平民
レッドフォード公爵領に向かう馬車に揺られながら、アンナが問う。
「殿下はなぜ、平民に拘られるのですか?」
「貴女ならこの世界のすべてを知っているのではなくて?」
「いいえ。貴女はシナリオにもキャラクター設定にも従わないので、何も分かりません。私は殿下が上昇婚を望み、危機を乗り越え、お妃様になることで報われる定番のシナリオにしたはずなのですが――」
「ならば、人生はシナリオ通りには行かないということね」
もしウルリク元王太子の心を掴めてさえいれば、そんな未来もあったのかもしれない。ウルリカは遠くを見つめた。
「でも、そんな貴女に魅力を感じたからこそ、貴女にお仕えしているのです。ぜひ、お考えをお聞かせください」
ウルリカは、アンナの目を真っ直ぐ見た。
「……わたくしは、権力や権力者というものに幻滅したのよ。わたくしを含め、貴族は生まれながらにして権力者だわ。一周目の人生で平民の立場になったとき、わたくしは酷く絶望したのよ。権力のないわたくしに、使用人の忠義にすら報いる力がないことに」
「あのとき、本当は私を連れて行って欲しかったです。それだけで充分だったのに」
「暴徒に襲われたとき、貴女達を連れて行かなくて本当に良かったと、心底思ったのよ。権力を失うとはそういうことなのよ」
「……」
アンナは何も言えずに、俯いた。
「わたくしは、少しずつ権力を分散させて、身分の垣根を少しずつ崩していきたいのよ。結局のところ、民が平穏に過ごすためには、民が権力を持つしかないもの」
「……うーん、それはどうでしょう。古代の衆愚政治はご存知ですよね」
「ええ」
「私の世界で起きた最終戦争は、まさに衆愚政治が引き起こしたものです。賢王の独裁が民主政に勝るというのもまた真実かと」
「けれど、完璧な賢王など存在しませんわ。今までも、これからも」
「私の世界は、愚民に滅ぼされたのです。私の家族も、友達も、みんな……」
アンナは堪えきれずに涙を零す。
ウルリカはそんなアンナの肩を静かに抱いた。
やがて、馬車の振動が小さくなり、レッドフォード公爵領に到着したことを悟った。
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