第3話「保健室の子供の声」

保健室の子供の声・壱「今日もケーキが食べたくて」


「ここが噂の保健室ね」


「噂のって……。先輩、保健室なんて珍しくもなんともないです」

「あのね、私たち怪談調査しているのよ? 雰囲気は大事でしょ」

「雰囲気って、それでなにかが変わるとは思えないんですけど」

「変わるわよー。お祭り騒ぎしてたら幽霊も出てこれないでしょ。状況を整えるのは大事なの。……あら? このドア、鍵かかってるじゃない」

「そうでしょうね。放課後で先生も帰ってますから。残念でした」

「しょうがないわねー。出直しね」

「俺としては開かなくてよかったですよ。いきなり殺されるような怪談、試して欲しくないです」

「キミ、それでも怪談研究同好会の一員? なに怖がってるのよ。……もっとも、私は危険が伴う怪談に誰かを巻き込んだりしないわ。巻き込む時は、徹底的に調べて安全を確保してからよ」

「そう言って何度も怪談調査に付き合わされてるんですけど」

「いいじゃない。宣言通り、被害は出してないんだから。なにか不満?


 ……九助きゅうすけくん」




                  *




「ねぇゆみゆみ~。今度あそこのケーキ屋さん連れてってよ~」


 昼休み、久しぶりに学食でお昼を食べたわたしとミカちゃん。

 教室に戻る一階の廊下で、ミカちゃんがそんなことを言い出したもんだから、わたしは目を輝かせて食いついた。


「あそこって駅前の『プリムスイーツ』? それとも『アウラ・ケーキ』? あ、喫茶店『星空』のパンケーキも美味しいよねぇ~」


 駅前の『プリムスイーツ』はメイプルパウンドケーキの美味しいお店。それだけじゃなくプリンアラモードやパフェも人気で、種類豊富なのに高水準、甘い物好きの私のためにあるようなお店だった。

 一方『アウラ・ケーキ』は完全にケーキ専門店。一番美味しいのはシンプルなショートケーキ。季節限定で今は食べられない、苺をふんだんに使った特別バージョンが販売される時期は行列ができるほど。あれは並んででも食べるべきものだと思ってる。

 喫茶店『星空』のふわっふわしたパンケーキは絶品! 喫茶店だから他の軽食も美味しいみたいだけど、わたしはデザートしか食べたことがない。それだけで満足だから。


「ああ~……今すぐ甘い物が食べたいなぁ。あまーいケーキがあれば、わたしは幸せ」

「お~い、ゆみゆみ~? 戻ってきてよ~」

「うん? 戻るってなにが? わたしはケーキのこと考えてるだけなんだけど」

「そっか、甘い物のことを常に考えているゆみゆみは平常運転だった。って、そうじゃなくて、あたしが連れて行って欲しいって話に戻ってきてよ」

「あっ……。そうだった。ごめんごめん。それで? どこがいい?」


 気が付いたら純粋にケーキのことだけを考えてしまっていた。具体的にはそれを食べている未来の自分を想像していた。今挙げた3店はよく行くから、ケーキの味を思い出すのは容易なのだ。

 ……いけない、また思考が逸れてしまいそうになる。


「いまのお店は言わなくてもよく行くところでしょ~。そこじゃなくって、なんだっけ……『しんでれら』だっけ? 電車で行くところ~」

「しんでれら……? あ、もしかして『しらゆき』?」

「そうそう! シンデレラじゃなくて白雪姫だったか~」


 ケーキ店『しらゆき』。ここ、北千藤から電車で二駅。チーズケーキがとっても美味しい、わたしのお気に入りの店だ。電車に乗らないといけないから学校帰りには少し寄りにくくて、確かミカちゃんとは一度しか行っていないはず。


「『しらゆき』に行くのはぜんぜん構わないけど、でもどうしたの? 急に」

「なんかね~昨日おとうさんがチーズケーキ買ってきてくれてね、それで前にゆみゆみと行ったお店のケーキを思い出しちゃって」

「なるほどっ。そういうことってあるよね! ケーキを食べに行ったら他のお店のケーキも思い出しちゃって、一つ思い出したらあのケーキもあのケーキもってなって、止まらなくなっちゃう!」

「いや~……あるけどさ、ゆみゆみみたいにいくつもは思い出さないよ」

「そうかな?」


 ちなみに、我慢できなくなってそのまま4、5件ケーキ屋をハシゴしたこともあるんだけど、黙っておいた方が良さそうだ。


「じゃあミカちゃん。早速今日行ってみる? 『しらゆき』」

「あ、今日すぐ行きたいわけじゃないんだ~。ほら、もうすぐ夏休みでしょ? 休み中のどこかで行こうよ~」

「うん。それはもちろん、いいんだけど……」


 話をしていたらわたしの方が行きたくなってしまったんだけど……。でも、夏休みが近いということは。


「……うん、そうだね。試験前だもんね」


 学期末試験。あと一週間切っているのだ。ケーキ屋めぐりをしている場合じゃない。

 今日行くのは駅前のお店にしておかなきゃ。『しらゆき』は試験後のご褒美にとっておこう。最初に挙げた3店のどれかがいいなぁ。


「ねぇねぇゆみゆみ~、試験っていつからだっけ~?」

「……ミカちゃん? 赤点、取らないようにね」


 成績についてはあまり人のこと言えないけど、わたしは赤点を取るほどではないから大丈夫。もっとも……。


「なんとかなるよ~。今までもなんとかなってきたし」

「そんなこと言って、いつか赤点取るよ?」


 恐ろしいことに、ミカちゃんは今まで本当になんとかしてしまい、赤点をギリギリ回避し続けているのである。

 こっそり勉強するタイプではないと思うんだけど……。


「だいじょうぶだいじょうぶ~。あっ、ひさちゃん先生だー」


 ミカちゃんの声に振り返ると、髪の短い眼鏡をかけた女性の先生が歩いてくるところだった。


「あら……」


 わたしはほとんど話したことがないけど、養護教諭、いわゆる保健の先生。

 名前は確か……早川はやかわ久子ひさこ先生。若くて綺麗な先生だ。


「ひさちゃん先生、こんにちわ~」

「……ミカさん。その呼び方は止めましょうと、いつも言ってるでしょ?」

「え~、いいじゃないですか~。ねぇゆみゆみ」

「ねぇと言われても……」


 わたしが少し困った顔で先生を見ると、目が合い、優しく微笑んでくれた。

 どうやら、本気でやめてほしいと思っているわけじゃなさそうだ。諦めているだけかもしれないけど。


「せんせーどこ行こうとしてたの~?」

「どこって、保健室に決まっているじゃない」


 先生はそう言うと、すぐ側にあったドアを開く。ちょうど保健室の前まできていたのだ。


(保健室……か)


 わたしは今朝見たのことを思い出してしまい、小さく頭を振った。


「あ、そっか~。ひさちゃん先生、また保健室遊びに行くから~」

「しょうがないわね……。保健室は遊び場じゃないのよ? もうすぐ試験なんだから、勉強頑張りなさい」

「はーい。だいじょうぶで~す」


 大丈夫に見えないミカちゃんの様子に先生は小さく溜息をついて、手を振って保健室の中へと入っていく。わたしは慌てて頭を下げた。

 扉が閉まり、ミカちゃんに尋ねる。


「ミカちゃんって、早川先生と仲良いんだね」

「うん! 色んな生徒の話を教えてくれるよ~。ひさちゃん先生、特に女子から相談を受けるみたいだから」

「へぇ~……なるほど」


 ミカちゃんにとって、早川先生はいい話し相手であり、情報源でもあるようだ。


「そういえばさ~ゆみゆみ、保健室の怖い話知ってる~?」

「……う、えぇ?!」


 突然のことに、わたしはつい変な声を出してしまった。

 せっかく頭から追い出したのに、また今朝の夢を思い出してしまう。


「放課後に保健室の中から子供の声が聞こえてくるって話なんだけど~」

「……それって、怪談話ってことだよね?」

「うん、そうだよ~」


。しかし確かその話は……」


 ……やっぱりいたんだ。怪談話となれば、当然のように割り込んでくる。

 ヒヨコ姿の幽霊、ピヨ助くん。

 後ろに現れたみたいだけど、振り返ったりしない。


「最近ゆみゆみ怪談好きだもんね。教えてあげるよ~」

「好きってわけじゃないんだけどなぁ……」


 この間、怪談についてミカちゃんに相談してしまったのがいけなかった。あれからずっと誤解をされたままである。


「もうそういうことにしとけよ、佑美奈。今後もやりやすいだろ?」

「う~……でもなぁ」

「なにがでもなの~?」

「な、なんでもないよ? それで? 保健室の怖い話ってなに?」


 厄介なことに、ピヨ助くんはわたしにしか見えないし、声も聞こえない。

 今みたいにピヨ助くんに返事をしてしまうと、変な子だと思われてしまう。

 もっとも他の人にも見えちゃったら、それはそれで困るんだけど。


「なんだぁ。ゆみゆみ、やっぱり聞きたいんだ~」

「うっ……。もう、なんでもいいから話してよ」


 誤魔化すためだったとはいえ、結局わたしの方から聞いてしまった。

 ピヨ助くんはそういうことにしておけって言うけど、ミカちゃんはすでにそうだと思い込んでそうだ。

 ほんとーに、誤解なんだけどなぁ。


「それじゃ、話してあげるね~。タイトルは『保健室の子供の声』だよ」





『保健室の子供の声』


 放課後の夕暮れ時。保健室の前を通ると、子供の声が聞こえてくるという。


「おかあさん、どこー?」


 不安そうに母親を探す声。立ち止まって耳を澄ますと、その声は中から聞こえているとわかる。

 子供の声は幼く、高校の保健室から聞こえてくるのはおかしかった。しかしあまりに不安げな声に、心配になってついついドアを開けてしまう。


 すると中には、おかあさん、おかあさん、と泣きじゃくる小学生くらいの小さな男の子。助けを求めて手を伸ばしてくる。


 しかしそこで、その手を取ってはいけない。

 もし手を取ってしまえば、金縛りにあってその場から一歩も動けなくなるのだ。


 子供の方から手を放してくれればいいが、放してくれない場合、そのまま死後の世界に連れてかれてしまうという。


 だからもし保健室で子供の幽霊を見てしまったら、可哀想でもすぐに逃げ出すこと。

 すると後ろから、『あ~あ……』という残念そうな子供の声が聞こえてくるだろう。





「って話なんだけど~、どうかな?」

「うん……ちょっと、怖い話だね」


 怖いけど、最初から回避方法が付いているんだなぁ、なんてことを考えてしまった。

 ……ピヨ助くんのせいだ。いけないいけない。

 ミカちゃんはわたしの答えにうんうんと頷いて、


「そうだね~。ひどいよね、こっちの同情を誘ってるんだもんね~」

「え? あ、そっか……そういう話だよね、これ」


 言われてみれば。幽霊が怖いとかの前に、人の善意に対し、牙を向いてくるような話だ。


「そういうパターンは昔からあるけどな。とかその典型だろ。いや原型か?」


 ピヨ助くんの言葉に、おぉなるほど、と納得する。言われてみればそうだ。

 怪談ってそういう理不尽なのが多そうだなぁ……なんて思っていると、


 キーンコーンカーンコーン……


 午後の授業の予鈴が鳴ってしまった。


「わわ、ついつい話し込んじゃった。早く教室戻ろ~ゆみゆみ」

「うん、そうだね」


 先に廊下を行くミカちゃんに続いて歩き出すと、ピヨ助くんに肩を掴まれた。

 わたしは立ち止まり、小声で話しかける。


「ピヨ助くん? どうしたの?」

「佑美奈、次はこの怪談を調べるぞ」

「……うん、言うと思った。こうなるってわかってたよ」


 ピヨ助くんの話では、怪談の幽霊同士は会うことができない。

 だけど取り憑かれているわたしが怪談に遭遇することで、ピヨ助くんはその怪談の幽霊と会話が可能になる。

 直接幽霊と話をして、怪談を調べる。それがピヨ助くんの目的だった。


 わたしは怪談話とか興味ないんだけど……。でも、リターンもあるし。

 この怪談は回避方法がわかっているから、きっと危険は少ないはず。


「協力するよ。だから報酬、忘れないでね?」


 今回は素直に協力してあげることにした。もちろん報酬は貰う。そろそろ食べたいと思っていたんだ。

 それに……ちょっとだけ、気になることもあるし。


「……そうか、話が早くて助かる。本当なら今すぐにでも調べたいところだからな」


 そこでわたしは、ピヨ助くんの雰囲気がいつもと違うことに気が付いた。

 普段ならもっとふざけた感じというか……言ってしまえば人を小馬鹿にしたような喋り方をするのに、今はなんだか真剣だ。怪談話の真相に近付いた時の緊張感が、すでにあった。


「……ピヨ助くん?」

「いいか、佑美奈。この怪談……


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