いっしょに……・七「真相の影に」


 怪談『いっしょに……』の真相。


 現れる幽霊の正体は、森の中で殺された女子生徒ではなく、その親友……後追い自殺をした女の子だった。


『いっしょに死にましょう?』


 幽霊が囁くこの台詞も、怪談話が出来上がった頃は、


『いっしょに遊んでくれないの?』


 だったそうだ。

 しかしそれが、20年前の事件から5年後、今から15年前に起きた事件がきっかけで、


『いっしょに死んでくれないの?』


 に変わり、さらに時間と共に変化していき、


『いっしょに死にましょう?』


 という現在の形になった。

 これがピヨ助くんの推理で、とい子さんも認めた調査結果。


 だけど、本当にそうなんだろうか?


「どうして……いっしょに……」

「いっしょに、死んでくれないの?」


 あの時聞いてしまったとい子さんの声が、どうしても頭から離れてくれない。


 後日わたしは図書館に行き、自分で20年前の事件を調べた。

 だいたいはピヨ助くんが教えてくれた通りだけど、細かい補足をすることができた。



 20年前。

 千藤高等学校裏の森林公園にて、同学校の女子生徒が殺害された。

 遺体は校舎の廊下から見える位置にあり、登校してきた生徒によって発見された。

 包丁らしき刃物で胸を刺されており、即死だったと思われる。


 同時に、近くの木からもう一人、女子生徒が首を吊って死んでいるのが発見される。

 現場の状況から、こちらは自殺で間違いなかった。

 死亡推定時刻より、最初の女子生徒が殺された後に自殺したことがわかっている。

 また二人は親友同士で、よく一緒にいるところを目撃されている。


 これらの事実から、殺害現場を目撃した女子生徒が後追い自殺をしたと思われる。

 凶器が残されておらず、事件は通り魔によるものと考えられているが、犯人は見付かっていない。

 事件は迷宮入りし、時効を迎えた。


 この事件から5年後、再び同じ場所で女子生徒が殺害されたが、こちらも同様に犯人が見付かっておらず、5年前の事件との関連性もわかっていない。



「ピヨ助くんの説明を聞いた時は、あまり気にしていなかったけど……。この事件、犯人捕まってないんだよね……」


 わたしは寒気がして、ブルッと震えた。



                  *



 さらに後日。怪談に遭ったあの日から一週間後。わたしの元に新しい情報が舞い込んだ。


「おはよー、ゆみゆみ~。こないだのアレ、怖い話の。従兄に聞いてきたよ~」

「こないだのって……え? もう? 本当に聞いてくれたの?」

「え~なにそれ~。年の離れた従兄がいるって言ったら、聞いてきて! ってマジな顔で頼んできたから~聞きに行ってきたのにぃ」


 ミカちゃんの言う怖い話。それはもちろん『いっしょに……』のことだ。

 こんなに早く聞いてくれるとは思わなくて、驚いてしまった。


「ご、ごめんごめん! 今度パンケーキおごるから」

「それゆみゆみが食べたいだけでしょ? ま、いいやそれで」


 その通りでなにも言えなかったけど、ミカちゃんは笑って話し始めてくれた。


「あたしの従兄、やっぱここの学生だったって。15年くらい前になるのかな?」

「15年……15年前?!」

「うん。なんか、3年の時に事件があったって言ってたよ~。女の子が通り魔に殺されたんだって」


 図書館で調べた、二つめの事件の時期と一致する。まさか当時の学生の話が聞けるなんて……! わたしは内心興奮していた。


「でね~怖い話のこと聞いてみたんだ。でも内容は同じだったよ~?」

「まったく同じ、だったの?」

「うん。夕方に校舎を歩いているとすれ違うんでしょ? それも女の子限定」

「……すれ違う幽霊の台詞は? 違ったよね?」

「あ、そうそう。そこだけ違ったっぽいよ」

「もしかして『いっしょに遊んでくれないの?』だった?」

「あれ~? なんだよぅ、ゆみゆみ~知ってたの~?」


 ミカちゃんがふくれてしまう。わたしは慌てて手を振る。


「う、ううん。昔は違ったってことだけ……ね」

「ふうん? なんかねー、ちょうど従兄の代の時に台詞が変わったっぽいよ?」

「そっか……」


 やっぱり、ピヨ助くんの推理通りなんだ。ここだけは確認できなかったみたいだから、なにかあるかもって思ったんだけど。……考えすぎだったかな。



「……え?」


 二つめの事件の時に……?


「待って、変わったのって『』じゃなくって?」

「え~? 従兄はそんなこと言ってなかったよ? 今でもそうなんだ、って驚いてたから、間違いないんじゃない?」

「そ……そう……」


『いっしょに死んでくれないの?』


 が、抜けている?

 混乱し始めたわたしの頭に、さらに新しい話が入ってくる。


「あ、そういえば従兄の代の時に死んじゃった女の子なんだけど。怪談話を調べてたって噂があって、その呪いだって言われてたみたい。そっちの方が怖い話だよね~」

「え……」

「おお? ゆみゆみが珍しくこういうので怖がってる~」

「あ、ううん。別に、怖くないよ?」


 わたしは今、どんな顔を見せてしまったんだろう。慌てて笑顔を作り、


「ありがとうね、ミカちゃん。従兄さんに聞いてくれて」

「いいよ~あたしも面白い話が聞けたし。あ、パンケーキ忘れないでね?」

「うん、それはもちろんだよ」


 そうミカちゃんに頷いたけど、頭の中は今の話でいっぱいいっぱいだった。



                  *



「ま、ちょっと推理が外れただけだな。途中すっ飛ばして『いっしょに死にましょう?』になったってわけだ。変化にもうワンクッションあるだろうと思ったんだが、考えすぎだったな」

「うん……そういうこと、だよね」


 放課後、まだ陽の高い時間。わたしは屋上でピヨ助くんと話していた。


「なんだよ、まだ不安なのか?」

「え、えぇ? 不安って、ピヨ助くんなんで……」

「それくらい見てればわかる。もともと怪談話なんて興味なかったヤツが、自主的に色々調べてるんだぞ? そんなの、不安だから調べずにいられなかったに決まってるだろ」

「……そういうところは鋭いなぁ。でも、もう大丈夫だってば」


 わたしはそう答えながらも、とい子さんのことを、怪談のことを考えてしまう。


 とい子さんの台詞は、『いっしょに遊んでくれないの?』から、

 直接『いっしょに死にましょう?』に変化したという。


 普通なら、それで納得するところだ。なにもおかしなところはない。


 でも……わたしは聞いてしまったから。


 とい子さんが、


『いっしょに死んでくれないの?』


 と呟いていたのを。


 生前の事件を思い出した上で、とい子さんはそう呟いたのだ。


 そして……あの時手に持っていた、あれは……。


「…………」

「はぁ……。おい佑美奈。とい子の件だがな」


 わたしが考え込んでいると、ピヨ助くんが溜息と共に話し始める。


「……実は、早くも違う形で噂され始めている」

「え? あ、怪談に変化があったの?」


 記憶を取り戻したことで、怪談の内容が変わるかもしれない。とい子さんはそう言っていたけど、まだ一週間しか経っていない。そんなに早く変わるものなのか。


「もうほとんど別物に近くてな。新しい話として広まっているのかもしれん。だから早いんだろう」

「別物? そんなに違うの?」

「夕方、忘れ物を取りに行くと廊下に女の子の幽霊がいる、というところは同じだ」

「そこが同じなら、あんまり変わらなくない?」

「全然違うぞ。まず、その幽霊は廊下に佇んでいる。そこを通りかかると、声を掛けられるのだ。幽霊の話に満足するまで付き合うと、消えていなくなる。という怪談だ」

「ほんとだぜんぜん違う……! でも、話をするだけなの?」


 本当に別物になっていて、わたしは驚いた。ピヨ助くんも少し呆れた様子で、手……羽を上げる。


「そうだな。しかし話が弾み幽霊に気に入られると、そのまま連れ去られてしまうらしい。ほどほどで切り上げてもらうのがいいようだ」

「へぇ……。あれ? それって……」


 わたしが最後にとい子さんと会った状況に似てる……。



『……ほら、早く行きなさい? 本当に連れていっちゃうわよ?』



「ん? なんだ?」

「う、ううん。……その話って、わたしたちの行動が影響与えてたりする?」

「だろうな。実は回避方法も最初から怪談に含まれていてな、チョコレートをあげるとすぐに満足して消えるそうだ」

「チョコレートかぁ……。そもそもチョコレートが回避方法だったのって、やっぱりとい子さんがよく友だちに分けてもらってたからなのかな?」

「ん? ……あぁ、そうかもな。そこまでは考えてなかったぜ」


 ピヨ助くんはそう言うと、手帳を取り出して……器用にペンで書き込み始めた。


「確かになんでチョコレートなんだって話だもんな。意味も無くチョコレートだったら、ただの甘い物に弱い幽霊だ」

「そんな幽霊嫌だよ……」

「なんでそれが弱点なんだ? みたいな怪談は結構あるけどな。……だいたい、甘い物が好き過ぎて霊が見えるようになったヤツが、なに言ってんだ」

「えー……?」


 やれやれという感じのピヨ助くん。

 甘い物が好きなことは悪いことではないし、あの時ドーナツを食べたことをわたしは後悔していない。


「……そうだ! ドーナツ! ピヨ助くん! わたしまだ報酬のドーナツ食べてないよ? そろそろ出せるよね?」

「覚えてたか……。ま、言うだろうと思って用意しておいた。ほらよ」


 ピヨ助くんはそう言って、見覚えのある袋を取り出した。

 もちろん中にはドーナツがふたつ!


「わあい! やったー! ドーナツ! とっても甘くて美味しいドーナツ!」

「ほんと嬉しそうだな……」

「ありがとう! そしていただきます」


 わたしは早速袋からドーナツを取り出して、ひとつめを食べ始める。


「ああ……この食感、この甘み! 甘みのあとにやってくるさらなる甘み。最高に……甘い……」

「少しは元気が出たようだな」

「美味しいよう……甘いよう……。うん? ピヨ助くんなにか言った?」


 わたしはドーナツに夢中、感動、感激していてピヨ助くんの言葉を聞き逃してしまった。


「なんでもねーよ。……ちょっと話を戻すが、今話した怪談な。タイトルも変わりそうだ」

「タイトルまで? ……それもそっか、いっしょにって囁かないんだもんね」

「それもあるが、どうも幽霊が『とい子』と名乗るらしいんだ」

「えぇ? じゃあタイトルって、まさか」


 わたしでもわかる。そんな風に名乗っちゃう怪談に、どういうタイトルが付くか。


「そのまんま、『とい子さん』で落ち着きそうだ」

「あはは……なんか、本当にわたしたちが怪談そのものを変えちゃったみたいだね」


 本名ではないって言ってたのに。わたしたちと会った時の名前を使っているんだ。

 わたしはちょっと嬉しくなり、手にしていたドーナツをぺろりと食べてしまう。そして、


「おい、先に言っておくぞ。そのドーナツ、ひとつは報酬、もうひとつは次の調査の依頼料だと思えよ?」

「うっ……」


 まさにふたつめを食べようとしていたところでそんなことを言われ、手が止まる。

 確かにピヨ助くんは、報酬にふたつくれるとは言っていない。

 ずるいわけでもなんでもないんだけど――


「――ぱくっ」


「お、食ったな。契約成立だ」


 思いとどまったのは一瞬。考えるな、食べろ、と本能が告げた。

 このとっても甘くて美味しいドーナツのためなら、怪談調査でもなんだってやれる気がする。

 ……だけど。


「……ピヨ助くん。幽霊って、本当に怖いんだね」

「どうした? 急に」

「うん……ちょっとね」

「そんなの当たり前だろ? 幽霊が怖くなかったら、怪談話にならないぞ」

「それ、ピヨ助くんが言う?」


 ピヨ助くんととい子さん。三人で話していた時は、ちっとも怖くなかった。

 だけど最後に、廊下で佇んでいたとい子さんを見た時……。


 心の底から怖いと感じた。


 ピヨ助くんは、怪談の真実を解明したいって言うけど。


 わたしが抱えているこの恐怖と疑問は。

 このまま解明しない方がいいのかもしれない。


 きっともう、答えはわからないから。


 たぶん、わたしはもうとい子さんに会えない。

 この謎は、わたしの内に秘めたままにしておこう。



(時間が経っても、わたしは忘れないよ。とい子さん……)











                  ◆




 佑美奈が調べることができなかった事件の情報

 失われた警察資料より



 被害者を女子生徒A、自殺した生徒を女子生徒Bとする。

 事件当時、女子生徒Aを殺害したのは女子生徒Bではないか、という線での捜査も行われた。

 女子生徒Bの家の包丁が無くなっているなど、状況証拠は揃っていた。


 しかしそれではあまりに凄惨な事件となってしまい、女子生徒Bがすでに死んでいることもあり、それらの情報は隠蔽されてしまった。

 決定的な証拠となるはずの凶器の包丁が見付けられないという警察の落ち度や、犯人が女子生徒Bだった場合の学校側のイメージが考慮されたという話もある。


 また、その五年後の事件で殺害された女子生徒の衣服に、何故か女子生徒Bの指紋が残されていた。

 しかしそれはあり得ず、間違いと処理され、記録に残ることはなかった。




                  ◆







「どうして……いっしょに、死んでくれないの?」









幽霊よりも甘味が食べたい

第2話「いっしょに……」了

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