヨ助くんがいる以上、きっとそれは無理なんだけど。


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